命を助けてもらう代わりにダンジョンのラスボスの奴隷になりました

あいまり

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第7章 東雲理沙編

間話 クリスマス

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 クリスマスの昼下がり。
 駅近くにあるちょっとしたカフェの前に到着した私は、軽く辺りを見渡してまだ待ち合わせの相手が来ていないことを確認すると、小さく嘆息しつつ腕時計で時間を確認した。
 今の時間は午後二時三十分弱。約束の時間は三時だと言うのに、三十分も早く着いてしまったようだ。
 そりゃあ、彼女もまだ来る訳が無いよな。

「……張り切り過ぎた……」

 私は首に巻いたマフラーに口元を埋めてそんな風に呟きつつ、手近な建物の壁に凭れ掛かって周囲に視線を向けた。
 この辺りは駅が近いからか多くの人で賑わっており、誰もがこのクリスマスというイベントを楽しんでいる様子だ。
 クリスマスどころか、普段からこの辺りまで外出すること自体がほとんど無いので、何だか不思議な気分になる。

 今までは、クリスマスと言っても私はいつものように一日中勉強漬けで、夜に母の作る料理とケーキを食べるだけだった。
 リビングには簡易的なクリスマスの飾りつけがされており、朝起きるとサンタさんからのプレゼントとやらで、綺麗に包装された新しい参考書や文房具などが置いてあるのが東雲家では毎年の恒例だった。
 なので、クリスマスだからと言って特に浮足立つことは無いのだが……このことを彼女に話したら、信じられないと大層驚いていたな。
 かと思えば物凄い勢いでクリスマスの約束を取り付けてきたので、あの時は何事かと思ったが……なるほど。この雰囲気が本来のクリスマスだと言うのなら、確かに私が今まで当たり前だと思っていたものは異質だったわけだ。

「……はぁ……」
「あっ! 理沙! 早いね~!」

 一人溜息をついていた時、どこからかそんな明るい声がした。
 それに顔を上げると、そこではブンブンと大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくる林檎の姿があった。
 彼女の顔を見るだけで胸の奥が温かくなるのを感じつつ、私は軽く手を振って「そっちこそ」と笑みを返した。

「えへへ~。何か待ちきれなくて、早く出ちゃった~」
「何それ。……っていうか、それならやっぱりいつもの公園でも良かったんじゃないの?」
「良くない! 折角のクリスマスなんだし、もっと恋人っぽいこと……」

 両手に拳を作りながら頬を膨らませる林檎は、そこまで言って不意にハッとしたような表情を浮かべる。
 どうしたんだ……? と疑問に思ってると、林檎はすぐに「お、お待たせ! 待った!?」と若干声を張って聞いてきた。
 ……本当に何……?

「えっ、や……私も今来たところだから……」
「そぉ? 良かった~」

 私の反応に、林檎は頬を緩めて満面の笑みを浮かべながらそう答えた。
 よく分からないが、彼女が満足しているならそれで良いか。
 しかし……恋人っぽいこと、か……。
 確かに、ちゃんと付き合ってからも基本的にはいつもの公園か林檎の家で会っていたし、こんな風にどこかで待ち合わせをしてどこかに出掛けるなんて初めてかもしれない。
 そういえば、今日の約束をした時も林檎は初デートだとか何とか言ってたっけ。
 ……恋人とのデート、か……。

「……あぁ。だから今日はいつもよりオシャレしてるんだ?」
「えッ!?」

 ふと零した私の言葉に、林檎はビクッと肩を震わせながら声を上げた。
 今日の彼女は赤みがかったコートに黒のワンピース、茶色のブーツという、シンプルだがいつもより落ち着いた感じの格好をしている。
 普段は結んでいる髪も下ろしていて、全体的にいつもより大人っぽい雰囲気だ。

「いつもの林檎も可愛いけど、今日はどっちかと言うと落ち着いてるというか、大人っぽい感じがするよね。たまにはこういうのも……」

 良いね、と続けようとした私の言葉は、ふと視線を向けた先にあった、耳まで真っ赤に染まった林檎の顔を見て止まった。
 彼女は赤い顔を隠すように自身の口元に手を当てて、「だ、だって……」と何やらモゴモゴ言ってる。

「えっと……? 林檎?」
「や……だって、理沙は、大人っぽくてカッコいいから……今日くらい、隣に並んでも、変にならないようにって……その……」
「なんでそんな言い訳みたいに……」

