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4、再会
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月日はあっという間に過ぎ、王都のタウンハウスへ帰る当日になった。イリスはたくさんの仲間たちに見送られながら、迎えに来たシェファール家の馬車に乗り込む。
「イリス! 私たちのこと忘れないでね!」
「手紙の送りっこしようね!」
「氷の騎士様について、教えてよね!」
ラファエルのこと、よっぽど知りたいんだなぁとイリスはちょっと苦笑いしたけれど、共に過ごした少女たちとの別れに自然と涙ぐんでしまうのだった。
「みんな! さようなら! 元気で!」
「イリス! 幸せになりなさいよ!」
ベアトリスが涙でぐしゃぐしゃにしながら一際大きな声でそう言った。
「うん! ベアトリスも!」
さようなら、といつまでも聞こえるような声が遠く、何も聞こえなくなっても、イリスはしばらく馬車の中で泣き続けた。侯爵家の従僕とメイドが一緒に同席していても抑えることができなかった。
親元から離れて過ごした約六年間の日々。最初はホームシックにかかって辛くて仕方がなかったのだが、ベアトリスや明るい子に助けられ、寂しさとは無縁の日々を送ることができた。そんな彼女たちとの別れが辛くないはずがない。
『絶対幸せになりなさいよ!』
ベアトリスたちはこれから自分たちの人生を歩む。結婚して家庭を築く者。神にその身を捧げる者。手紙のやり取りはできても、直接会える機会はもう二度とないだろう。
(わたしも頑張ろう……)
涙をハンカチで拭い、イリスは外へと目をやった。
王都はどんな所だろう。幼い頃何度か連れて行ってもらったようだが、正直よく覚えていない。イリスの幼い頃の記憶は大きくて広い屋敷。綺麗な湖。そしてどこまでも続くような葡萄畑である。ラファエルの領地も葡萄を育てている農家が多く、よく食べ比べをしたものだった。
(ラファエル……)
『身体、壊さないようにしろよ』
六年経った彼はどんなふうに成長しているだろう。あの小言を言う癖は今も健在だろうか。
(早く、会いたいな)
そして「氷の騎士」とやらについて早く聞きたいなとイリスは思うのだった。
とは言っても、王都まで一日で着く距離ではない。途中何度か宿で休む必要があり、王都へ近づく頃にはイリスはだいぶ疲れ果てていた。
「お嬢様。もうすぐですよ」
励ますように言ったメイドの言葉通り外の景色が華やかになってきた。
煉瓦造りの家々や洒落た建物が隙間なくびっしりとひしめき合うように並んでいる様。大通りで人々が忙しなく歩き、イリスの乗っている馬車と同じかそれより小さい乗合馬車とすれ違う光景。大きな車輪が前後に二つ、くるくると回る乗り物に乗って移動する人もいる。たぶん自転車というやつだろう。
(人も建物もたくさんあって、目が回りそうだわ……)
本当にこんな所でやっていけるのだろうかと、出立前の決意脆く、イリスはいつもの弱気に戻ってしまうのだった。
「――お嬢様。お帰りなさい」
白く縦に伸び、窓がたくさんついた建物。シェファール家のタウンハウスにようやく着き、馬車から降りると、玄関前で執事や使用人が待って頭を下げて待っていた。懐かしい振る舞いに、ああ帰って来たのだなとイリスは実感した。
(あら?)
