命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第3章:水の心臓編

055 リブラのオアシス

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「うぅぅ……気持ち悪い……」

 私の膝の上に頭を置く形で仰向けに寝転ぶリートは、最早緑色と化した顔色でそう呻いた。
 それに、私は「よしよし」と言いながら、慰めるように彼女の頭を撫でた。

 イブルー港からタースウォー大陸へと向かう船に乗って、かれこれ三十分。
 最初の方は初めての船に大興奮だった彼女も、徐々に船酔いによって体調を崩し、十分程経過する頃にはこうしてダウンしてしまった。
 フレアは他に用事があるからとリートを私に押し付けてどこかに行ってしまい、こうしてリートの介抱を一人で行っている。
 タースウォー大陸に着くまでにはイブルー港から一時間程かかるらしいので、ここからさらに三十分かかるのだろう。
 三十分ですでにここまでボロボロになっているというのに、残り三十分を耐えることは出来るのだろうか……。

「うぅ……イノセぇ、何とかしろぉ……」
「そんなこと言われても……回復薬も効かなかったし……」

 言いながら、私は傍に置いていた空のボトルに視線を向けた。
 リートが船酔いで体調を崩した際に回復薬を飲ませたのだが、どれだけ飲ませても体調は回復せず、こうしてダウンしたままだった。
 私の言葉にリートは額を押さえたまま、ゆっくりと口を開いた。

「あぁ……多分、これは状態異常の一種じゃな……回復薬はHPを回復させるが、状態異常は回復出来んからのう……光魔法さえあれば……」
「無理に説明しなくて良いから……」

 丁寧に説明してくれるリートにそう言いつつ、私は彼女の頭を撫でた。
 すると、彼女は小さく呻きながら、グッタリと脱力した。
 しかし、ここまで衰弱した様子のリートを見るのは初めてで、なんていうか変な感じがする。
 普段はどれだけ疲れてても偉そうに振る舞っているから、こうして弱々しく私に身を委ねている姿などあまり見たことなくて、なんだか新鮮だ。

「いのせぇ……」

 ぼんやりと考えていると、リートはそう名前を呼びながら、私の手を握ってくる。
 それに視線を落とすと、彼女は潤んだ目でこちらを見つめながら、小さく口を開いた。

「いのせ……あたま、なでるの……とめるな……」
「……はいはい」

 リートの言葉に答え、私は握られていた手を離させ、彼女の頭を撫でるのを再開した。
 多分だけど、頭を撫でられていると、船酔いが少しは安らぐのかもしれない。
 そんなことを考えつつ、リートがどこか手持ち無沙汰にしている様子だったので、ひとまず空いている方の手を握らせてやった。
 すると、彼女は素直に私の手を握り、小さく息をついた。

「おーおー。やってんな」

 すると、頭上から声が降ってきた。
 顔を上げるとそこには、腰に手を当てながらこちらを見下ろしているフレアがいた。
 目が合うと、彼女はヒラヒラと軽く手を振り、すぐにドカッと音を立てて私の隣に腰掛けた。
 それから、横になっているリートを見て、小さく苦笑した。

「すっげぇ体調悪そう。生きてるか~?」
「……うるさいぞ……お主の声は、頭に響く……」
「はははっ、生きてるな」

 快活に笑いながら言うフレアに、リートは恨めしそうな視線を向けた。
 その様子を見つつ、私はフレアに視線を向け、口を開いた。

「ところで、用事とやらはもう良いの?」
「んぁ? ……あぁ、もう済んだよ。ワリィな、リートの介護任せちまって」
「いや、それは全然構わないんだけど……何の用だったの?」
「まぁ、ちょっと、水の心臓についての情報収集をな」
「……水の心臓……?」

 フレアの言葉に、私はそう聞き返した。
 すると、彼女は私の言葉にキョトンとしていたが、少しして「あぁ、お前知らねぇのか」と言った。

「ほら、リートの心臓は七つに分裂しちまっただろ? んで、この世界にある魔法の属性は、火、水、土、林、風、光、闇の七種類」
「つまり……分裂した心臓ごとに、魔力の属性があるってこと?」
「正解!」

 私の言葉に、フレアはそう言いながら指を立てた。
 言われてみると、そんな感じのことを、前にリートに説明された気もする。
 フレアの心臓を回収した時も、火属性の魔力が籠っていたから火属性の魔法やスキルが使えるようになったとか、言っていたような……。

