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10、王子様
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「こんばんは、イリス嬢」
王太子殿下に挨拶され、イリスも慌てて名乗り返す。
「初めまして、王太子殿下。イリス・シェファールと申します」
じゃっかん声が震えてしまったのが可笑しかったのか、サミュエルは口の端を上げてイリスを見つめてくる。逸らすこともできず、イリスも王子の顔立ちをじっと見つめ返すことになった。
(この人が王子様……)
暗めの赤い髪は背中まで長さがあり、うなじのあたりで一つにまとめている。彼が動く度、一緒になって揺れ動くのがなんとなく気になって、つい目で追ってしまいそうだ。
顔立ちはどちらかというと繊細な作りをしており、中性的。琥珀色をした大きな目はつり目で、猫の目をイリスに連想させた。
(ベアトリス。王子様は金髪碧眼ではなかったよ……)
また出席している男性のほとんどが燕尾服であるのに対し、サミュエルは黒いシャツに赤いネクタイ、白色のコートといった正装である。
着こなすのが難しそうな衣装なのに、なぜか彼が着るとよく似合っており、それも特別な存在であることを示している気がした。
「いま貴女は初めまして、と私に言ったが、実はそれもちょっと違う。正確に述べるならば、先ほどの踊りが、私たちの出会いだからな」
「えっ」
「だがまぁ、貴女がそう思うのも無理はない。なにせ貴女は私の足を踏むまいと、必死に踊っていたからな」
目も合わなかった、と言われイリスは真っ青になった。なんと先ほどすでに王太子と一曲踊っていたらしい。集中していたとはいえ、あまりにも間抜けで失礼な態度であった。
「も、申し訳ありません。緊張のせいで、王太子殿下とは気づきませんでした」
本当は気づいていたが上手く話せなかった、と言い訳することもできたが、混乱していたイリスは正直に打ち明けてしまう。
「ではもう一曲私と踊ってくれ」
スッと手を差し出され、イリスは困惑する。助けを求めるようにラファエルを見れば、微かに眉をひそめ、イリスと話していた時とはまるで違う、感情のない声で言った。
「殿下。イリスは先ほど立て続けに踊って疲れております。他のご令嬢を誘われてはいかがでしょうか」
「とラファエルは言っているが、イリス嬢。きみはどう思う?」
(どう思うって……)
「私とはもう踊れないか?」
踊れない。というか踊りたくない。たとえ王子様であっても。
(……でも王子様だからこそ、断っちゃだめだよね)
彼と踊りたい人間はたくさんいるだろう。自分ごときが断るのは不敬に当たる。
(それに断ったらラファエルに迷惑かけるかもしれない)
サミュエルはラファエルの主君である。上司の機嫌を損ねてしまうのはいろいろまずい気がする。ならば、とイリスはサミュエルの顔を見つめた。
「はい殿下。喜んで――」
「なんて、冗談だ」
差し出された手を取ろうとした瞬間、ぱっと引っ込められ、「えっ」とイリスは呆気にとられる。彼女の顔を見て、王子はにこにこ笑っている。
「はは。すまない。きみがあまりにも困っているので、少し揶揄いたくなった」
「え、あの、そう、ですか……」
(え……冗談だったの? え、どうして? なんでそんなことするの?)
ははは、と快活に笑う王子にイリスは内心ドン引きである。苦手だ、と直感的に思った。
「殿下……」
「そう怖い顔をするな、ラファエル。氷の騎士と言われているおまえの婚約者だ。ぜひ踊って欲しいと思うのも、少し揶揄いたくなるのも、普通だろう?」
イリスはハッとした。
――氷の騎士。
王太子は今、確かにそう言った。
イリスの視線に気づいたサミュエルは面白いものを見つけたというように目を細めた。
「なぜラファエルが氷の騎士と呼ばれているか、教えてあげようか」
知りたい。けれどラファエルの方をちらりと見て、イリスは「いいえ」と断った。サミュエルが意外そうに目を瞬く。
「どうして? 貴女の婚約者のことだぞ。知りたくないのか?」
「……ここへ来る前に、ラファエル本人から直接教えてもらうと約束しました」
ね、というようにイリスはラファエルを見た。実を言うと、先ほど見た彼の顔が嫌そうに見えたことも関係していた。
ラファエルはたぶん、この手の話題があまり好きではない。馬車の中ではああ言ったけれど、イリスにも本当は知って欲しくないのが本音かもしれない。
それなら、この話題はもうやめようとイリスは思った。
「ですから、殿下から教えてもらうのは遠慮しておきます」
「イリス……」
ラファエルはイリスの顔を驚いたように見つめていた。
「ふむ。そう言われては、私が教えるのは無粋というものか?」
だがなぁ、と言った所で「お兄様!」という新たな声が飛び込んできた。今度は誰だと思って見れば、若草色のドレスを着た、サミュエルによく似た顔立ちの少女がこちらへ真っ直ぐと歩いてくる。
「おお、我が妹よ。ちょうどおまえの話をしようと思っていたんだ」