一人、頭を下げていない男性がいる。新しく入ったばかりの使用人なのだろかと思ったが、彼は使用人のお仕着せではなく黒い騎士服を着用していた。
(え、騎士服ってことはまさか)
「イリス」
低いけれどよく通る声で名を呼ばれて、青年がイリスに近づいてくる。
アナベル嬢と負けないくらい艶やかな黒髪。前髪は上げて、鋭くも凛々しい眉が見えて、切れ長の瞳は冴え冴えとした綺麗な青色をしていた。吹き出物一つない肌に目鼻も唇も行儀よく収まっていて、人形めいた美しさが遠くからでも目を惹きつける。
「元気だったか?」
イリスの目の前で立ち止まった青年は彼女を見下ろしている。決して小柄ではない方だが、彼は背が高かった。手足も長く、鍛えているのか圧迫感があって、じっと見つめられていると睨まれているような、怒られているような気もしてくる。
――でもイリスは、彼の冷たそうに見える目が喜び、歓迎していることを見抜いた。
だから勇気を出してたずねてみる。
「ラファエル、なの?」
「なんだ、幼馴染の顔をもう忘れたのか?」
呆れたような声。ちょっと馬鹿にした顔。あの時からずいぶんと変わってしまったようだけれど、間違いない。
彼はラファエル・デュラン。イリスの幼馴染であり、婚約者様であった。
「驚いたわ」
客間のソファに腰を下ろすと、イリスはしみじみと言った。メイドが紅茶と菓子を運んできて、手持ち無沙汰な気持ちでティーカップを手に取る。
「俺も驚いた」
ちらりと視線をやれば、目の前に座っているラファエルが茶を飲みながらじっとイリスのことを見ていた。その視線に何だかひどく落ち着かなくなる。
「今日はその、」
「ああ。おまえが帰って来るから、休みをもらって待たせてもらった」
「そうだったの。ありがとう」
もっと喜びを露わにしたいのに、ぎこちなくなってしまう。
「……背、伸びたんだね」
「そりゃ伸びるだろ。あれから六年だぞ」
「うん。そうなんだけど……」
(どうしよう。なんだか……)
上手く言葉が出てこない。
「イリスも大きくなったな」
前はあんなに小さかったのに、という言葉にちょっとムッとする。
「わたしだって、ちゃんと成長したわ」
「そうか?」
「そうよ。他の子たちと比べれば、背だって大きい方なんだから」
「食わず嫌いしていたから、小さいままだと思っていた」
「そんなもったいないこと、もうしていないわ。作ってくれた人に毎日感謝して食べなさいって教えてもらったもの」
いつまでも我儘な子どものままだと思われるのは勘弁して欲しい。そう思ってイリスは怒ったように反論したのだが、なぜかラファエルは満足した様子で笑みを浮かべていた。
そしてイリスも、ひどく懐かしい気持ちになる。
「少しは緊張、解れた?」
「……わたし、緊張していたのかしら」
「そうだな。なんていうか、見知らぬ誰かに会った、いや、長らく会っていなかった親戚の叔父に突然話しかけられて困る姪っ子みたいな態度をしていたな」
うんうんと頷くラファエルにイリスは「そ、それは……」とちょっと慌てる。
「だってラファエル、前よりうんと変わっていて、一瞬誰かわからなかったし」
「酷いな」
「でも、話していると、ああ、ラファエルだなってわかったから……」
「俺も同じこと思った」
思わず彼の顔を見れば、彼もこちらを見ていて、その表情は柔らかかった。昔イリスが泣き言を言いつつ、最後まで成し遂げた時、よくやったと褒める顔。きっと彼は今、よく帰ってきたなと保護者のように思っているのだろう。
(ラファエル、やっぱり変わってない)
イリスは困ったように微笑んだ。
「ただいま、ラファエル」
「ああ。お帰り、イリス」
「イリス! 私たちのこと忘れないでね!」
「手紙の送りっこしようね!」
「氷の騎士様について、教えてよね!」
ラファエルのこと、よっぽど知りたいんだなぁとイリスはちょっと苦笑いしたけれど、共に過ごした少女たちとの別れに自然と涙ぐんでしまうのだった。
「みんな! さようなら! 元気で!」
「イリス! 幸せになりなさいよ!」
ベアトリスが涙でぐしゃぐしゃにしながら一際大きな声でそう言った。
「うん! ベアトリスも!」
さようなら、といつまでも聞こえるような声が遠く、何も聞こえなくなっても、イリスはしばらく馬車の中で泣き続けた。侯爵家の従僕とメイドが一緒に同席していても抑えることができなかった。
親元から離れて過ごした約六年間の日々。最初はホームシックにかかって辛くて仕方がなかったのだが、ベアトリスや明るい子に助けられ、寂しさとは無縁の日々を送ることができた。そんな彼女たちとの別れが辛くないはずがない。
『絶対幸せになりなさいよ!』
ベアトリスたちはこれから自分たちの人生を歩む。結婚して家庭を築く者。神にその身を捧げる者。手紙のやり取りはできても、直接会える機会はもう二度とないだろう。
(わたしも頑張ろう……)
涙をハンカチで拭い、イリスは外へと目をやった。
王都はどんな所だろう。幼い頃何度か連れて行ってもらったようだが、正直よく覚えていない。イリスの幼い頃の記憶は大きくて広い屋敷。綺麗な湖。そしてどこまでも続くような葡萄畑である。ラファエルの領地も葡萄を育てている農家が多く、よく食べ比べをしたものだった。
(ラファエル……)
『身体、壊さないようにしろよ』
六年経った彼はどんなふうに成長しているだろう。あの小言を言う癖は今も健在だろうか。
(早く、会いたいな)
そして「氷の騎士」とやらについて早く聞きたいなとイリスは思うのだった。
とは言っても、王都まで一日で着く距離ではない。途中何度か宿で休む必要があり、王都へ近づく頃にはイリスはだいぶ疲れ果てていた。
「お嬢様。もうすぐですよ」
励ますように言ったメイドの言葉通り外の景色が華やかになってきた。
煉瓦造りの家々や洒落た建物が隙間なくびっしりとひしめき合うように並んでいる様。大通りで人々が忙しなく歩き、イリスの乗っている馬車と同じかそれより小さい乗合馬車とすれ違う光景。大きな車輪が前後に二つ、くるくると回る乗り物に乗って移動する人もいる。たぶん自転車というやつだろう。
(人も建物もたくさんあって、目が回りそうだわ……)
本当にこんな所でやっていけるのだろうかと、出立前の決意脆く、イリスはいつもの弱気に戻ってしまうのだった。
「――お嬢様。お帰りなさい」
白く縦に伸び、窓がたくさんついた建物。シェファール家のタウンハウスにようやく着き、馬車から降りると、玄関前で執事や使用人が待って頭を下げて待っていた。懐かしい振る舞いに、ああ帰って来たのだなとイリスは実感した。
(あら?)