 終始一人でブツブツ言ってる林檎に、私は思わずそう聞き返した。
 すると彼女は「だってぇ……」と言いながら自分の顔を両手で覆い、すぐにチラッと目元だけをこちらに覗かせた。

「なんか……私だけ浮かれてるみたいで、恥ずかしくて……」
「っ……?」

 ぽつりと呟くように続けられたその言葉に、私は僅かに息を呑んで硬直した。
 すると彼女は「うぅ~……」と呻くような声を洩らし、自身の頬を両手でムニムニと揉みながら続ける。

「理沙はいつも通りなのに、私ばっかり張り切っててさ~。今日だって、初めてのデートだ~ってずっと楽しみにしてて……あはは。理沙からしたら子供っぽいよね~」
「いや……私も楽しみにしてたけど……」
「うぇ?」

 照れ臭そうにはにかみながら言う林檎に、私は思わず呟くように答えていた。
 ……彼女はどうして、自分ばかりが楽しみにしてたなんて思うんだろう?
 私達は恋人同士なんだし、好きな人と会うのをお互いに楽しみだと思うのは当たり前のことなんじゃないのか……?
 そんな風に疑問に思いつつ、私は軽く目を逸らしながら続けた。

「私、今まで友達とかも全然いなかったし、休みの日に誰かと出掛けるってこと自体、初めてで……なんか、ずっとソワソワしてたけど……」
「えっ、理沙も……?」
「ここ数日くらい気持ちが落ち着かなくて中々寝付けなかったし、今日だって服装もいつも通りで良いのかとか色々と不安だったし、林檎がオシャレしてくるなら私だってもっと考えたし、それに……」
「も、もう大丈夫……! 分かったから!」

 私が指折り数えながら言い連ねていると、林檎が慌てた様子で遮ってくる。
 それに思わず口を閉ざすと、彼女は未だに顔を赤くしたまま「理沙はもっとこう……恥じらいとかさ……」と何やら口ごもっているので、私は「それに」と続けながらコートのポケットに手を入れた。

「ちょっ、もう良いって……」
「プレゼントだって、何あげたら良いか分からなくて、凄く迷ったし……」

 私は何やら遮ろうとする林檎の手に、ポケットから取り出した小さな紙袋を握らせた。
 彼女はそれにキョトンとしたような表情で顔を上げると、パチパチと何度か瞬きしながら、私の顔と紙袋を何度も交互に見比べる。
 ……もしかして、また何かを間違えてしまったのだろうか。

「……こういう時、恋人にプレゼントを渡すタイミングも、分からないし……でも、早く林檎の反応が、見たくて……本当はずっと、いつ渡そうか、迷ってたし……」

 全然大人なんかじゃないよ、と続けながら。
 私は林檎の手に自分の手を重ね、プレゼントの袋を深く握らせる。
 それに、彼女はしばしキョトンとしたような表情を浮かべたかと思うと、突然「来てっ」と言って私の手を握って歩きだした。
 こ、今度は何!?

「ちょっ、林檎……!? 今度はどうし──」

 思わず抗議しようとした時、街並みが開けて広場のような所に出た。
 そこには巨大なクリスマスツリーが飾られており、周囲に集まった人々が眺めたり写真を撮ったりと思い思いに楽しんでいる。
 こんな所があったのか……なんて驚いていると、私の手を引いていた林檎がこちらに振り向き、ニッと歯を見せて悪戯っぽく笑った。

「どう? ビックリした?」
「えっ……うん。ビックリした……」

 思わず聞かれた通りに答えると、彼女は私の手を掴んでいる方とは逆の手をグッと強く握って「やった」と小さく声を洩らした。
 ……別に、クリスマスツリーを見ること自体が初めてという訳では無い。
 家でも小さいツリーの置物を飾ったりはしていたし、学校のロビーにも大人の背丈より少し大きい程度のツリーが飾られている。
 しかし、広場に飾ってあったツリーは今まで見てきたものとは比べものにならないような大きさで、思わず呆気に取られてしまいそうだった。

「ここさ、夜になるとライトアップ? があって、すっごくキラキラしてて綺麗なんだよ~。この広場や道路も、イルミネーションっていうのでキラキラしてさ~」
「へぇ……でも、なんで急に……?」

