愛されていないけれど結婚しました。~身籠るまでの蜜月契約~

りつ

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IF

IF 姉で、*

「ちが、う……」

 エリアスと血が繋がっていないのは、薄々わかっていた。父のどこか一線を引いた態度。嫡男なのに、末子のコリンを優先して可愛がる実母や使用人たち。

 余所で生まれたとは言え、エリアスの扱いはあまりにも冷淡であった。

 でも、シンシアにはそんなこと関係なかった。

「エリアス、あなたは、んっ……わたしの、弟よ……血が繋がっていなくても……はぁ、大切な、家族で……」
「……」

 エリアスはちょっと沈黙して、憐れむような、優しい声で言った。

「姉さんは本当に、お人好しだ。そんなんだから、悪い人に付け込まれるんです」

 体勢がきつくて、シンシアはお腹をぺたりとシーツにくっつけた。

 横向きに寝た状態で、離さないというようにエリアスは身体を寄せる。耳朶を甘噛みすると、内緒話するように小さな声で話し始めた。

「僕の母親は、隣国の貴族だったんです。何一つ苦労をせず、蝶よ花よと育てられてきた淑女で、婚約者も決まっていました。でもある日、王侯貴族の集うパーティーで、彼女の意に反して、別の男に貞操を奪われてしまった。母は傷物となり、当然婚約は破棄された。相手は責任をとろうとせず、知らんぷりを決め込んだ。そして最悪なことに、彼女のお腹の中には子が宿ってしまった」

 それがエリアスだったのだ。

「母の両親はこっそり堕胎を勧めました。母は錯乱して、いっそ自殺しようかとまで思いつめたそうですが、どうしても子を見殺しにできず、産むことを決めました。立派ですよね。でも、祖父母は娘を汚した男の血を引く赤ん坊を愛することはできなかった。いいえ、祖父母だけじゃなくて、小さい頃から母を見守ってきた使用人たちはみんな、その赤子を憎んだ。すべての元凶となった男の代わりに」

 エリアスはいつから自分の出自を知ったのだろう。大きくなってから? それとも、シンシアに会う頃にはもう知っていたのだろうか。

「みんなが母と子を引き剥がそうとしました。子どもを孤児院に預けて、再婚しろと。でも、母は抗った。それで折れた祖父母が、親子ごと引き取ってくれる男性を探し始めた。それが、メイソン伯爵だったんだよ」

(お父様……)

「伯爵は当時おまえの母親を亡くしたばかりで、その喪失を埋めるように仕事に精を出していた。隣国へ来たのも、愛しい女との思い出を忘れようとして、かな。とにかく、隣国出身で、貴族である男――幸い向こうにも、子どもがいる相手に、祖父母は提案した。どうかこぶ付きの娘をもらってくれないか、と」

 シンシアはずっと、父が母を裏切っていると思っていた。でも、そうではなかった。もっと複雑な事情で二人は一緒になったのだ。

「持参金をたっぷりつけて。外国で商売がしやすいように融通を利かせてやって。他にもいくつかの条件をつけて、二人は再婚した」

 継母はどんな思いで父との結婚を受け入れたのだろう。

「母は最初、僕のことを愛そうとしていました。いえ、愛していたんだと思います。自分の手元で育てようと思ったくらいなんですから。でも、成長するにつれて、僕の容貌が自分を不幸に陥れた男と瓜二つになってくるにつれて、視界に入れることを苦痛に感じ始めた」

 望まぬ性交を強いられ、宿した命。
 愛してあげたくても、疎ましさを覚える。

「自分を救ってくれた男との間に子どもが生まれると、当然そちらの方が可愛いと思えますよね」

(エリアス……)