(我が妹って……)
王子の妹。王女殿下のことであった。
王太子殿下に挨拶され、イリスも慌てて名乗り返す。
「初めまして、王太子殿下。イリス・シェファールと申します」
じゃっかん声が震えてしまったのが可笑しかったのか、サミュエルは口の端を上げてイリスを見つめてくる。逸らすこともできず、イリスも王子の顔立ちをじっと見つめ返すことになった。
(この人が王子様……)
暗めの赤い髪は背中まで長さがあり、うなじのあたりで一つにまとめている。彼が動く度、一緒になって揺れ動くのがなんとなく気になって、つい目で追ってしまいそうだ。
顔立ちはどちらかというと繊細な作りをしており、中性的。琥珀色をした大きな目はつり目で、猫の目をイリスに連想させた。
(ベアトリス。王子様は金髪碧眼ではなかったよ……)
また出席している男性のほとんどが燕尾服であるのに対し、サミュエルは黒いシャツに赤いネクタイ、白色のコートといった正装である。
着こなすのが難しそうな衣装なのに、なぜか彼が着るとよく似合っており、それも特別な存在であることを示している気がした。
「いま貴女は初めまして、と私に言ったが、実はそれもちょっと違う。正確に述べるならば、先ほどの踊りが、私たちの出会いだからな」
「えっ」
「だがまぁ、貴女がそう思うのも無理はない。なにせ貴女は私の足を踏むまいと、必死に踊っていたからな」
目も合わなかった、と言われイリスは真っ青になった。なんと先ほどすでに王太子と一曲踊っていたらしい。集中していたとはいえ、あまりにも間抜けで失礼な態度であった。
「も、申し訳ありません。緊張のせいで、王太子殿下とは気づきませんでした」
本当は気づいていたが上手く話せなかった、と言い訳することもできたが、混乱していたイリスは正直に打ち明けてしまう。
「ではもう一曲私と踊ってくれ」
スッと手を差し出され、イリスは困惑する。助けを求めるようにラファエルを見れば、微かに眉をひそめ、イリスと話していた時とはまるで違う、感情のない声で言った。
「殿下。イリスは先ほど立て続けに踊って疲れております。他のご令嬢を誘われてはいかがでしょうか」
「とラファエルは言っているが、イリス嬢。きみはどう思う?」
(どう思うって……)
「私とはもう踊れないか?」
踊れない。というか踊りたくない。たとえ王子様であっても。
(……でも王子様だからこそ、断っちゃだめだよね)
彼と踊りたい人間はたくさんいるだろう。自分ごときが断るのは不敬に当たる。
(それに断ったらラファエルに迷惑かけるかもしれない)
サミュエルはラファエルの主君である。上司の機嫌を損ねてしまうのはいろいろまずい気がする。ならば、とイリスはサミュエルの顔を見つめた。
「はい殿下。喜んで――」
「なんて、冗談だ」
差し出された手を取ろうとした瞬間、ぱっと引っ込められ、「えっ」とイリスは呆気にとられる。彼女の顔を見て、王子はにこにこ笑っている。
「はは。すまない。きみがあまりにも困っているので、少し揶揄いたくなった」
「え、あの、そう、ですか……」
(え……冗談だったの? え、どうして? なんでそんなことするの?)
ははは、と快活に笑う王子にイリスは内心ドン引きである。苦手だ、と直感的に思った。
「殿下……」
「そう怖い顔をするな、ラファエル。氷の騎士と言われているおまえの婚約者だ。ぜひ踊って欲しいと思うのも、少し揶揄いたくなるのも、普通だろう?」
イリスはハッとした。
――氷の騎士。
王太子は今、確かにそう言った。
イリスの視線に気づいたサミュエルは面白いものを見つけたというように目を細めた。
「なぜラファエルが氷の騎士と呼ばれているか、教えてあげようか」
知りたい。けれどラファエルの方をちらりと見て、イリスは「いいえ」と断った。サミュエルが意外そうに目を瞬く。
「どうして? 貴女の婚約者のことだぞ。知りたくないのか?」
「……ここへ来る前に、ラファエル本人から直接教えてもらうと約束しました」
ね、というようにイリスはラファエルを見た。実を言うと、先ほど見た彼の顔が嫌そうに見えたことも関係していた。
ラファエルはたぶん、この手の話題があまり好きではない。馬車の中ではああ言ったけれど、イリスにも本当は知って欲しくないのが本音かもしれない。
それなら、この話題はもうやめようとイリスは思った。
「ですから、殿下から教えてもらうのは遠慮しておきます」
「イリス……」
ラファエルはイリスの顔を驚いたように見つめていた。
「ふむ。そう言われては、私が教えるのは無粋というものか?」
だがなぁ、と言った所で「お兄様!」という新たな声が飛び込んできた。今度は誰だと思って見れば、若草色のドレスを着た、サミュエルによく似た顔立ちの少女がこちらへ真っ直ぐと歩いてくる。
「おお、我が妹よ。ちょうどおまえの話をしようと思っていたんだ」
(我が妹って……)
王子の妹。王女殿下のことであった。
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