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第3章:水の心臓編
052 大切な人-クラスメイトside
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「プラントアローッ!」
叫びながら、真凛は矢を放つ。
放たれた矢は迫って来ていた魔物の体を貫き、そこから植物の蔦を生やして絡みついた。
矢によるダメージと蔦による緊縛攻撃により、魔物は息絶える。
巨大な体が倒れ伏せるのを見つつ、真凛は弓の矢を装填し直した。
「真凛危ないッ!」
背後から聴こえた花鈴の言葉に、真凛はすぐさま弓矢を構えて振り返る。
そこにはすでに別に魔物が迫り来ており、すでに矢を放つには近すぎる距離まで来ていた。
真凛はそれに目を見開いたが、次の瞬間には花鈴がその魔物の背後に迫り、二本の短刀を構えていた。
「ロックナイフ!」
そう叫ぶ花鈴の持つ短刀の刃に、岩が纏わりつく。
岩を纏ったナイフの刃は長く伸び、まるで二本の刀のようだった。
花鈴は岩の二刀を振りかぶり、遠心力を付けて思い切り振るった。
「ッるぁッ!」
「ガァァァッ!」
岩の刃によって首を切り落とされた魔物は、叫び声を上げながら地面に倒れ伏せる。
それに、花鈴はロックナイフを解きつつ、すぐに真凛の元に駆け寄った。
「真凛大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
「大丈夫。それより、他に魔物は」
心配する花鈴に真凛がそう答えていた時、少し離れた場所にいた魔物の体を、水の槍が貫いた。
それにより、魔物は一瞬で事切れ、地面に倒れ伏せた。
矛を抜いた友子は小さく息をつき、矛を肩に担いで、辺りを見渡した。
「……もう、他にはいないみたいだね」
「うん。……皆、HPとか大丈夫?」
柚子の言葉に、花鈴と真凛はそれぞれ「大丈夫」と答えた。
友子も少し遅れてから同じように答えつつ、辺りを見渡した。
ここは、かつて魔女が封印されていたダンジョンの中層。
上層よりもダンジョン内の暗さが少し増し、魔物の強さも上がっている。
しかし、それでも四人は連携しながら、何とか攻略を続けていた。
柚子と友子のレベルは45を越え、花鈴と真凛のレベルも40を超えてきている。
魔女の心臓の破壊に向かえるレベルまで、もうあと少しだ。
そんな中で、友子の脳内では、先日聞いたクラインの言葉が頭から離れなかった。
『彼女の犯した禁忌は、死者蘇生。……魔女は三百年前に、一度死んでいるのですよ』
魔女は三百年前に一度亡くなり、死者蘇生によって蘇り、不老不死の魔女となった。
つまり、何者かが自らのエゴによって魔女を蘇らせ、今自分達がこの世界に召喚される元凶となった存在を生み出したというわけだ。
それから友子はクラインに幾つか質問をしたが、返ってきた答えは、どれもあまり正鵠を得てはいなかった。
誰が、何の為に、どうやって蘇らせたのか。
そのどれもの質問に、魔女とは言え個人情報だからだの、自分はあまり把握していないだのとはぐらかされてしまった。
この世界に召喚されてしまった以上、今更魔女の誕生にとやかく言うつもりは無かった。
友子にとって重要なのは、この世界には、死者を蘇らせる手段があるということ。
それが禁忌を呼ばれ、蘇った者には不老不死という代償が課せられることまでは分かっている。
しかし、死んだ人間を蘇らせる手段があるということは、友子にとって大きな衝撃を与えた。
──だって、死者蘇生というものがあるのなら、死んだこころちゃんを蘇らせられるかもしれないのだから。
あの時、クラインに質問した中の『何の為に蘇らせたのか』という問いについては、自分で答えを見つけることとなった。
