お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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アルベリクの指摘

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「クロエ。ここにいたのか」

 けれど実にあっけなく、その自由は奪われる。訪問者がとうとう、クロエを見つけだしたのだ。半年ももたなかった。

「モラン様。よくここがわかりましたね」
「あなたの家の使用人が一人、いなくなっていただろう? 彼女の身元を調べて、身内からここを特定した」

 そういえば故郷の両親へ定期的に手紙を送っていると聞いた。宛名を見たのだろう。どちらにせよ、なんて執念だろう。

「どうしてそこまでするのですか」

 部屋の中へ招き入れることもせず、庭先でクロエが問いただすと、アルベリクは不可解な顔をした。

「どうしてって、心配したからに決まっている。突然あなたに会えないと言われて、はいそうですかと納得できるものではない」

 まぁ、たしかに。一理ある。

「でもわたし、別に困っていませんわ」
「困っていないだと?」

 アルベリクの声はまさか、という感情がこもっていた。

「ええ、本当です。兄や夫人が何とおっしゃったかは存じませんが、わたしはここで特別酷い扱いは受けていません」

 だから心配などせず大人しく帰ってくれ、とクロエは存外に告げた。

「……では、俺があなたに会いたいからという理由はどうだ」

 今度はクロエが顔を顰める番だった。

「あなた、まだわたしと結婚したいとおっしゃるの?」
「最初からそのつもりだが?」

 はぁ、とクロエはとうとうため息をついてしまった。

「前々からお聞きしたかったのですが、あなたはいったいわたしのどういった所を好いて、結婚したいと申しましたの?」

 アルベリクはなぜそんな質問を、と不思議そうな顔をした。

「理由は、そうだな。特にこれといってないが」
「……冗談でしょう?」

 ひくりと頬が引き攣る。

「明確な理由が必要か?」
「それは……そうでないと、納得できませんもの」

 ここまでする理由が。

「顔は……好きだ。可憐だと思う」
「容姿でお決めになったの?」

 そういえば初対面からぐいぐい来る人だったな、と過去の出来事を振り返る。

「でも容姿なんて、一緒にいれば飽きてしまうのではないかしら。年をとれば、顔に皺ができて、髪も白いものが交じって劣化していくだけよ」

 容姿に惚れたというアルベリクにクロエは軽蔑に近いものを感じた。それは両親に対して抱く拒絶と似ていたかもしれない。

「別に容姿だけではない」
「じゃあ他に何があるの?」

 はっきり言ってよ、とクロエはイライラしてくる。

「わからない。けれど気になって仕方がない。初めてなんだ、こういうことは」

 じっと自分を見つめる瞳の奥が、誰かと重なる。以前も、こんな熱をぶつけられたことがあった。

「あなたと初めて会った時から惹かれた。馬車の中で緊張して上手く話せなかった。また会いたいと思った。あなたを知るたびに、もっと知りたいと思う自分がいるんだ」

 クロエは耐えきれなくなって俯いた。

「……わたしはあなたに、お姉さまの婚約者になって欲しいのよ」

 夫となってエリーヌを幸せにして欲しい。それはクロエにはできないことだから。どんなに努力しても、お金があっても、美貌があっても、叶わない願いだから。

「以前もあなたはそう言ったな。けれどそこに、俺の意思はないのか」
「それは、」

 クロエは口ごもる。考えたこともなかった。

「あなたのエリーヌに向ける感情は異常だ」
「異常ですって?」

 思わず顔を上げる。

「そうだ。エリーヌに何をされても、我慢しているように見える。しかも喜んで、だ」

 否定的な意見を堂々と口にされ、クロエは目を見開いた。そして怒りがふつふつと湧いてくる。

「あなたの言葉はおかしいわ。わたしは我慢なんてしていない。お姉さまのためなら、力になりたいと思っているだけよ」
「それがおかしいと言っているんだ。普通は姉のために、そこまで自分を犠牲にしたりしない」
「自分を犠牲になんかしていないわ!」
「いいや、している」

 一歩、アルベリクが距離を詰めた。一歩退くことが逃げるようで、毅然とした態度でクロエは睨み返す。

「室内に閉じ込められたり、こんな田舎で突然暮らしているよう命じられても、あなたはちっとも嫌がっていない」
「嫌だと思わないもの」
「だから異常なんだ」

 違う、とクロエはなおも強く否定した。この男の意見には決して耳を傾けてはいけない。

「あなたがエリーヌに対してそこまで執着するのは生まれのせいか?」

 クロエは大きく息を呑み、頭がカッとなって、――気づいたらアルベリクの頬を叩いていた。

「あ、」

(わたし、なんてことを)

 怒りで我を忘れて、暴力を振るった。ゾッとした。ラコスト夫人と母のあの光景が一瞬で蘇る。自分も夫人と一緒だと思い知らされた気がして、そんなことを考えた自分に吐き気がした。

「クロエ。大丈夫だ。たいして痛くなかった」

 よほど酷い顔をしていたのか、叩かれたアルベリクの方が心配した声で感想を述べてくる。クロエはそれでようやく息を吸うことができた。

「……そういう問題ではないでしょう」

 苦々しい顔をして、アルベリクの顔を見上げた。頬が薄っすらと赤くなっていても、彼は平然とした顔をしている。

「部屋へ入って、冷やしましょう」
「……いいのか?」

 いいも悪いもない。いちいち聞かないで欲しい。

「手当をしたら、すぐに帰って。もう二度と、ここへは来ないで」

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