 両手を広げて説明してくれる林檎に、私は感心しつつもそう聞き返してみた。
 すると彼女は笑みを浮かべ、巨大なツリーを見上げながら続ける。

「ホントはさ~、夜に来たかったんだけど……お母さんに、夜は暗いし人も多いから、子供だけだと危ないからダメだって言われちゃって……」

 だから、それはまた大きくなったら見に来ようね……と。
 クシャッと笑いながら言う林檎の姿に、私は思わず口を噤む。
 すると彼女は私の手を両手で握り、続けた。

「今は、このツリーだけ。……少しでも理沙に、クリスマスを楽しんで欲しくて」

 林檎が目を伏せながらそう語った時、掌の中に何か柔らかい物が触れるのを感じた。
 これは……? と思って視線を落とすと、いつの間にか私の手には、黒地に白の毛糸で雪模様が描かれた手袋が握られていた。

「ツリーの下でプレゼント……って、すごくクリスマスっぽいでしょっ?」
「っ……」

 悪戯っぽい笑顔を浮かべながら言う林檎の言葉に、私は思わず息を呑む。
 なるほど、確かに。……そんなの、考えてなかったな。

「……待って、私もやり直す」
「あははっ、ダメ~」

 何とか仕切り直せないかと思って林檎に渡したプレゼントを返して貰おうかと思ったが、彼女は笑って否定しながらプレゼントを持った手を私から遠ざける。
 タイミングが不満だったんじゃないのか? と疑問に思っていると、彼女は軽く後ずさりながらプレゼントの小袋を両手に持ち直して口を開いた。

「ね、理沙。これ開けても良い?」
「ッ……良い、けど……そんな、大したものじゃないよ……」

 明るく笑いながら問い掛ける林檎の言葉に、私は自分の頬を掻きながらそう答えた。
 すると林檎は「本当に~?」と聞き返しながら、私のあげたプレゼントの袋を開封し始める。
 テープを丁寧に外して中身を見た林檎は、すぐに「わ……!」と小さく声を洩らした。

「これヘアゴム? 可愛い~!」
「り……林檎、いつも髪結んでるし、普段使える物が良いかなって……や、でも、気に入らなかったら全然、無理に付けなくても……」
「えっ、なんでっ? すごく可愛い! 大事にするっ!」

 林檎はそう言いながら、袋から出したヘアゴムを大事そうに両手で持ってピョンピョンと軽く跳ねた。
 ラメの入った太めのゴムに、それぞれ同じくラメ入りの小さなリボンのような物が付いた、赤とピンクの二本のヘアゴム。
 些か子供っぽいような気もしたけど、でも……林檎に似合うと思って、つい買ってしまった。
 ガッカリされたらどうしようかと不安だったが、喜んでもらえたみたいで良かった。

「ね、ね。今付けてみても良いっ?」

 すると、林檎が目をキラキラと輝かせながらそんなことを聞いて来た。
 思いもよらぬ言葉に、私は「えっ……?」と聞き返した。

「や、良いけど……でも、折角今日は髪下ろして……」
「良いの良いのっ!」

 私の気遣いも露知らず、彼女は慣れた手つきで髪を結び始める。
 プレゼントしたカラフルなヘアゴムで髪を結い、あっという間にいつもの二つ結びにした林檎は、髪に結んだゴムを私に見せながら口を開いた。

「どう? 似合ってる?」
「凄く可愛い、けど……今日のファッションには、ちょっと、微妙かも……?」

 私のあげたヘアゴムは、林檎のあどけない無邪気な雰囲気とマッチしており、我ながらよく似合っていると思う。
 しかし、今日の落ち着いた服装と合わせると、少し違和感がある気がする。
 普段の林檎であれば十分似合ってると思うのだが……なんて考えていると彼女は私の唇を奪い、数秒ほどキスをした後で「やった~」と無邪気に喜んでいた。

「えっ、それで良いの……?」
「ん? いーよ? だって、理沙からのプレゼントだもん」
「いや、でも……」
「って、ちょっとのんびりし過ぎちゃったね……! 早く行こっ! 暗くなっちゃうよっ!」

 林檎は私の言葉を遮るようにそう言うと、まだ腑に落ちていない私の手を引いて歩き出す。
 それに私は思わず「ちょっと……!」と声を上げたが、すぐに小さく溜息をついて彼女の手を握り返した。
 色々と納得いってない部分はあるけど……林檎が納得してるなら、まぁ良いか。
 私達のクリスマスはまだ始まったばかりなのだし、こんな些細なことを気にするのも勿体ない。
 私はそんな風に考えて息を吐くように笑うと、小走りで彼女の隣に並び、繋いだ手の指を絡めた。
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