なぜなら、分かってしまったから。
自分にとって大切な人を失った時の悲しみも、その人を生き返らせられるかもしれないと知った時の喜びも、その為ならどんなことでもやってしまう盲目さも……全て。
事実、友子は手段を知らないから実行に移していないだけで、手段が分かればすぐにでも死者蘇生を行うだろう。
それが禁忌であることも、代償として蘇生した者が不老不死になってしまうことも、全て分かっている。
分かった上で、それでも自分の大切な人を蘇らせたいと考えてしまう。
その為なら、例え悪魔に魂を売ってでも……──。
「最上さん?」
云々と考えていた時、柚子に名前を呼ばれた。
それに友子が顔を上げると、柚子が不思議そうな表情で顔を覗き込んできていた。
現在はダンジョンの探索中で、花鈴と真凛は二人より少し前を歩き、何かを話している。
友子は一度それを見てから、再度柚子に視線を戻した。
すると、柚子はコテンと首を傾げて、続けた。
「どうしたの? 何か、考え込んでいたみたいだったけど」
「あ……いや、何でも無い」
柚子の問いに、友子はそう答えながら、首を横に振った。
思っていた反応と違ったのか、柚子は少し不満そうにしていたが、「そっか」とすぐに納得した表情を浮かべて前方に視線を戻した。
それに、友子は口ごもるような素振りを見せたが、すぐに目を伏せながら「あのさ」と口を開いた。
「山吹さんには……大切な人って、いる?」
「……急にどうしたの?」
突然の言葉に、柚子は驚いた表情で聞き返す。
それに、友子はすぐに目を逸らし「な、何でも無い」と答えた。
彼女の反応に、柚子はしばらく考える素振りを見せたが、やがてフッと表情を緩めた。
「……いるよ?」
その言葉に、友子はパッと顔を上げた。
柚子はそれに微笑で返し、続けた。
「最上さんの言う大切の基準は分からないけど……でも、自分にとって大切だって、胸を張って言える人はいるよ」
「……そう、なんだ……」
「それで? 大切な人がどうかしたの?」
柚子はそう言いながら、首を傾げる。
それに、友子はピクッと僅かに肩を震わせたが、やがて目を伏せながら「えっと……」と続けた。
「例えばの、話なんだけど……その大切な人が、死んじゃったとするよ?」
「……うん」
「それで……もしも、その人を生き返らせる方法が、あるとして……でも、それは、本当は良くないことで……しかも、その大切な人も不幸になるような方法で……山吹さんなら、どうする?」
「猪瀬さんを生き返らせる方法でも見つかったの?」
特に表情を変えることなく聞き返され、友子は目を丸くして「へっ?」と間の抜けた声を上げた。
それに、柚子は悪戯っぽい笑みを浮かべ、「当たり?」と聞き返す。
「な、なんで……」
「いや、流石にバレバレだよ。最上さんの大切な人なんて、猪瀬さんくらいしか思いつかないし……話の流れから、猪瀬さんを生き返らせる方法が見つかったのかなって、思うじゃない?」
「あはは……正解」
苦笑いをしながら答える友子に、柚子はクスッと小さく笑みを浮かべた。
しかし、すぐに表情を引き締め、続けた。
「……生き返らせるよ」
今までの和やかな空気とは一変し、真剣な表情で紡がれた一言に、友子は目を丸くして固まった。
すると、柚子はソッと友子に視線を戻し、口元に小さく笑みを浮かべながら「私なら、ね」と続けた。
「どんな手を使ってでも、絶対に蘇らせて、生かして見せるよ。……例え、自分の命に代えてでも」
「……」
「……妹がいるの」
サラッと言い放つ柚子に、友子は「へっ?」と素っ頓狂な声を上げて聞き返した。
すると、柚子は友子の顔を見上げ、「二人」と続けた。