「俺の守っていた心臓には火属性。……で、コイツの元に残ってた心臓は、闇属性の魔力が籠っていたわけ」
「じゃあ、次に集めに行く心臓には水属性の魔力が籠っているから、水の心臓ってわけ?」
「そーゆーこと!」

 犬歯を見せながら言うフレアに、私は納得した。
 なるほどね……つまり、今私達が所有しているのは、闇の心臓と火の心臓。で、残っているのは水の心臓、土の心臓、林の心臓、風の心臓、光の心臓というわけか。

「……で、水の心臓の情報って?」
「それがな、俺たちが今向かっているタースウォー大陸のリブラって国は、巨大なオアシスによって潤ってるらしいんだよ」
「……オアシス?」

 あまり聞き慣れない単語に、私はつい聞き返す。
 それに、フレアは少し間を置いてから「あぁ」と言った。

「知らなかったか。どうやら、タースウォー大陸の内の半分は砂漠地帯になっていて、リブラもその中に属しているらしい」
「なるほど……それで? リブラにオアシスが湧いていることと、水の心臓に何の関係性があるわけ?」
「……なんとなく分かったぞ」

 私の疑問に答えるように、リートが言った。
 彼女は額に手を当てながら、ゆっくりと続けた。

「つまり、そのオアシスが湧いた原因が、水の心臓というわけじゃな?」
「あぁ、きっとな。……そのオアシスが湧いたのは、今から二百年前。雨もロクに降らずに水不足が続いていたある日、水を求めて穴を掘っていた時、突然不自然に大量の水が湧き出て来たんだと」
「二百年前……リートが封印されてから、百年後……?」

 私の言葉に、フレアは犬歯を見せて笑い、「正解」と言った。
 大体理解出来てきた。私はリートの頭を撫でる手を止め、情報を脳内で整理してから、口を開いた。

「つまり……リートの心臓がリブラの地中に封印されてダンジョンを作った時に、水の心臓から滲み出た魔力が、百年掛けてオアシスとなって湧いて来た……と?」
「ま、そんな感じだろうな」
「……火の心臓は、封印されていた場所が、元から火山じゃったから……心臓の影響も、少なかったのじゃろうな」

 私達の会話を聞いていたリートが、弱々しい声でそう言った。
 それに、フレアは「なるほどな」と小さく呟いた。

「つまり、他の場所では水の心臓みたいに、心臓がその場所に大きく影響を及ぼしている場所も多々あるだろうってわけか」
「……そんな感じじゃ」
「……じゃあ、心臓を探すのが楽になるね」

 二人の会話に、私はそう呟いた。
 すると、フレアが顎に手を当てながら、「それはどうかな」と呟いた。

「どういうこと?」
「いや……元々俺とリートには、心臓の場所が分かるからな。今更ンな情報収集しなくても、分かるもんは分かるんだよ」
「……問題は、その心臓による変化を悪用する人間がおるかもしれん、という話であろう?」

 リートの言葉に、フレアは「あぁ」と重々しく頷いた。
 それによく理解出来ずにいると、リートが少し考えてから、続けた。

「それこそ、今回のオアシスが分かりやすい例じゃな。水が湧き出ているのを良いことに、リブラは町を栄えさせているのであろう?」
「俺はそう聞いたぜ。町がどうなっているのかは行ってみねぇと分かんねぇけど、厳重に管理されてたりしたら、厄介だろ」
「右に同じ、じゃな。今回だけではない。今後そういう町が出てくる可能性は、充分に……」

 そこまで言った時、リートは顔を青ざめさせ、口に手を当てた。
 私はそれに、すぐさま彼女の体を起こし、何とか立たせた。

「ちょっと、リート大丈夫? お手洗いまで歩ける?」
「……」

 私の言葉に、リートはコクコクと何度も頷いた。
 それに、私はすぐに彼女に肩を貸し、立ち上がった。

「ごめん。ちょっとリートを吐かせに行ってくる」
「お、おう……何か手伝うか?」
「いや、大丈夫」

 珍しく心配そうにするフレアにそう返しつつ、私はリートを連れて、お手洗いに向かった。
 歩きながら、頭の中でなんとなく、先程の会話を思い出す。
 心臓による環境への変化に、それを悪用する人間の存在、か……。
 フレアの時みたいに、一筋縄ではいかない可能性は高いのかもしれない。
 気を引き締めなければならない、か……。

 そんなことを考えつつ、私はリートをお手洗いに連れて行き、介抱した。
 とりあえず、今は心臓云々より、その持ち主のことを心配しなければならないなと思い直した。
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