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第5章:林の心臓編

126 居心地の悪さ

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「……それで、お前等が豊穣の神を無くせる、って……どういうことニャ?」

 リートのあげた果物を幾つか食べた少女は、手に持った果実をシャクシャクと齧りつつ、ジトッとした目でそう聞いてきた。
 空腹が満たされて落ち着いたようだ。
 彼女はかなり腹を空かせている癖に、どうしても私達の食べていたリンゴ飴のような食べ物は食べたく無いと言って譲らなかったので、以前野宿をした際にフレアとリアスが大量に採ってきた果物を食べさせた。
 何日か経ってるし腐っているのではないかと危惧したが、リアスの魔法で冷凍保存していたようで、フレアの魔法で解凍すれば問題無く食べることが出来た。

「妾達の目的を話す前に、お主ことを聞かせろ。……そもそも、お主の名前は何じゃ?」

 少し齧ったリンゴ飴擬きが刺さった串をタクトのように軽く振りながら言うリートに、少女は僅かに眉を顰めた。
 彼女はゴクンッと音を立てて咀嚼していた果実を飲み込むと、すぐにリートの顔をジッと見つめ、口を開いた。

「ティナ。……ティナ・ブルースト、ニャ」
「ふむ。では、ティナ。そもそも、お主はどうして盗みなどしたのじゃ?」

 リートの言葉に、少女……ティナは、ギョッとしたような表情を浮かべた。
 彼女の頭から生えた猫耳がピコピコと揺れ、気付けば尾骨の辺りから現れた猫尻尾がフラフラと左右に大きく揺れる。
 ……可愛いな、なんて思いつつ見ていると、彼女はすぐにフイッと顔を背けた。

「べっつに……深い理由なんて無いニャン。人族が気に入らないから金を盗んで困らせてやろうと思っただけの話ニャ」
「ほう……?」
「捕まって奴隷として売られる、とか……考えなかったの?」

 そう聞き返したのは、腕を組んで近くの壁に寄り掛かっているリアスだった。
 彼女の言葉に、ティナはキョトンとした表情を浮かべたが、すぐに首を横に振った。

「考えもしなかったニャ。獣人族は人族よりも足が速いし、余裕で逃げ切れると思ったニャ」
「……確かに、足はかなり速かったな」

 ティナの返答に、地べたに胡坐を掻いたフレアは、そう言いながら凍ったままの果物をガリガリと齧った。
 それに、リアスは呆れたような表情を浮かべて、「そういう問題じゃないでしょう」と呟くように言った。
 とはいえ、まぁ……子供なんてそんなものなんじゃないのか?
 小さい子供の相手をした機会などほとんど無いから、定かでは無いが。

「まぁ、こやつも、人族にも捕まる可能性があることは分かったであろう。これを機に反省すれば良い」
「……いや、お前ら絶対普通の人間じゃないニャンッ!」

 飴を小さく齧りながら独り言のように言うリートに、ティナがツッコミを入れるようにそう叫んだ。
 それに、リートは眉を顰めた。

「何じゃ、大声を出して……妾達は人間じゃぞ?」
「ンなわけないニャン! お前達からは人族よりも強い魔力のニオイがするニャ! それに、白髪のアイツとか赤髪のアイツとか、人族では有り得ない動きしてたニャン!」

 私とフレアを交互に指さしながら叫ぶティナに、つい驚いてしまった。
 身体能力のことはともかく、魔力の強さまで分かるとは……獣人族恐るべし、と言ったところか。

「……妾達の話は後でしてやるから、先にお主のことからじゃ。……金を盗んだ理由はひとまず分かったが……大体、お主はなんでこんな場所におるのじゃ? 獣人族は林の中に隠れ住んでいるのではないか?」
「それはッ……間違っては、いないニャ」
「では、どうしてここに?」

 首を傾げながら尋ねるリートに、ティナはグッと口を噤んだ。
 尻尾がさっきよりもさらに激しく左右に揺れるのを見ていると、彼女は眉を顰めながら続けた。

「別にッ……村の中は、ウチには少し居心地が悪いニャン。たまに外に出たい時もあるニャン」
「……その居心地の悪さって……もしかして、豊穣の神様が気に入らないって言ってた理由に関係あったりする?」

 ティナの言葉に、アランがコテンと首を傾げながらそんな風に聞いた。
 それに、ティナは驚いた様子で耳をピクンッと震わせて顔を上げた。
 ……これは図星か?
 内心でそう考えた時、ティナはすぐにピコピコと耳を揺らして目を逸らしながら口を開いた。