「上の子は中学二年生で、下の子は小学六年生。……二人共大きくなって、大分頼もしくなっては来たけど、やっぱりまだまだ子供だからさ。私がしっかりして、面倒見ないとダメだと思ってる」
「……そういうのって、親がやるんじゃ……」
「うん。私の家、両親いないから」
サラッと言い放つ柚子に、友子は「えっ」と声を詰まらせる。
すると、柚子は表情を緩め、続けた。
「あまり気にしないで。もう何年も昔のことだからさ」
「でも……」
「まぁ、色々あって……今は、金銭面は親戚に頼りながら、妹達と三人で暮らしてるんだ」
言いながら、柚子は盾をソッと指で撫でる。
細くて小さな指が、ツツーと鉄製の盾をなぞるように下りていくのを、友子は無言で眺めた。
柚子は少し間を置いてから、続けた。
「私は、お父さんとお母さんに誓ったの。……妹二人を守るって」
そう言いながら、柚子は友子の顔を見上げた。
目が合うと、彼女は小さく笑みを浮かべて、続けた。
「だから、もしも妹が死んだとして……生き返らせる方法があるなら、私は迷わずそれを実行する。その後のことは分からないけど……姉として、精一杯頑張るのみだよ」
「……例え、妹さんが、不幸になるとしても?」
「不幸になんてさせない。……絶対に、私が守る」
真剣な表情で言う柚子に、友子は目を丸くした。
今まで、彼女のことは博愛主義者だと思っていた。
クラスメイト皆のことを平等に大事にしていて、特別に想う人のことなどいないと、心のどこかで考えていた。
だから、ここまで真剣に彼女を突き動かす存在がいる事実に、友子は少なからず衝撃を受けた。
そんな彼女に、柚子はフッと表情を緩め、続けた。
「……人を大切に想う気持ちは、人それぞれだよ」
言いながら、柚子はソッと友子の顔に手を伸ばし、頬に掛かっていた髪を指で掬って耳に掛けさせた。
それに友子が何も言えずにいると、柚子は小さくはにかむように笑って、続けた。
「何が正しいとか無いし、どうすることが正解なのかなんて、誰にも分からない。……でも、私は最上さんが後悔しない選択をすれば良いんじゃないかと思うんだ」
「……山吹さん……」
「私は、学級委員長として、出来る限りのサポートはするよ」
柚子の言葉に、友子は、自分の肩が軽くなるのを感じた。
──もしかしたら、私は色々と、難しく考えすぎていたのかもしれない。
蓋を開けてみれば、答えは酷く簡単なもので、単純なものだった。
──私はこころちゃんが大切で、こころちゃんを蘇らせたい。
──例え……禁忌に手を染めてでも……。
「……ありがとう」
友子の言葉に、柚子は明るい笑みを浮かべ、また前方に視線を向けた。
少し冷静になったところで、友子はとあることに気付き、口を開いた。
「ねぇ、山吹さん」
「ん?」
「もしかして、山吹さんがこの世界に来た時に、家族が待ってるから帰せって言ったのは……」
「……そりゃあ、妹の所に帰る為だよ?」
当然のことのように答える柚子に、友子は目を丸くして固まった。
しかし、それを皮切りに脳内に様々な仮説が浮かび、友子はすぐに続けた。
「じゃあ、部活や生徒会とかに入って無いのって……」
「そういうの入ったら妹達の夕食作る時間が無くなりそうだし」
「学級委員長やってるのって……」
「妹の手本となる模範生になるべきだと思って」
「この世界に来てからもずっと皆を纏めてたのは……」
「早く魔女の討伐を終わらせて日本に帰りたいじゃない?」
「クラスの皆に生きて欲しいって言っていたのって……」
「目の前にいるクラスメイトも守れない私に、今は別の世界にいる妹を守ることは出来ないと思って」
迷わずスラスラと答える柚子に、友子は呆れてしまった。
そう。柚子の行動は最初から全て、妹中心に回っていたのだ。
──クラスメイトだけじゃなくて、妹のことまで考えて動いて……この人って、自分の為に動くことってあるのか……?