 シンシアは彼と初めて会った時、自分を見てくれる存在に出会った気がした。
 けれどそれは、エリアスも同じだったのかもしれない。

「シンシア……俺はおまえの親に感謝しているよ。おまえを産んでくれて、俺たち親子を引き取ってくれて、おまえに、会わせてくれた……」

 お腹に回された腕をぐっと自分の方へ引き寄せ、全身絡みつくようにしてエリアスはシンシアを抱きしめる。彼女は自ずと、彼の腕に自分の手を添えていた。

「エリアス……わたしは結婚しても……あなたが大切な弟であることには変わりないわ。だから……」
「だから、なに? こんなこと、したくない? ここを、出たい? ロバートのもとへ、帰りたい?」

 ぐっ、ぐっ、と責めるように肉襞を擦られる。先ほどの絶頂でたっぷりとわきでた淫水が陰茎の動きに合わせてぬちゃぬちゃと厭らしい水音を立てて溢れ出す。

「はぁっ、エリアス、んっ……」
「姉さん。僕もね、姉さんのそばにずっといられるなら、それでもいいと思ってた。でも、やっぱりそんなの認められない」

 肩口に額を当てて、はぁはぁと荒い息が吐き出される。

「お父さんが僕を隣国へやったのはね、視野を広げるため、なんて理由じゃなくて、本当はおまえとの距離を離れさせるため。悍ましい男の血を引く息子が、大事な一人娘に馬鹿な真似をしないようにっていう警告だったんだ」

 膝の裏を掴み、犬が用を足すように脚を上へ上げさせると、彼は腰の動きを強めた。シンシアは歯を食いしばりながらも、耐え切れず、甘い声を上げてしまう。

「家族じゃ、駄目なんだ。周りが認めない。そして俺も――」

 言葉を切り、エリアスはもはや自分のためにシンシアの身体を激しく揺さぶった。彼が追いつめられていくにつれて、シンシアも、それに引きずり込まれる。逃げたくても、逃げられない。

「ぁ、あっ、あっ、ああぁっ――」

 二人は一つの生き物になったかのように、身体を同時に震わせた。熱い飛沫が、シンシアの奥へどくどくと注がれていく。

(あぁ……)

 達した快感と、それが弟と交わったことで得たものだという事実にどうしようもない罪の意識を覚える。

「シンシア……」

 エリアスは力の抜けたシンシアの顔を振り向かせると、気も狂わんばかりの勢いで唇に吸い付き、途切れ途切れに名前を呼んだ。シンシアは酸欠になってしまいそうで、けれど自分を一心に見つめるブルーグレイの瞳から目を逸らすことができず、苦しげに彼を見つめた。

「最初から、ずっとおまえを見ていた。おまえだけが、僕のすべてだったんだ」

 眼鏡をかけておらず、後ろで一つに括っていた紐もはずれ、まったく見知らぬ青年が、シンシアを欲しいと訴えている。

(エリアス……)

 自分は誰よりもエリアスを理解して、彼の心に寄り添っていると思っていた。

 でも、本当の彼を、シンシアは何も知らなかった。今初めて、自分はエリアスと対面している気がした。

 そう思うと涙が流れ、エリアスがそれを指の腹で拭う。

「本当はね、姉さんから僕を求めて欲しかった。おまえから俺を必要として欲しかった。でも、こうなったらもう、どちらでもいい」

 僕、俺。一人称が乱れ、やや乱暴な言葉遣いをするのが、本当の彼なのだろうか。

「エリアス。わたしには……」

 彼のものがずるりと抜かれ、こぽりと精液が溢れてくる。それをつーっと指でなぞると、奥へ練り込んでいく。まるでシンシアの中で実を結ぶように。

「シンシア。俺の子ども、産んでよ。それでさ、本当の家族になろう」

 言葉を失うシンシアに、エリアスは「ああ」と思い出したように付け加えた。

「たとえ侯爵の子どもでも、安心して。俺が責任を持って育てるから。おまえの血を引いている子どもなら、どんな子でも愛せるから」

 心配しているのは、そんなことではない。根本からして、間違っている。

「侯爵がさ、今の調子じゃあ、僕を殺してしまいそうだから、いっそ死んだことにしようかなって考えているんです。僕と姉さん。決して認められない関係で、どうしようもなくなった二人は死後の世界で想いを遂げることにした。ね、ロマンチックだろう?」

