命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

文字の大きさ
132 / 208
第5章:林の心臓編

128 濃霧と少年

しおりを挟む
 大分日が西に傾き始めた頃、私達はベスティアに向かって歩を進めた。
 リート達の考えた作戦はこうだ。
 まず、一度ティナが先にベスティアに帰還し、森の中に人族がいるとして私達のことを獣人族に知らせる。
 その後、獣人族の村に侵入しようとした人族ということで、私達は一度獣人族の捕虜となる。
 獣人族は村に侵入しようとした人族を捕虜として捕らえておき、後に粛清として拷問を与えるという風習があるらしい。

 つまり、捕虜として一度、村の中まで怪しまれず入ることが出来るわけだ。
 今からベスティアに向かってこの作戦を実行すれば、捕獲されるのは恐らく夜になるだろう。
 そうなれば拷問は翌朝へと持ち越しとなり、夜の間は捕虜として捕獲されておくことが出来る。
 夜ならば村民も寝静まり、林の心臓の警備も日中に比べれば甘くなっているはずだ。
 後は牢屋を脱出し、甘くなった警備の隙を突き、必要に応じてティナに隙を作ってもらったりしてダンジョンに潜入するという話だ。

「……これはまた、人族と獣人族の溝が余計に深まりそうな……」
「流石にこればかりは仕方あるまい。人族への不評が高まるのは致し方無いが……それでも、まぁ……最小限には抑えられるよう努力はするつもりじゃ」
「……不安だなぁ」

 どこか歯切れ悪く言葉を濁すリートに、私はそう呟いた。
 すると、彼女はムッとした表情を浮かべつつ続けた。

「仕方ないであろう。ベスティアで何が起こるかは妾にも分からん。……とはいえ、少なくとも、林の心臓の回収後の農業については問題無いであろう」
「……? 何を根拠に……?」
「ティナはずっと、人族の農業を観察していたのであろう? であれば、見様見真似で少しずつでも、農業を覚えていけば良い。心臓の魔力の影響もすぐに消える訳ではないし」

 リートの言葉に、私は「なるほど」と呟いた。
 まぁ、中々上手くいくことでも無いかもしれないが、それでも少しずつ覚えていけば良い。
 種を植えたら農作物が出来るということを理解しているのなら、そこから少しずつ足りないものを補っていけば良いのだ。

「……だから、ウチにはお前らが思っている程の権力は無いニャン」

 私達の話を聞いていたのか、前の方を歩いていたティナがそんな風に呟いたのが聴こえた。
 彼女の言葉に、リートは「構わん」と答えた。

「それは前にも聞いたし、別にお主の村の中での立場には期待はしておらん。現に、今回の作戦だって、あくまでお主で無くとも普通の村人ならば誰でも出来るような作戦であろう? 農業についても、お主が先導するような形で無くとも、村人達と共に助け合いながらやっていけば良い」

 諭すように言うリートに、ティナはグッと口を噤んだ。
 ぐうの音も出ないとはこのことか、と……どこか他人事のように考える。
 そんなやり取りをしつつベスティアがある林に踏み込んでいくと、話に聞いていた通り、辺りを濃厚な霧が包み始めた。

「大分霧が濃いな……」
「……普段は、この霧で迷っている人間を嗅覚で索敵して捕獲して、村に捕虜として連れていくニャ。村の近くまではウチが案内するから、はぐれないようにするニャ」

 ティナがそう言い終わるのとほぼ同時に、誰かが私の手を掴んだのが分かった。
 見ると、それはリートだった。

「お主は妾達と違って心臓の場所が分からんからのぅ。離れんように、しっかりと握っておれ」
「う、うん……ありがとう」

 私はそう答えつつ、リートの手を握り返した。
 リートの言う通り、私には心臓がどこにあるか分かる力など無いので、下手したらすぐにはぐれてしまう。
 実際、この霧のせいで、手を繋いでいるリートの顔すらまともに見えない。
 こんな中で一人になったら確実に遭難してしまうと考えると、無意識にリートの手を握る力が強くなってしまう。
 早くベスティアに到着しないかな……なんて考えた時、何やら張り詰めたような空気が肌を刺した。

「っ……?」

 うなじの辺りに何かがチクチクと刺されているかのような感覚がして、私は顔を上げて軽く辺りを見渡す。
 しかし、辺り一面塗りつぶしたかのような白色に包まれており、何も見えなかった。
 何だ……? 何か……嫌な感覚がする……。
 しかし、その正体が何なのかと言われると、分からな──。

「ッ……!?」

 突然、目の前に高速でこちら向かってくる矢が現れた。
 私はそれに驚きつつも、咄嗟にその場にしゃがみ込む形でそれを躱した。
 その拍子に手を繋いでいたリートが共に倒れてしまうので、私はすぐに彼女の体を抱き留めた。

「な、何じゃ……!? 一体何が……!」
「分からない! でも、誰かが矢を放って……──」

 驚いた様子のリートにそこまで言った時、何かが風を切るような音がした。
 私は咄嗟にリートの体を抱きしめつつ自分の体を捻り、視界の外から放たれた二本の矢を躱す。
 体勢を立て直す暇も無く、すぐさま別の方向から矢が飛んできた。