「山吹さんって、自分の為に動くことってあるの?」
「自分の為に……?」
「……ごめん、何でも無い」
訝しむように呟く柚子に、友子はそう返した。
真面目な柚子だと、またすぐに一人で悩んでしまいそうだと判断したから。
それに、柚子は不思議そうな表情を浮かべながら、首を傾げた。
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叫びながら、真凛は矢を放つ。
放たれた矢は迫って来ていた魔物の体を貫き、そこから植物の蔦を生やして絡みついた。
矢によるダメージと蔦による緊縛攻撃により、魔物は息絶える。
巨大な体が倒れ伏せるのを見つつ、真凛は弓の矢を装填し直した。
「真凛危ないッ!」
背後から聴こえた花鈴の言葉に、真凛はすぐさま弓矢を構えて振り返る。
そこにはすでに別に魔物が迫り来ており、すでに矢を放つには近すぎる距離まで来ていた。
真凛はそれに目を見開いたが、次の瞬間には花鈴がその魔物の背後に迫り、二本の短刀を構えていた。
「ロックナイフ!」
そう叫ぶ花鈴の持つ短刀の刃に、岩が纏わりつく。
岩を纏ったナイフの刃は長く伸び、まるで二本の刀のようだった。
花鈴は岩の二刀を振りかぶり、遠心力を付けて思い切り振るった。
「ッるぁッ!」
「ガァァァッ!」
岩の刃によって首を切り落とされた魔物は、叫び声を上げながら地面に倒れ伏せる。
それに、花鈴はロックナイフを解きつつ、すぐに真凛の元に駆け寄った。
「真凛大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
「大丈夫。それより、他に魔物は」
心配する花鈴に真凛がそう答えていた時、少し離れた場所にいた魔物の体を、水の槍が貫いた。
それにより、魔物は一瞬で事切れ、地面に倒れ伏せた。
矛を抜いた友子は小さく息をつき、矛を肩に担いで、辺りを見渡した。
「……もう、他にはいないみたいだね」
「うん。……皆、HPとか大丈夫?」
柚子の言葉に、花鈴と真凛はそれぞれ「大丈夫」と答えた。
友子も少し遅れてから同じように答えつつ、辺りを見渡した。
ここは、かつて魔女が封印されていたダンジョンの中層。
上層よりもダンジョン内の暗さが少し増し、魔物の強さも上がっている。
しかし、それでも四人は連携しながら、何とか攻略を続けていた。
柚子と友子のレベルは45を越え、花鈴と真凛のレベルも40を超えてきている。
魔女の心臓の破壊に向かえるレベルまで、もうあと少しだ。
そんな中で、友子の脳内では、先日聞いたクラインの言葉が頭から離れなかった。
『彼女の犯した禁忌は、死者蘇生。……魔女は三百年前に、一度死んでいるのですよ』
魔女は三百年前に一度亡くなり、死者蘇生によって蘇り、不老不死の魔女となった。
つまり、何者かが自らのエゴによって魔女を蘇らせ、今自分達がこの世界に召喚される元凶となった存在を生み出したというわけだ。
それから友子はクラインに幾つか質問をしたが、返ってきた答えは、どれもあまり正鵠を得てはいなかった。
誰が、何の為に、どうやって蘇らせたのか。
そのどれもの質問に、魔女とは言え個人情報だからだの、自分はあまり把握していないだのとはぐらかされてしまった。
この世界に召喚されてしまった以上、今更魔女の誕生にとやかく言うつもりは無かった。
友子にとって重要なのは、この世界には、死者を蘇らせる手段があるということ。
それが禁忌を呼ばれ、蘇った者には不老不死という代償が課せられることまでは分かっている。
しかし、死んだ人間を蘇らせる手段があるということは、友子にとって大きな衝撃を与えた。
──だって、死者蘇生というものがあるのなら、死んだこころちゃんを蘇らせられるかもしれないのだから。
あの時、クラインに質問した中の『何の為に蘇らせたのか』という問いについては、自分で答えを見つけることとなった。
なぜなら、分かってしまったから。
