命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第5章:林の心臓編

127 違和感と声

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「妾達は、その豊穣の神を頂戴しに来たからのぅ」
「豊穣の神様を頂戴、って……お前等何するつもりニャッ!?」

 どこか不適な微笑を浮かべながら言うリートに、ティナは驚いた様子で声を上げた。
 ……まぁ、普通はそんな反応になるわな。
 獣人族が林の心臓があるこの場所に移り住んでから何百年も経っているらしいし、彼女にとっては生まれた時からずっと身近にある存在。
 無くなればいいのにとは思いつつも、本当に無くなるなんて露にも思っていなかったのだろう。
 驚いた様子のティナに、リートは続けた。

「お主等の崇めている豊穣の神とやらは、元々は妾の体の一部だったものじゃ。それがベスティアの地に封印されており、妾の魔力がこの地域に影響を及ぼしておる」
「なッ……で、デタラメ言うニャ! そんな話、信じられる訳無いニャ!」
「信じられんならそれでも良い。どちらにせよ、妾達が、お主等が豊穣の神と崇めている物を欲しいと思っていることには変わらんからのぅ」

 堂々と言い切るリートに、ティナはあんぐりと口を開けて固まった。
 それに、リートは「しかし」と続けた。

「お主等が豊穣の神と呼んでいるものを取り返そうにも、ベスティアの町は密林と濃霧に囲まれていて強襲することもできんし、獣人族は人族を嫌っておるから町に入ることも困難であろう? じゃから、お主に協力して欲しいのじゃ。……獣人族長の娘なら、それなりに融通も利くであろう?」

 リートの言葉に、ティナの表情が僅かに曇ったのが分かった。
 彼女の表情の変化に気付いたのか、ずっと黙って話を聞いていたリアスがピクリと、僅かに反応を示した。
 しかし、ティナはすぐに目を伏せ、ソッと視線を逸らした。

「そんな、こと……出来るわけ、ないニャ……豊穣の、神様は……厳重に、守られ、てるし……」
「そこをお主が何とかするのじゃ。……まぁ、作戦とかは妾達が考えてやるから、お主は妾達の言った通りにすれば……」
「ウチにそこまでの力は無いニャ!」

 リートの言葉を遮るように、ティナは声を張り上げた。
 それに、リートは目を見開いて言葉を詰まらせた。
 すると、ティナはグッと表情を引き締めて続けた。

「族長の娘、だからって……お前等が思ってる程の権力が、あるわけじゃ、無いニャ……」
「しかし、やはり家族だから、多少は贔屓して貰える部分も……」

 リートはそこまで言って、ふと、視線を私の方に向けてきた。
 目が合うと、彼女はすぐに目を逸らした。
 ……? 何だ?

「……とにかく、お前等が思ってる程、ウチに力は無いニャ」

 ティナはそう言って、フイッと顔を背けた。
 彼女の言葉とどこか暗い表情に、私は何かが胸に引っかかったような感覚がした。
 何だろう。何か……違和感。
 彼女が言っていることに妙なことは無いはずなのに、何だか妙な感じがする。

「……まぁ、獣人族ってだけでも、いないよりはマシでしょう」

 すると、リアスがそんな風に続けた。
 それにリートは驚いたような反応をしたが、すぐに「そうじゃな」と呟いた。

「じゃあ、作戦を立てたいから、お主が獣人族の中でどういう立場なのか教えてくれんか?」
「ッ……それはッ……」

 リートの言葉に、ティナは声を詰まらせた。
 彼女の様子に、リートは首を傾げて「どうした?」と聞き返した。
 すると、ティナはすぐに首を横に振って「何でもないニャ!」と答えた。

「別に普通ニャ。普通の村人と変わらないニャン」

 どこか吐き捨てるように言うティナに、リートは何かを考えるように間を置いた。
 しばらく考え込んだ後、彼女は小さくため息をついて、「……まぁ良い」と呟くように言った。

「では、さっさと作戦を立ててしまおうか。……お主も長い時間町の外に出ているのはマズいであろう?」
「ニャッ……別に、そんなことは……」

 リートの言葉に何か答えようとして、ティナは口ごもる。
 何を考えたのか、彼女はすぐにブンブンと首を横に振って「何でもないニャ!」と続けた。

「そ、そうニャ。あまり長い時間出てると……色々マズいニャン」
「それなら、尚更早く作戦を決めてしまった方が良いな。しかし、一体どうしたものか……」

 小さく呟きながら考え込み始めるリートを横目に見つつ、私は視線をティナの方に向けた。
 するとそこには、何やら暗い表情で俯くティナの姿があった。
 彼女の顔を見た瞬間、何とも言えない違和感が胸中を占めた。
 何だろう、この感じ……なんか、変だ……。