「まぁ、全部が全部、豊穣の神様のせいってわけでもないけど……それもあるニャン。……豊穣の神様のおかげで農作物が山程採れるからって、皆ほとんど農作業をしてないニャ。豊穣の神の力が凄すぎて、野菜の種を植えたら何もしなくても野菜が生えてくるから、それを収穫して食べるだけの生活をしているニャン」

 尻尾を大きく揺らしながら言うティナに、私は少し驚いた。
 しかし、その驚きは獣人族の生活が予想と違った程度のことだった為、すぐに納得した。
 林の心臓による土地への影響がどれほどのものかは分からないが、この辺りの自然環境を見ているとかなり大きいことは分かる。
 林の心臓が封印されているベスティアの町から少し離れているこの町にすら、少なからず影響がある程だし。
 これほどの影響力ならば農作物だって普通以上に育つだろうし、それ故に、林の心臓があるベスティアでの農業が平均以下なのも納得はいく。

「豊穣の神様のおかげで食糧には困らないし、楽な生活が出来るからって、皆ほとんど仕事もしないで豊穣の神様を崇めてるニャン。……でも、豊穣の神様って言っても、結局はよく分からない魔力の塊ニャ。あんな得体の知れない物を崇めるなんてどうかしてるニャ。……でも、そう思ってるのはウチだけで……息が詰まるニャン」

 途中からは愚痴のように言うティナに、リートは顎に手を当てて考え込む。
 ……種族単位で崇拝している神と言っても、必ずしも全員が崇拝しているというわけではないのか。
 一瞬そんな風に考えたが、考えても見れば、私のいた世界でも国ごとで崇拝する宗教は違ったりした。
 人間同士でも宗教の対立はあったのだし、獣人族の中でも、彼女のような反対派がいるのはおかしくない。

「……でも、貴方はどうしてそんな風に思ったの? そんなこと、ずっとベスティアにいたら気付くことも無さそうなのに」
「……昔、豊穣の神様へのお祈りの儀式が……めんどくさくて、町を出て林の外まで出たことがあったニャ。そしたら、人間のやってる畑仕事を見て……ウチの知ってるものとは違って、最初はビックリしたニャ」

 不思議そうに聞いたリアスの言葉に、ティナはそんな風に答えた。
 彼女は答えた後で少し目を伏せ、続ける。

「ベスティアの町は豊穣の神様のおかげで恵まれてるって聞いてたし、最初はウチらと違ってあんな大変そうなことして可哀想とか思ってたニャ。……でも、なぜか忘れられなくて……それから何回か町を抜け出して人間の畑仕事を見に行ったニャン。そしたら、人間達はあんなに大変なことをしてるのに、なぜかいつも楽しそうというか……満たされたような顔をしていたニャ」
「……満たされた?」
「なんていうか、こう……毎日が充実してるというか、そんな感じニャン」

 不思議そうに聞き返すフレアに、ティナはそう言い切った。
 彼女はすぐに俯いて続けた。

「なんか、人間達の畑仕事を見てると、ウチらのやってることは間違っているような気がしたニャン。……確かに豊穣の神様のおかげで、生活は楽ニャ。でも……なんか、違うって思ったニャン……!」
「……だから、豊穣の神が気に入らんのか?」
「ま、まぁ……そんな感じニャン」

 聞き返すリートに、子供はそう言って目を逸らした。
 ……あまり賢くない子供かと思ったが、意外とそういうことを考えてたりするんだな。
 それか、あまり賢くないからこそ、そう言った常識にとらわれない考え方が出来るのかもしれない。
 どちらにせよ、同じようなものか。

「ふむ……つまり、お主は豊穣の神にいなくなって欲しいと思っておるのか?」
「ンニャッ……まぁ、豊穣の神様がいなくなれば、皆あんな奴に頼ることも無くなるだろうし……いなくなるのが、一番手っ取り早い方法だとは思うニャン」

 ティナの言葉に、リートはしばらく考え込むような間を置いた。
 彼女はしばし考えた後で一度頷き、ティナに向き直った。

「では……やはり、妾達とは利害が一致するかもしれぬな」
「ニャ……?」

 リートの言葉に、ティナは不思議そうな顔で聞き返す。
 すると、リートはどこか不敵な微笑を浮かべ、続けた。

「妾達は、その豊穣の神を頂戴しに来たからからのぅ」
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