自分にとって大切な人を失った時の悲しみも、その人を生き返らせられるかもしれないと知った時の喜びも、その為ならどんなことでもやってしまう盲目さも……全て。
事実、友子は手段を知らないから実行に移していないだけで、手段が分かればすぐにでも死者蘇生を行うだろう。
それが禁忌であることも、代償として蘇生した者が不老不死になってしまうことも、全て分かっている。
分かった上で、それでも自分の大切な人を蘇らせたいと考えてしまう。
その為なら、例え悪魔に魂を売ってでも……──。
「最上さん?」
云々と考えていた時、柚子に名前を呼ばれた。
それに友子が顔を上げると、柚子が不思議そうな表情で顔を覗き込んできていた。
現在はダンジョンの探索中で、花鈴と真凛は二人より少し前を歩き、何かを話している。
友子は一度それを見てから、再度柚子に視線を戻した。
すると、柚子はコテンと首を傾げて、続けた。
「どうしたの? 何か、考え込んでいたみたいだったけど」
「あ……いや、何でも無い」
柚子の問いに、友子はそう答えながら、首を横に振った。
思っていた反応と違ったのか、柚子は少し不満そうにしていたが、「そっか」とすぐに納得した表情を浮かべて前方に視線を戻した。
それに、友子は口ごもるような素振りを見せたが、すぐに目を伏せながら「あのさ」と口を開いた。
「山吹さんには……大切な人って、いる?」
「……急にどうしたの?」
突然の言葉に、柚子は驚いた表情で聞き返す。
それに、友子はすぐに目を逸らし「な、何でも無い」と答えた。
彼女の反応に、柚子はしばらく考える素振りを見せたが、やがてフッと表情を緩めた。
「……いるよ?」
その言葉に、友子はパッと顔を上げた。
柚子はそれに微笑で返し、続けた。
「最上さんの言う大切の基準は分からないけど……でも、自分にとって大切だって、胸を張って言える人はいるよ」
「……そう、なんだ……」
「それで? 大切な人がどうかしたの?」
柚子はそう言いながら、首を傾げる。
それに、友子はピクッと僅かに肩を震わせたが、やがて目を伏せながら「えっと……」と続けた。
「例えばの、話なんだけど……その大切な人が、死んじゃったとするよ?」
「……うん」
「それで……もしも、その人を生き返らせる方法が、あるとして……でも、それは、本当は良くないことで……しかも、その大切な人も不幸になるような方法で……山吹さんなら、どうする?」
「猪瀬さんを生き返らせる方法でも見つかったの?」
特に表情を変えることなく聞き返され、友子は目を丸くして「へっ?」と間の抜けた声を上げた。
それに、柚子は悪戯っぽい笑みを浮かべ、「当たり?」と聞き返す。
「な、なんで……」
「いや、流石にバレバレだよ。最上さんの大切な人なんて、猪瀬さんくらいしか思いつかないし……話の流れから、猪瀬さんを生き返らせる方法が見つかったのかなって、思うじゃない?」
「あはは……正解」
苦笑いをしながら答える友子に、柚子はクスッと小さく笑みを浮かべた。
しかし、すぐに表情を引き締め、続けた。
「……生き返らせるよ」
今までの和やかな空気とは一変し、真剣な表情で紡がれた一言に、友子は目を丸くして固まった。
すると、柚子はソッと友子に視線を戻し、口元に小さく笑みを浮かべながら「私なら、ね」と続けた。
「どんな手を使ってでも、絶対に蘇らせて、生かして見せるよ。……例え、自分の命に代えてでも」
「……」
「……妹がいるの」
サラッと言い放つ柚子に、友子は「へっ?」と素っ頓狂な声を上げて聞き返した。
すると、柚子は友子の顔を見上げ、「二人」と続けた。
「上の子は中学二年生で、下の子は小学六年生。……二人共大きくなって、大分頼もしくなっては来たけど、やっぱりまだまだ子供だからさ。私がしっかりして、面倒見ないとダメだと思ってる」
「……そういうのって、親がやるんじゃ……」
「うん。私の家、両親いないから」
サラッと言い放つ柚子に、友子は「えっ」と声を詰まらせる。
