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28、両親とのお出かけ
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「イリス。王太子殿下とはお話できたの?」
ラファエルと会った次の日。起床してきた母マリエットが、何やら期待した面持ちでイリスにたずねてきた。昨夜も父と一緒にどこかに出かけていたのか、時刻はすでにもうお昼を過ぎていた。
「ええ、お母さま。ラファエルと一緒にお話できたわ」
「そう。それはよかったわ」
ふふ、とマリエットは何か思い出したのか無邪気に笑った。
「ラファエルがここへ訪ねてきた時ね、それはもうものすごく真剣な顔をして頼み込むものだから、とても怖かったのよ」
「ラファエル、何て言ったの?」
「いえね、私が娘は前日の茶会で疲れているでしょうし、会わせるにしても、もっと日を改めた方がイリスにとっても、サミュエル殿下にとってもよろしいのではないかと意見したの」
意外と現実的な指摘であった。
「それでラファエルは何と答えたの?」
「いいえ、これは早急に解決しなければならない問題です。そうしなければ私はお嬢さんの信頼と愛情を失いかねません。私のこれまでの努力と忍耐がすべて水の泡になってしまうのです、っておっしゃったのよ」
「……それ、本当?」
母マリエットの口から伝えられるせいか、なんだか芝居じみた脚色を感じる。
「あら。本当よ」
「……それでお母さまはお許しになったの?」
「ええ。あんなに熱意を持って頼まれたら、断るのは可哀想ですもの」
それで、とマリエットは自分の娘を揶揄うように見つめた。
「ラファエルの献身は無駄にならなかったのかしら?」
イリスは頬が熱くなるのを感じながらも、澄ました顔で答える。
「ええ、おかげさまで」
「そう。それはよかったわ」
その答えにイリスはちょっと驚く。
「あら、なにそのお顔は?」
「いえ、その、てっきりお母さまのことだから、わたしとラファエルがすれ違ったままの方が、喜ぶのではないかと思って……」
「まぁ。どうして?」
「だって……王太子殿下との仲を期待するようなことをおっしゃっていたじゃない」
忘れてないんだからね、とイリスは睨む。
「ええ、もちろん。そうなってくれたら嬉しいわ。でもその場合、きちんとラファエルとお別れを済ませてからよ。誤解があったまま別れてしまえば、後悔や未練がいつまでも残ってしまうもの」
またもや意外な言葉である。
「ねぇ、お母さまはどうして……」
「マリエット。イリス。二人で何を話しているんだい」
父、シェファール侯爵が部屋へと入ってきて、私にも教えてくれと微笑んでみせた。
「あら、だめよ。これは母と娘だけの秘密ですもの」
「父親の私だけ仲間外れにするのかい?」
「じゃあ貴方と私、そしてイリスだけの秘密を作りましょう。それならいいでしょう?」
「それは嬉しい」
妻であるマリエットの言葉に父も喜んだ顔を示す。
「じゃあさっそくだが、今夜の演奏会に親子揃って出席するというのはどうだろう?」
「あら、ぴったりね」
「イリスはどうだい?」
父に問いかけられ、イリスは少し悩む。
「わたしは留守番していたらだめかしら」
「だめよ、イリス。これも立派なお付き合いなんですから。貴族の妻になるならば、こうした些細な交流を大切にしなくては」
母の言うことは最もであった。侯爵もマリエットの指摘に深く同意する。
「素人の演奏会だが、なかなかいいものだよ。せっかくだから参加してみたらどうだ」
両親にそう言われて、イリスは出席することが決まったのだった。
イリスが参加を渋ったのは、母マリエットからラファエル以外の男性を勧められるのではないかと危惧したためであった。
しかしそれも杞憂に終わり、演奏会は純粋に音楽を楽しむ催し物であった。
招待した夫人が細い指で器用に、そして豪快にピアノの鍵盤を叩く姿は一番印象的であった。もし自分が彼女の立場であったら、緊張して指が震えてしまうだろうと思ったのだ。
(もし自宅で何か催し物をやるとしても、他のがいいわ……)
茶会を開くのだって、自分にはとてもハードルが高いだろう。
「今度はお芝居でも観に行きましょうか」
帰りの馬車で、実に満足した様子でマリエットが言った。
「いいね。イリスはまだ王都の劇場へ行ったことがないだろう?」