「おいッ! 何だよこれ! 何が起こってる!?」

 とにかく矢を躱していると、フレアが驚いたような声を上げたのが聴こえた。
 それに、すぐさまリアスが「知らないわよ!」と怒鳴るように叫んだ。

「ただ、敵襲を受けていることには変わらないわね。……でも、一体誰が……──ッ!」

 リアスの言葉はそこで途絶える。
 次いで、キィンッ! と、何か金属同士がぶつかり合うような音がした。
 弾いたのか? と一瞬考える間も無く、すぐさま別方向から矢が飛んできた。
 私は何とか矢を躱しつつ、すぐさまリートに視線を向けた。

「リート! どうする!?」
「ッ……こころは妾から離れるなッ! 他は一旦散らばって敵襲の相手を……!」

 彼女がそこまで言った時、足元でプツッと何かが切れるような音がした。
 それに驚く間も無く、足元から地面がせりあがってくるような感覚がして、私はバランスを崩す。
 リートを巻き込んで転びそうになったが、私の体はギシッと鈍い音を立てて空中で止まった。

「なッ……!?」

 突然のことに驚き、私は咄嗟に体を起こそうとする。
 しかし、手をついた先には踏ん張る為の地面が無く、すぐにバランスを崩して近くにいたリートに覆いかぶさるような体勢になる。
 息が掛かりそうな程の密着につい動揺してしまうが、今はそんなことをしている場合では無いと、すぐに辺りを見渡した。
 見ると、目の前には植物の蔦を縫い合わせて作ったような網があった。

「何これ……」

 小さく呟きながら、私は網を掴む。
 すると、ギシッと鈍い音を立てた。
 周りが濃厚な霧に包まれている為、状況を把握することは難しいが……どうやら、私達はこの網に捕まって吊り下げられているようだ。
 霧のせいで全容を把握することは出来ないが、恐らくこれは、狩猟用の罠か何かだろう。
 日本にいた頃に、アニメとかで見たことがある。
 地面に網のような罠が張ってあって、獲物が仕掛けに引っ掛かって発動するものだ。
 こんな視界の効かない状況では、足元なんて注視する間も無い。
 上手い組み合わせだな、と敵ながら感心した。

「うおッ!?」
「きゃッ!?」
「わぁッ!?」

 少し離れた場所から、聞き覚えのある声と共にバサッと先程聴いたような音がした。
 フレア達も罠にかかったのか……!? と咄嗟に視線を向けるが、濃霧のせいで視界が効かない。
 クソッ……とにかく、この罠をどうにかするしかないか……!
 私はギリッと歯ぎしりをすると、すぐさま剣の柄に手を添えた。

「とにかく、この網切るから……リートは危ないから動かないで……」
「いや、待て」

 剣を抜いて網を切ろうとした私を、リートはそう言って止めた。
 彼女の言葉に、私は「えっ?」と聞き返した。
 その時、どこからかこちらに近付いてくる足音が聴こえてきた。

「ふむ……計五人、か。遭難者にしては人数が多いニャン。……侵入者ニャ?」

 そう呟きながら濃霧の中から姿を現したのは、一人の少年だった。
 いや……少年……なのか……?
 背格好から咄嗟に十代前半くらいの少年だと判断したが、霧の奥から現れたその姿を見た瞬間、その予想に少し自信が持てなくなった。

 全身を白い体毛に包み込み、白目の部分が青い猫目が真っ直ぐこちらを見つめる。
 彼の頭の上では三角の猫耳がピコピコと可愛らしく揺れ、腰の辺りから生えた白い尻尾は毛を逆立てて大きく膨らんでいる。
 逆三角形の桃色の鼻が、こちらを探るようにヒクヒクと動く。
 そう……そこにいたのは、人間のような出で立ちで佇む、白猫のような見た目をした生き物だったのだ。

「に、兄ちゃん……そ、そいつ等は悪い奴じゃ……」
「黙れ。お前の言うことなど信じられるか」

 少年は自身の後を追うようにして現れたティナの言葉を一蹴し、ギロリと警戒するようにこちらを睨んだ。
 彼は仁王立ちするようにして私達に向き直ると、堂々とした態度で口を開いた。

「俺は獣人族族長家の長男、ティノス・ブルーストだ。これから、お前達を獣人族の村に侵入した罰として捕縛する」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

修復術師は物理で殴る ~配信に乱入したら大バズりしたので公式配信者やります~

樋川カイト
ファンタジー
ソロでありながら最高ランクであるSランク探索者として活動する女子高生、不知火穂花。 いつも通り探索を終えた彼女は、迷宮管理局のお姉さんから『公式配信者』にならないかと誘われる。 その誘いをすげなく断る穂花だったが、ひょんなことから自身の素性がネット中に知れ渡ってしまう。 その現実に開き直った彼女は、偶然知り合ったダンジョン配信者の少女とともに公式配信者としての人生を歩み始めるのだった。

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[完結] (支え合う2人) ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

【リクエスト作品】邪神のしもべ  異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!

石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。 その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。 一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。 幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。 そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。 白い空間に声が流れる。 『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』 話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。 幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。 金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。 そう言い切れるほど美しい存在… 彼女こそが邪神エグソーダス。 災いと不幸をもたらす女神だった。 今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...