 冗談だ。正気じゃない。
 でも、エリアスの目は一切笑っておらず、本気で実行するつもりだ。そうでなければ、シンシアは今ここにいない。

「大丈夫。僕にはたくさん頼りになる友達がいるんだ。ここから出て、どこか遠い所で、ひっそりと暮らそう」

 夢見るようにエリアスは微笑んだ。

「僕の本当の父親はね、母を犯した後、自分の父親に尻拭いしてもらったみたいだよ。だから今度は、俺たちが助けてもらおう。必死に頼めば、きっとどうにかしてくれるはずさ。なんたって、国で一番尊い血を引く人間なんだから」

 シンシアが死んだら、ロバートはどうするだろう。でも、いっそ死んだことにした方がいいかもしれない。

「俺たち二人の死体を見たら、侯爵はどんな顔するかな。絶望して、自分も後を追うかな? それともおまえの父親みたいに愛のない再婚をするかな。その女を義務だけで抱くかな」

 シンシアを自身の腕の中に閉じ込め、睦言を囁くようにエリアスは言った。

「結婚して、子どもができて、おまえを失った悲しみがようやく癒えた頃、会いに行ってみるのも、面白そうだよね。どうして待っていてくれなかったの、っておまえが責めれば、きっととても面白い顔が見れるはずだよ」
「……エリアス」

 やめて、というようにシンシアが呟けば、彼は声もなく笑って、こめかみに口づけした。そうして、最後の秘密を明かそうとする。

「伯爵は僕を引き取る時、条件を出した。僕が姉さんより下であること。メイソン家で最初に生まれたのは、彼の最愛の女性が産んだ、シンシアでなければならなかったから」
「そんな……」

 じゃあ、彼は――

「俺はおまえの兄なんだよ」

 血は繋がっていないけれどね、という言葉は聞こえなかった。
 呆然とするシンシアの頬を、彼は愛おしげに撫でた。

「姉さん。ずっと僕を守ってきてくれてありがとう」

 突然感謝を述べるエリアスに、シンシアは何も言えない。自分を見つめる目はどこまでも優しい。本当に心から彼は述べている。

「これからは、俺がおまえを守るよ」

 もう、孤独を味わうこともない。苦しむ必要もない。
 彼の目は、そう告げていた。

(あぁ……)

 シンシアがエリアスを拒否することはできなかった。彼は、今となってはもう、彼女の意思など必要ないと思っているから。

「シンシア……おまえが好きだ……おまえがいれば、他には何もいらない……」

 骨が軋むほどきつく抱きしめられながら、シンシアの視線はふと壁へと向けられる。

 窓も何もない。外へは出られない。勇気をくれる相手もいない。自由を求めて逃げることもできない。伝えたかった想いを届ける相手にはもう二度と会えない。

 それなら、もう――

「エリアス……」

 投げ出された両腕を、そっと彼の背中に回す。

(ごめんなさい、ロバート様……)

 歪んでいても、まともな愛し方を知らなくても、彼はシンシアを求めている。だから――

「エリアス。ずっと、一緒にいて」

 一緒に地獄に堕ちようとシンシアはエリアスを抱きしめた。彼が今まで自分の支えとなったように、今度は自分が彼の心に寄り添おう。

「もう二度と、おいていかないで、お兄様」
「ああ、おいていかない」

 抱擁を緩めると、エリアスは誓うようにシンシアの唇を塞いだ。彼女はすべてを――大切な人を忘れるようにゆっくりと目を閉じていく。エリアスの声が、シンシアに囁く。

「僕の、姉さん。俺の、シンシア」

 今度こそ、ずっと一緒だ。

 
 おわり
 

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