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第3章:水の心臓編

054 可愛い手

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 道中で腹の足しになる木の実を見つけて食し、私達は無事にイブルー国へとたどり着いた。
 国境線沿いにある町で一泊し、それからさらに二日掛けて、私達はこのファークネス大陸最南端にあるイブルー港へとたどり着いた。

「ふぁぁぁ……っ!」

 で、イブルー港に着いてかれこれ一時間が経過しようとしている現在、リートが海を見て歓声を上げているのを眺めていた。
 港から見える海を前に、彼女は両手の拳を強く握り締め、プルプルと震えていた。
 その目は太陽の光を反射しているのか、それとも好奇心からか、キラキラとまるで宝石のように輝いている。
 リートが海に感動している間、私とフレアは近くの段差に腰掛け、感動が止むのを待っていた。

「……流石に長くねぇか?」

 すると、隣に座っていたフレアが、呆れた様子でそう呟いた。
 それに私は苦笑しつつ、「確かに」と答えた。

「よく飽きないよね。もう一時間くらい経つよ」
「ッたく、海見んの初めてだからって、はしゃぎすぎだろ。子供か」

 吐き捨てるように言ったフレアの言葉に、私は「初めて?」と聞き返した。
 すると、彼女はピクッと私の言葉に反応し、少しして「んぁぁ」と声を上げた。

「そっか、お前知らねぇのか。……そーだよ。これがアイツの初海」
「へぇ……海行ったこと無かったんだ」
「まぁ、魔女になってからは割とすぐに封印されちまったし、魔女になる前は前で海に行けるような状態でも無かったからなぁ。仕方ねぇだろ」
「……ねぇ、ちょっと待って?」

 フレアの言葉に、私は何か違和感を抱き、咄嗟にそう遮った。
 すると、彼女は「んぁ?」と間の抜けた声を上げながら、私の方に視線を向けて来た。
 それに、私はしばし考えて違和感の正体を突き止め、すぐに続けた。

「フレアってさ、リートの心臓から生み出されて、それからずっとダンジョンにいたんだよね?」
「あぁ、そうだな」
「で、一応リートがダンジョンに封印される前の記憶は共有してるけど、それ以外の記憶は無いんだよね?」
「……まぁ、無いな」
「じゃあ、なんで海を見たことがあるような態度してるの?」

 私の疑問に、フレアはハッとしたような反応をした。
 それからポリポリと頬を掻き、しばらく考え込むような素振りをしてから、「……確かにな」と口にした。

「言われてみるとそうだな……俺って海行ったことあるのか?」
「いや、聞かれても知らないけど」

 真面目な声で聞き返してくるフレアに、私はそう答えた。
 そんなこと聞かれても知らないよ。フレアとは、ダンジョンで出会ったのが初だし。
 私の反応に、フレアは「だよなぁ」と笑いつつ、頭をガリガリと掻いた。

「まっ、それでも海って物があるのは知識としては知ってたしな。俺の反応が鈍いというよりは、リートの反応が新鮮過ぎるんだよ」
「……まぁ、それは一理あるかも」

 フレアの言葉に、私は苦笑しながらそう答えた。
 すると、彼女はどこか得意げな笑みを浮かべて「だろ?」と言ってきた。
 まぁ、海を初めて見るからって、誰しもがリートのように初々しい反応をするとも限らないか。
 私は海を初めて見たのなんて小さい頃のことだから、もう記憶は曖昧だけど。
 そんなことを考えていた時、ビュオッと風が強く吹いた。

「うわッ」
「うおッ」

 突然の風に、私とフレアは同時に声を上げた。
 ずっと海を見ていたリートも、どうやら風に驚いたみたいで、目を丸くしながら頭を押さえていた。
 とは言え、この風をきっかけに、ようやく海から意識を逸らせそうだ。
 リートの元に向かおうと立ち上がろうとした時、フレアが「ちょっと待てって」と私の腕を掴んだ。

