氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ

文字の大きさ
3 / 41

3、少女たちの会話

しおりを挟む
 朝の食堂は混んでいたけれど、それほどうるさくはない。私語は慎むよう教えられているからだ。

 もちろん話したいことがたくさんある少女たちにとって、おしゃべりを禁ずることは不可能に近かったけれど。

 今も顔を寄せ合ったり、うるさくならないほどの小さな声で、朝は寒かったわねとか、今日の一限目の授業は何かしらなど、小鳥のさえずりのように囁き合っている。

(なるべくアナベル嬢からは遠い場所に座ろう……)

 今朝のあれは完全に失態であった。これ以上怒りを買わないよう、今日は一日視界に入らないようにしようとイリスは決めた。

「そんなに気にしなくていいわよ。彼女がイライラしてるのなんて、日常茶飯事じゃない」

 気の強いアナベルの性格に逆らえない人間はけっこういるけれど、同時に裏であれこれ言われているのも事実だ。以前アナベルがいない所で思いっきり彼女の陰口を叩いている子たちがいて、彼女たちは普段アナベルとよく話している面々であった。

「もう嫌になっちゃう! また実家の自慢聞かされたのよ」
「金持ちって言っても、あこぎな商売で稼いだお金でしょ?」
「爵位だってお金で買ったみたいなものなのに、あなたたちとは違いますのよみたいな澄ました顔で見下してて、ほんと性格悪いわよね」
「王都の貴族なんかと比べれば、あんたとあたしたちじゃそう変わらないわよって言ってやりたいわ」

 お淑やかな口調なんて知ったことではないと、ずけずけとアナベルの欠点やら気に入らない点をあげつらう少女たち。

 うっかり聞いてしまったイリスは(普段あんなに仲良くしているのに……)と驚き、彼女たちの内面と外面の違い、本音と建前の使い分けに軽く恐怖を抱いたのだった。

「イリスは繊細だからね」

 パンを一口サイズに千切りながらベアトリスが言う。

「繊細……というより、臆病なのかもしれないわ」

 イリスには怖いものがたくさんある。ぶんぶん音を出す虫も刺されるのではないかと思うと怖いし、夏の日に友人と一緒に集まって開催した怪談話もとても怖かったし、その夜眠ろうとしたら暗闇も怖いと気づいて、あまり眠れず寝坊して、つい授業中居眠りして大きな声で怒鳴った数学教師もとっても怖かった。

 人間関係だって、嫌われてしまうのは怖いし、知らぬうちに相手を傷つけてしまうことも怖い。

「わたし……こんなんで大丈夫なのかな」

 思いつめた顔で将来を心配するイリスに、パクパク食べていたベアトリスは「大丈夫なんじゃない?」とのんきな声で返した。

「何かあったら、愛しの婚約者さまが助けてくれるんでしょ?」

 愛しの婚約者さま……。

 あまりピンと来ないフレーズに、一瞬誰のことだろうかと思ってしまった。

「え、それってもしかするとラファエルのこと?」
「もしかしなくても、一人しかいないでしょ」

 鈍いわね、とベアトリスに呆れられる。

「アナベル嬢がさっきあなたに突っかかったのは、たぶん嫉妬していたからよ」
「嫉妬?」
「そう。侯爵家のご令嬢で、もう少しで王都へ帰って、社交界デビュー。そして何よりもうすでに見目麗しい婚約者が決まっているんですもの。彼女じゃなくても、ここにいる大半の子は羨ましいと思うはずよ」

(そうだったんだ……)

 思いもよらなかったことを指摘され、イリスは言葉を失う。

「まぁ、ここって王都から離れているから余計にそういう話に飢えているのよね。運が良くても、田舎のちょっと裕福な人間にもらわれていくか、そうでなければ一生修道院で神に身を捧げるか……とにかく王都の華やかな貴族なんて、物語の中にしか存在しないって思いがちだから、身近にあなたみたいな人がいて、同じ年くらいの若い貴族と結婚できるんだって知ったら、もしかすると自分も……って夢見ちゃうのも無理ないのかもね」

 男女共学の王立学校に入学させる家庭もあるが、イリスの両親は彼女が結婚できる年齢になるまで、余計な知識を与えず、かつ間違いが起きないよう、王都から離れた、厳格な修道院の寄宿学校に入学させた。イリスが十二歳の時である。

 そしてもうすぐ十八歳になるので学校もやめ、王都のタウンハウスに戻ることになっている。社交界デビューして、それからラファエルと結婚する予定となっていた。

(貴族と結婚できるってそんなすごいことなんだ……)

 イリスとしては新しい環境で上手くやっていけるかどうか不安でいっぱいで、周りの人間がどう思うかまで頭が回らなかった。

「……わたし、何も知らなかったわ」

 貴族の妻となることが必ずしも幸福なのかはわからないけれど、働いたことも貧しい生活も経験したことのないイリスにとっては、やはり一番適しているのだろうと思った。というかそれしか生きる道がない。

(屋敷を切り盛りするなんて、わたしにできるのかしらって思っていたけれど、精いっぱい頑張ろう……)