一人、頭を下げていない男性がいる。新しく入ったばかりの使用人なのだろかと思ったが、彼は使用人のお仕着せではなく黒い騎士服を着用していた。
(え、騎士服ってことはまさか)
「イリス」
低いけれどよく通る声で名を呼ばれて、青年がイリスに近づいてくる。
アナベル嬢と負けないくらい艶やかな黒髪。前髪は上げて、鋭くも凛々しい眉が見えて、切れ長の瞳は冴え冴えとした綺麗な青色をしていた。吹き出物一つない肌に目鼻も唇も行儀よく収まっていて、人形めいた美しさが遠くからでも目を惹きつける。
「元気だったか?」
イリスの目の前で立ち止まった青年は彼女を見下ろしている。決して小柄ではない方だが、彼は背が高かった。手足も長く、鍛えているのか圧迫感があって、じっと見つめられていると睨まれているような、怒られているような気もしてくる。
――でもイリスは、彼の冷たそうに見える目が喜び、歓迎していることを見抜いた。
だから勇気を出してたずねてみる。
「ラファエル、なの?」
「なんだ、幼馴染の顔をもう忘れたのか?」
呆れたような声。ちょっと馬鹿にした顔。あの時からずいぶんと変わってしまったようだけれど、間違いない。
彼はラファエル・デュラン。イリスの幼馴染であり、婚約者様であった。
「驚いたわ」
客間のソファに腰を下ろすと、イリスはしみじみと言った。メイドが紅茶と菓子を運んできて、手持ち無沙汰な気持ちでティーカップを手に取る。
「俺も驚いた」
ちらりと視線をやれば、目の前に座っているラファエルが茶を飲みながらじっとイリスのことを見ていた。その視線に何だかひどく落ち着かなくなる。
「今日はその、」
「ああ。おまえが帰って来るから、休みをもらって待たせてもらった」
「そうだったの。ありがとう」
もっと喜びを露わにしたいのに、ぎこちなくなってしまう。
「……背、伸びたんだね」
「そりゃ伸びるだろ。あれから六年だぞ」
「うん。そうなんだけど……」
(どうしよう。なんだか……)
上手く言葉が出てこない。
「イリスも大きくなったな」
前はあんなに小さかったのに、という言葉にちょっとムッとする。
「わたしだって、ちゃんと成長したわ」
「そうか?」
「そうよ。他の子たちと比べれば、背だって大きい方なんだから」
「食わず嫌いしていたから、小さいままだと思っていた」
「そんなもったいないこと、もうしていないわ。作ってくれた人に毎日感謝して食べなさいって教えてもらったもの」
いつまでも我儘な子どものままだと思われるのは勘弁して欲しい。そう思ってイリスは怒ったように反論したのだが、なぜかラファエルは満足した様子で笑みを浮かべていた。
そしてイリスも、ひどく懐かしい気持ちになる。
「少しは緊張、解れた?」
「……わたし、緊張していたのかしら」
「そうだな。なんていうか、見知らぬ誰かに会った、いや、長らく会っていなかった親戚の叔父に突然話しかけられて困る姪っ子みたいな態度をしていたな」
うんうんと頷くラファエルにイリスは「そ、それは……」とちょっと慌てる。
「だってラファエル、前よりうんと変わっていて、一瞬誰かわからなかったし」
「酷いな」
「でも、話していると、ああ、ラファエルだなってわかったから……」
「俺も同じこと思った」
思わず彼の顔を見れば、彼もこちらを見ていて、その表情は柔らかかった。昔イリスが泣き言を言いつつ、最後まで成し遂げた時、よくやったと褒める顔。きっと彼は今、よく帰ってきたなと保護者のように思っているのだろう。
(ラファエル、やっぱり変わってない)
イリスは困ったように微笑んだ。
「ただいま、ラファエル」
「ああ。お帰り、イリス」
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