「え、何……?」
「髪ボサボサだぞ」

 呆れた様子で言うと、彼女は私の頭に手を伸ばしてきた。
 それから優しく撫でるようにして、髪を整えてくる。
 髪がフレアの指の隙間に絡まり、彼女の手の動きに合わせて梳かれているのが、感覚で分かる。
 普段は乱暴な言葉遣いや仕草をしている割に、こういう時の手つきは優しくて、なんだか変な感じがした。
 しばらくして、彼女は私の頭を見て笑みを浮かべ、「よしっ」と声を上げた。

「……出来た?」
「おう。バッチシよ」

 フレアはそう言ってししっと笑うと、私の頭をポフポフと撫でた。
 それに私は「ありがとう」と返しつつ、ふと気になったことがあり、続けた。

「あのさ、フレア。ちょっと手出してみて?」
「……? 手?」
「うん。こう……パッ、と」

 そう言いながら手を広げて見せると、彼女は言われた通りに手を広げてくれる。
 私は彼女の手首を掴み、彼女の掌に合わせるようにして、自分の手を重ねた。
 すると、やはりフレアの手は私よりも大きくて、私の指先は彼女の指の第一関節までしかなかった。

「やっぱり……フレアの手って大きいよね」
「……そうか?」
「うん。頭撫でられてる時とかも、ずっと大きいな~と思ってた」
「……イノセの手は小さいな。俺より背高いのに」

 フレアはそう言って笑うと、指の場所をソッとずらし、指を絡めるようにして手を握ってきた。
 突然のことに驚いていると、彼女は私の目を見て、犬歯を見せてどこか不敵な笑みを浮かべた。

「……可愛い手だな」
「……はっ……?」
「何をしておるのじゃ?」

 突然の言葉に声に詰まった時、突然、横から声が割り込んで来た。
 それに視線を向けると、そこではボサボサになった髪を手櫛で直しながら、リートがジト目でこちらを見下ろしていた。
 彼女は未だに握られたままの私の手を見て、さらにムッとした表情を浮かべて続けた。

「……本当に、今まで何をしておった?」
「いや……フレアの手が大きいねって話をしてて、手の大きさを比べてたら、急にフレアが……」

 私は何かを誤魔化すようにそう言いながら、フレアから手を離そうとした。
 しかし、強く握られている為にそれは叶わず、どれだけ手を引っ込めようとしてもビクともしなかった。
 それに困惑していると、フレアはもう片方の手をついて立ち上がり、繋いだままの手をそのままに歩き出した。

「俺達のことなんてどうでも良いだろ。それより、船に乗るのに切符とかそういうの買わないとダメなんじゃねぇの?」
「ちょ、あの、フレア?」
「誰かさんのせいで時間が押しちまってるしな。早く行かねぇと」

 フレアの言葉に、リートが「何じゃその言い方は」と反論した。
 それに、フレアはケラケラと笑いながら「事実じゃねぇか」と言った。
 また喧嘩が始まるのではないかと思ったが、リートはそれに不満そうに口を噤み、プイッと顔を背けた。

「悪かったのう。……初めての海で、少々気持ちが昂ってしまったのじゃ」
「……少々?」

 リートの言葉に、私はつい聞き返す。
 あの感動っぷりは、少々なんてレベルでは無かったと思うが……。
 フレアもそう思ったのか、私に続けて「かなり、の間違いだろ」と訂正を入れた。
 私達の言葉に、リートはさらに不満そうな表情で「もう良いであろう!」と声を上げた。
 それから、私の空いている方の手首を掴み、グイッと強引に引っ張ってきた。

「ほれ、もう行くぞ! 早く海を渡ってしまいたいしのう」
「早く船に乗りたいの間違いじゃ……って痛い痛い! 千切れる!」

 私の訂正が不満だったのか否か、リートは歩を速めた。
 フレアとも手を繋いでいた私の両手は引っ張られ、綱引きの綱の気分を味わうことになる。
 そんな私の声に先に反応したのはフレアで、パッと私の手を離した。
 すると、それによって片手が開放され、私はすぐにリートの元に駆け寄った。
 リートは近付いてきた私を一瞥すると、一度私の手首を離し、ソッと手を繋いできた。
 私の手をしっかり握ったのを確認すると、彼女はどこか満足気な表情を浮かべ、ブラブラと軽く振った。
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