「わたし、これからはもっと神さまに感謝して過ごすわ……」
「あ、いや! そんな落ち込まないで!」

 表情を曇らせ、厳かに決意表明するイリスに、ベアトリスが慌てて励ましの言葉をかける。

「イリスなら大丈夫よ。うん。何かあってもラファエル様……そう、ラファエル様のお話をしていたからこんな話になったのよ!」

 本来の話を思い出したとベアトリスの顔が輝く。

「ね、どんな方なの? 幼馴染なんでしょう? 顔は? かっこいい?」

 矢継ぎ早に聞かれ、イリス面食らう。

「ええっと……彼とは幼馴染で、」
「うんうん。かっこいい? やっぱり金髪? 目は青い? それとも緑?」

 やけに容姿に食いついてくる。

「顔立ちは……すごく小さいと思う」
「小さい?」
「うん。なんていうか、わたしの鼻や唇より形が良くて、すごく品よく収まっているというか、」
「いまいちよくわからないけれど……つまり悪くないってことよね?」
「うん。とても素敵だと思う」

 自信をもって頷けば、ベアトリスは「いいわね~」とうっとりとした表情を浮かべた。そしてすぐに「で? 髪と目の色は?」と興奮気味に聞いてくる。

「えっと、髪は黒で、目の色は……青、だった気がする」

 なにせ六年前なので、やや記憶が朧げだ。でも、青だった気がする。たぶん。……いや、絶対。間違いない。「ラファエルの目の色って本当に綺麗な青だね」といつか褒めたら、「くだらないこと言っていないで早く宿題を片付けろ」と顔を赤くして咎められたことがあった。

「髪は黒かぁ。惜しい!」

 髪の色さえ、と悔しがるベアトリスにイリスは不思議がる。

「さっきから何? 金色とか青とか……色に何かあるの?」
「ええ? だって貴公子のイメージって金髪碧眼って感じなんだもの。この前みんなで回し読みした本の王子様も、そうだったでしょう?」
「それは、確かにそうだったけど……」

 ベアトリスの理屈では貴族の息子はみな金髪碧眼ということになるが、そんなことはまずありえない。でもベアトリスにとってはそんなの些細な問題なようで、「それで?」と話を進めてくる。

「やっぱり手紙の中でも、甘い言葉とかしょっちゅう囁いてくれるの? 私の瞳にはあなたしか映っていませんとか!」
「いや、そんなことは――」
「さっきから何の話しているの?」

 ベアトリスがあまりにも興奮した様子で話しているので他の少女たちも興味が湧いたようで、わらわらと集まってくる。

「イリスの婚約者、ラファエル様について教えてもらってたの!」
「え、それってけっこうな頻度で送られてくるイリスの文通相手?」
「やだ、すてき。私たちにも詳しく教えてよ、イリス」
「王都の貴族さまかぁ。わたしなんて村の医者と結婚するのよ。いいなぁ」
「ね、イリス!」

(ひえ~)

 イリスは個人情報だからと言ってその場を乗り切ろうとしたが、一度火のついてしまった少女たちを鎮火させるのは温かな昼下がりの授業で眠らないことより難しい。

「氷の騎士って呼ばれているそうよ」

 どうしようかとイリスが思っていると、冷え冷えとした声が降ってきた。遠くの方で食事をしていたアナベル嬢ではないか。まさか会話に入ってくると思わず、みんな一斉に黙り込んでしまった。

「あの、アナベル嬢。氷の騎士って何かしら?」

 仕方がないのでイリスが恐る恐るたずねると、アナベルはふんっと鼻で笑った。

「貴女、自分の婚約者なのにそんなことも知らないの?」
「ご、ごめんなさい」

 イリスが素直に謝ると、まぁいいわとアナベルは肩にかかっている髪をうっとおしそうに後ろへやった。金色の長く美しい髪は彼女の自慢であり、毎晩高い香油で念入りに手入れしているそうだ。イリスも見かけるたびに綺麗だなぁと思う。

「王都で貴女の婚約者が呼ばれているあだ名よ」
「ラファエルが?」
「そうよ」

 氷の騎士。ラファエルが。

「どうしてそう呼ばれているの?」

 ベアトリスが興味深そうにたずねる。

「そこまでは知らないわよ」

 ええ~ という少女たちの心の中の声が聞こえたわけではないだろうが、アナベルは何よ! と怒ったように言った。

「本当なんだから! お父さまは王宮にもよく出入りしているから、間違いないわよ!」

 本当? という言葉がまたもや少女たちの心に浮かんだが、今度はアナベルも反論できなかった。

 なぜなら「あなたたち! 何ですか! お食事の最中に席を立って! 食べ終わったのならすぐにお部屋へ戻りなさい!」というシスターのお叱りが響いたからであった。少女たちは蜘蛛の子を散らすように解散していった。

(氷の騎士……ラファエルが……)

 イリスも食べ終えた食器を片付けながら、婚約者のあだ名についてずっと考えてしまうのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】悪役令嬢は折られたフラグに気が付かない〜王子たちは悪役令嬢の平穏を守れるのか!?〜【全23話+おまけ2話】

早奈恵
恋愛
エドウィン王子から婚約破棄されて、修道院でいじめ抜かれて死んでしまう予知夢を見た公爵令嬢アデリアーナは、男爵令嬢のパナピーアに誘惑されてしまうはずの攻略対象者との出会いを邪魔して、予知夢を回避できるのか試そうとする。 婚約破棄への道を自分で潰すつもりなのに、現実は何だか予知夢の内容とどんどんかけ離れて、知らないうちに話が進んでいき……。 宰相インテリ子息、騎士団長の脳筋子息、実家を継ぐために養子になったわんこ系義弟、そして婚約者の王太子エドウィンが頑張る話。 *リハビリに短編を書く予定が中編くらいになってしまいましたが、すでにラストまで書き終えている完結確約作品です。全23話+おまけ2話、よろしくお願いします。 *短い期間ですがHOTランキング1位に到達した作品です。

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

処理中です...