「ええ。行ってみたいわ」
年頃の娘ならば舞踏会に参加すること。そして王立歌劇場でオペラを観ることを一度は夢見るだろう。
「小さい頃に子ども向けの劇を観に行ったことはあったけれど、それ以来だものね」
「えっ、わたし劇を観たことがあるの?」
全然覚えていないわ、とイリスが驚くと、両親は顔を見合わせてなぜかクスリと笑みを零した。
「イリスが覚えていないのは、無理ないかもしれないね」
「ええ。あの時のあなた、暗闇が怖いってずっと目を瞑っていたんですもの」
「劇が始まって、怖くないから観てごらんと言っても、頑なに開けようとしなかったからね」
「まぁ……」
幼い自分がそんな怖がりだったとは……イリスは恥ずかしいような、せっかくの劇を楽しまなかったことが惜しいような、複雑な気持ちになった。
「ね、フィルマン。その時にこの子が小さな声でずっとラファエル、ラファエル、ってまるで神様にお祈りするように名前を呼んでいたこと、覚えていらっしゃる?」
「ああ、もちろん覚えているよ。私たちよりもラファエルに助けを求めたことは、しばらくの間引きずってしまったね」
「……その話、本当なの?」
両親が自分を揶揄うために考えた作り話ではないかと、疑わしい目で見れば、二人は本当よと笑いを隠しきれない様子で言う。
「劇が終わって、レストランで食事でもして帰ろうかという話になっても、あなたはもうお家へ帰りたい、ラファエルに会いたい、って珍しく駄々を捏ねていたわ」
「ああ。それで後日ラファエル君に会えたら、一目散に駆け寄って抱き着いたんだっけ」
「そうそう。よっぽど嬉しかったのか、抱き着いたままわんわん泣き出しちゃって、ふふ、それであの時のラファエルの顔も、」
「も、もうわかったから!」
それ以上言わないで! とイリスが悲鳴混じりに懇願すれば、二人は笑ってようやく許してくれた。
「しかし君たちは本当に仲がいいな」
「ええ。そうね」
両親に揃って見つめられ、イリスは非常に居心地が悪くなる。しかしここで違うと否定するのも逆に子どもっぽいと思った。
「ええ、そうよ。だからわたし、絶対にラファエルと結婚するの」
「あら。その台詞も子どもの頃とまったく同じ」
「本当。イリスは変わらないなぁ」
「……」
両親に敵うのは、まだ当分先だとイリスは赤くなった顔を俯かせた。
ラファエルと会った次の日。起床してきた母マリエットが、何やら期待した面持ちでイリスにたずねてきた。昨夜も父と一緒にどこかに出かけていたのか、時刻はすでにもうお昼を過ぎていた。
「ええ、お母さま。ラファエルと一緒にお話できたわ」
「そう。それはよかったわ」
ふふ、とマリエットは何か思い出したのか無邪気に笑った。
「ラファエルがここへ訪ねてきた時ね、それはもうものすごく真剣な顔をして頼み込むものだから、とても怖かったのよ」
「ラファエル、何て言ったの?」
「いえね、私が娘は前日の茶会で疲れているでしょうし、会わせるにしても、もっと日を改めた方がイリスにとっても、サミュエル殿下にとってもよろしいのではないかと意見したの」
意外と現実的な指摘であった。
「それでラファエルは何と答えたの?」
「いいえ、これは早急に解決しなければならない問題です。そうしなければ私はお嬢さんの信頼と愛情を失いかねません。私のこれまでの努力と忍耐がすべて水の泡になってしまうのです、っておっしゃったのよ」
「……それ、本当?」
母マリエットの口から伝えられるせいか、なんだか芝居じみた脚色を感じる。
「あら。本当よ」
「……それでお母さまはお許しになったの?」
「ええ。あんなに熱意を持って頼まれたら、断るのは可哀想ですもの」
それで、とマリエットは自分の娘を揶揄うように見つめた。
「ラファエルの献身は無駄にならなかったのかしら?」
イリスは頬が熱くなるのを感じながらも、澄ました顔で答える。
「ええ、おかげさまで」
「そう。それはよかったわ」
その答えにイリスはちょっと驚く。
「あら、なにそのお顔は?」
「いえ、その、てっきりお母さまのことだから、わたしとラファエルがすれ違ったままの方が、喜ぶのではないかと思って……」
「まぁ。どうして?」
「だって……王太子殿下との仲を期待するようなことをおっしゃっていたじゃない」
忘れてないんだからね、とイリスは睨む。