「……ねぇ、ティナ……ちゃん……」
「ニャ……?」

 なんとなく名前を呼んでみると、ティナはキョトンとした表情を浮かべて顔を上げた。
 彼女の顔を見た瞬間、私の中で、違和感がさらに増幅したような感覚があった。

『ねぇ、猪瀬さん?』

 その時、脳裏に誰かの声がよぎった。
 記憶に無いその声に、喉に何かが詰まったような感覚がした。
 私はソッと自分の首に手を当て、僅かに指先に力を込める。
 何なんだろう……この感覚……。
 今の声は、一体……誰の声なんだ……?
 そもそも、私は……何を聞こうとしているんだ……?
 今私の胸中を占める違和感の正体も分かっていないのに……何を、口走ろうとしているんだ……?
 グルグルと渦巻く思考に苛まれ、続く言葉を見つけられない私を、ティナはジッと見つめた。
 彼女は訝しむような表情で不思議そうに耳をピコピコと揺らしていたが、やがてソッと目線を逸らし、口を開いた。

「……お前は……あいつ等とは、違う生き物ニャン?」
「……えっ……?」

 突然の問いに、私はつい聞き返した。
 見ると、ティナはそれ以上何も言わず、ジッとどこかを見つめている。
 それに、私は首からゆっくりと手を下ろし、彼女の目線を追った。
 するとそこでは、何やら話し合っている様子のリート達がいた。

「お前達は皆、強い魔力の匂いがするニャン。……でも、あいつ等は皆似たような匂いがするけど、お前だけなんか違う感じの魔力の匂いがするニャ。……あいつ等が何なのかも分かってないけど……種族が違ったりするニャン?」

 首を傾げながら聞くティナに、私はつい言葉を詰まらせた。
 リート達と私の魔力が違う、というのは……そもそも、フレア達がリートの心臓から生まれたことが関係しているのだろう。
 フレア達の魔力は元々リートのものだったわけだし、魔力の匂いが似ているというか、そもそも魔力そのものが似通っているのだろう。
 そう考えると、まぁ、確かに私とリート達は違う生き物であると言えなくも無いのかもしれないが……きちんと説明しようとすると、色々と面倒なんだよな……。
 別に隠すようなことでは無いとは思うのだが、私の口から説明するには色々と複雑な部分もある。
 しばらく考えた後、私は頬を掻きながら口を開いた。

「えっと……私達は、普通の人族だよ?」
「嘘つくニャ! 大体、さっき黒髪のアイツが豊穣の神様は自分の体の一部とか話してたニャン! 人族だったらそんなこと有り得ないニャッ!」
「ちょっ、声大きいって……!」

 リートを指さしながら吠えるように言うティナを、私は慌てて窘めた。
 人気が無い裏路地とは言え、見通しは悪いし、どこで誰が聞いているか分かったものでは無い。
 それなのに、そんな大きな声で、他の人には聞かせられないような話を堂々と……。
 私が窘めたことでティナはすぐに口を噤んだが、私が正体を話さないからか、ムスッとした表情を浮かべた。
 不満なのか、尻尾が不機嫌そうに石畳の地面をパンパンと叩く。
 彼女の様子に、私は小さく息をついて続けた。

「そんな顔しないで……まぁ、確かに普通の人間では無いけど、説明しようとすると色々と面倒なんだよ。……それに、さっきのリートの話だって、デタラメだ~って言って信じなかったじゃん」
「それはッ……だって、信じられないニャン。豊穣の神様って言ったら、かなりの魔力を持ってるニャ。それがあの女の体の一部から生まれてるなんて、信じられるわけないニャン」

 ムゥッと頬を膨らませながら言うティナに、私はつい頭に手を当て、大きく溜息をついた。

「その話すら信じられないなら、正直に全部話しても多分信じられないと思うけど……」
「ニャッ……それでも一応は聞きたいニャンッ!」
「えぇ……」

 やけに強情なティナの態度に、私はつい困惑の声を漏らしてしまった。
 参ったな。今までこれくらいの年齢の子供の相手などしたことないし、こういう時にどういう対処をすれば良いのか分からないのだが……。
 兄弟がいたら変わったのかもしれないが……いや、一応妹はいたっけ……。
 同じ家に住んではいたが、話したことは疎か、まともに顔を見たことも無いけど。

「おーい、ティナ。ちょっと来い」

 すると、リートがそんな風に声を掛けてきた。
 振り向くとそこでは、リートがティナに向かってチョイチョイと手招きをしていた。

「ニャ? 何の用ニャ?」
「作戦のことで色々聞きたいことがあるのじゃ。ほれ、はよう来い」
「ニャぁ……扱いが雑ニャ~」

 不満そうに言いながら、ティナはリート達の元に駆け寄った。
 私はそれに小さく苦笑しつつ、彼女の後を追って、リート達の元に向かった。
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