すると、柚子は表情を緩め、続けた。
「あまり気にしないで。もう何年も昔のことだからさ」
「でも……」
「まぁ、色々あって……今は、金銭面は親戚に頼りながら、妹達と三人で暮らしてるんだ」
言いながら、柚子は盾をソッと指で撫でる。
細くて小さな指が、ツツーと鉄製の盾をなぞるように下りていくのを、友子は無言で眺めた。
柚子は少し間を置いてから、続けた。
「私は、お父さんとお母さんに誓ったの。……妹二人を守るって」
そう言いながら、柚子は友子の顔を見上げた。
目が合うと、彼女は小さく笑みを浮かべて、続けた。
「だから、もしも妹が死んだとして……生き返らせる方法があるなら、私は迷わずそれを実行する。その後のことは分からないけど……姉として、精一杯頑張るのみだよ」
「……例え、妹さんが、不幸になるとしても?」
「不幸になんてさせない。……絶対に、私が守る」
真剣な表情で言う柚子に、友子は目を丸くした。
今まで、彼女のことは博愛主義者だと思っていた。
クラスメイト皆のことを平等に大事にしていて、特別に想う人のことなどいないと、心のどこかで考えていた。
だから、ここまで真剣に彼女を突き動かす存在がいる事実に、友子は少なからず衝撃を受けた。
そんな彼女に、柚子はフッと表情を緩め、続けた。
「……人を大切に想う気持ちは、人それぞれだよ」
言いながら、柚子はソッと友子の顔に手を伸ばし、頬に掛かっていた髪を指で掬って耳に掛けさせた。
それに友子が何も言えずにいると、柚子は小さくはにかむように笑って、続けた。
「何が正しいとか無いし、どうすることが正解なのかなんて、誰にも分からない。……でも、私は最上さんが後悔しない選択をすれば良いんじゃないかと思うんだ」
「……山吹さん……」
「私は、学級委員長として、出来る限りのサポートはするよ」
柚子の言葉に、友子は、自分の肩が軽くなるのを感じた。
──もしかしたら、私は色々と、難しく考えすぎていたのかもしれない。
蓋を開けてみれば、答えは酷く簡単なもので、単純なものだった。
──私はこころちゃんが大切で、こころちゃんを蘇らせたい。
──例え……禁忌に手を染めてでも……。
「……ありがとう」
友子の言葉に、柚子は明るい笑みを浮かべ、また前方に視線を向けた。
少し冷静になったところで、友子はとあることに気付き、口を開いた。
「ねぇ、山吹さん」
「ん?」
「もしかして、山吹さんがこの世界に来た時に、家族が待ってるから帰せって言ったのは……」
「……そりゃあ、妹の所に帰る為だよ?」
当然のことのように答える柚子に、友子は目を丸くして固まった。
しかし、それを皮切りに脳内に様々な仮説が浮かび、友子はすぐに続けた。
「じゃあ、部活や生徒会とかに入って無いのって……」
「そういうの入ったら妹達の夕食作る時間が無くなりそうだし」
「学級委員長やってるのって……」
「妹の手本となる模範生になるべきだと思って」
「この世界に来てからもずっと皆を纏めてたのは……」
「早く魔女の討伐を終わらせて日本に帰りたいじゃない?」
「クラスの皆に生きて欲しいって言っていたのって……」
「目の前にいるクラスメイトも守れない私に、今は別の世界にいる妹を守ることは出来ないと思って」
迷わずスラスラと答える柚子に、友子は呆れてしまった。
そう。柚子の行動は最初から全て、妹中心に回っていたのだ。
──クラスメイトだけじゃなくて、妹のことまで考えて動いて……この人って、自分の為に動くことってあるのか……?
「山吹さんって、自分の為に動くことってあるの?」
「自分の為に……?」
「……ごめん、何でも無い」
訝しむように呟く柚子に、友子はそう返した。
真面目な柚子だと、またすぐに一人で悩んでしまいそうだと判断したから。
それに、柚子は不思議そうな表情を浮かべながら、首を傾げた。
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