「ええ、もちろん。そうなってくれたら嬉しいわ。でもその場合、きちんとラファエルとお別れを済ませてからよ。誤解があったまま別れてしまえば、後悔や未練がいつまでも残ってしまうもの」
またもや意外な言葉である。
「ねぇ、お母さまはどうして……」
「マリエット。イリス。二人で何を話しているんだい」
父、シェファール侯爵が部屋へと入ってきて、私にも教えてくれと微笑んでみせた。
「あら、だめよ。これは母と娘だけの秘密ですもの」
「父親の私だけ仲間外れにするのかい?」
「じゃあ貴方と私、そしてイリスだけの秘密を作りましょう。それならいいでしょう?」
「それは嬉しい」
妻であるマリエットの言葉に父も喜んだ顔を示す。
「じゃあさっそくだが、今夜の演奏会に親子揃って出席するというのはどうだろう?」
「あら、ぴったりね」
「イリスはどうだい?」
父に問いかけられ、イリスは少し悩む。
「わたしは留守番していたらだめかしら」
「だめよ、イリス。これも立派なお付き合いなんですから。貴族の妻になるならば、こうした些細な交流を大切にしなくては」
母の言うことは最もであった。侯爵もマリエットの指摘に深く同意する。
「素人の演奏会だが、なかなかいいものだよ。せっかくだから参加してみたらどうだ」
両親にそう言われて、イリスは出席することが決まったのだった。
イリスが参加を渋ったのは、母マリエットからラファエル以外の男性を勧められるのではないかと危惧したためであった。
しかしそれも杞憂に終わり、演奏会は純粋に音楽を楽しむ催し物であった。
招待した夫人が細い指で器用に、そして豪快にピアノの鍵盤を叩く姿は一番印象的であった。もし自分が彼女の立場であったら、緊張して指が震えてしまうだろうと思ったのだ。
(もし自宅で何か催し物をやるとしても、他のがいいわ……)
茶会を開くのだって、自分にはとてもハードルが高いだろう。
「今度はお芝居でも観に行きましょうか」
帰りの馬車で、実に満足した様子でマリエットが言った。
「いいね。イリスはまだ王都の劇場へ行ったことがないだろう?」
「ええ。行ってみたいわ」
年頃の娘ならば舞踏会に参加すること。そして王立歌劇場でオペラを観ることを一度は夢見るだろう。
「小さい頃に子ども向けの劇を観に行ったことはあったけれど、それ以来だものね」
「えっ、わたし劇を観たことがあるの?」
全然覚えていないわ、とイリスが驚くと、両親は顔を見合わせてなぜかクスリと笑みを零した。
「イリスが覚えていないのは、無理ないかもしれないね」
「ええ。あの時のあなた、暗闇が怖いってずっと目を瞑っていたんですもの」
「劇が始まって、怖くないから観てごらんと言っても、頑なに開けようとしなかったからね」
「まぁ……」
幼い自分がそんな怖がりだったとは……イリスは恥ずかしいような、せっかくの劇を楽しまなかったことが惜しいような、複雑な気持ちになった。
「ね、フィルマン。その時にこの子が小さな声でずっとラファエル、ラファエル、ってまるで神様にお祈りするように名前を呼んでいたこと、覚えていらっしゃる?」
「ああ、もちろん覚えているよ。私たちよりもラファエルに助けを求めたことは、しばらくの間引きずってしまったね」
「……その話、本当なの?」
両親が自分を揶揄うために考えた作り話ではないかと、疑わしい目で見れば、二人は本当よと笑いを隠しきれない様子で言う。
「劇が終わって、レストランで食事でもして帰ろうかという話になっても、あなたはもうお家へ帰りたい、ラファエルに会いたい、って珍しく駄々を捏ねていたわ」
「ああ。それで後日ラファエル君に会えたら、一目散に駆け寄って抱き着いたんだっけ」
「そうそう。よっぽど嬉しかったのか、抱き着いたままわんわん泣き出しちゃって、ふふ、それであの時のラファエルの顔も、」
「も、もうわかったから!」
それ以上言わないで! とイリスが悲鳴混じりに懇願すれば、二人は笑ってようやく許してくれた。
「しかし君たちは本当に仲がいいな」
「ええ。そうね」
両親に揃って見つめられ、イリスは非常に居心地が悪くなる。しかしここで違うと否定するのも逆に子どもっぽいと思った。
「ええ、そうよ。だからわたし、絶対にラファエルと結婚するの」
「あら。その台詞も子どもの頃とまったく同じ」
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