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第1話
「リーゼロッテ、あなたは今日も花のように綺麗だ」
「まあ、ありがとう。アルベルト」
私はアルベルトと彼の恋人であるリーゼロッテ嬢が仲良く連れ添って歩く様を見かけてうんざりした。どうしてこうも恋愛に精を出すことができるのか、まこと不思議でたまらなかった。
アルベルトとリーゼロッテ嬢はお似合いの婚約者として、社交界の間では有名だった。だが、若者たちには何の問題がないからといっても、はい結婚というわけにはいかないのが貴族社会の常識というものである。
彼らの両親は、お互いの爵位や跡継ぎや思想の違いやら、その他色々な違いによって、二人があまりお似合いだとは認めたくなかった。
まあ、早い話が、そういう諸々の不幸な事情が重なり、このお似合いだと祝福された恋人たちは引き裂かれ、別々の婚約者を宛がわれることとなった。そのアルベルトの相手を引き受けることとなったのが、私、クラウディアだったということだ。
これは大変なことになるぞ、と私が実感したのはアルベルトと初めて会った日。とりあえず顔合わせをすることになった時だった。
「初めまして。今日は、どうも……」
「私は、リーゼロッテを愛している」
挨拶を最後まで言わせてもらえず、途中で私の言葉は遮られてしまった。微笑みを浮かべていた顔がひくりと引きつる。
この人はまともに挨拶すらできないのだろうか。それほどまでに彼の頭の中は愛しのリーゼロッテ嬢のことでいっぱいなのだろうか。だとしたら、まことにおめでたい人である。
「まず、挨拶をきちんとさせて下さい。話はそれからです」
ぴしゃりと言った私の言葉に、ようやく自分の態度が失礼だったかと、アルベルトは我に返ったように謝った。
アッシュブラウンの髪がさらりとゆれ、吸い込まれそうな黒い目が伏せられる。切れ長の目に、凛々しい顔立ち、しっかりと鍛えられた身体つきは、さぞや世の女性たちを虜にしたのだろうと納得させるものがあった。
だがいくら見目が良くても、中身が伴っていなければ何の意味もない。
「すまない。切羽詰まっていて、藪から棒に失礼なことを申し上げてしまった」
「わかって下さったなら、構いませんわ」
非礼を詫びるだけの常識は持ち合わせているようで、私はそこだけは安心した。気にしないでくれと言ったが、彼の顔はまだ固いままだ。
あくまでも見合いの場だというのに、部屋の空気はお葬式のように重苦しく感じた。
「クラウディア嬢。きみに言わなければならないことがある」
アルベルトが悲痛な表情で、私を見た。
「私が生涯愛を捧げると決めた女性はたった一人だけだ。あなたにはすまないと思うが、この婚約は私の望むことではないし、結婚も考えていない」
「だから婚約を破棄するように、あなたと私の両親を説得して欲しいと?」
にこやかにそう言ってやると、アルベルトは少しむっとした。そんなことを女性に頼むなんて彼のプライドが許さないのかもしれない。王子様はあくまでも自分一人の力でお姫様へプロポーズしたように見せかけたいのだから。
「いいや、そんなことは頼んでいない」
予想通りの反応に、私はなんだか面白くなってきた。この真面目な青年を揶揄ってやりたいという誘惑に駆られる。
「でも、そうでしょう。あなたは私と結婚する気なんて本当はこれっぽっちもないのに、私の家をわざわざ訪ね、こうして聞きたいとも思わないご自身の心情を私に吐露した。それは結婚の見込みがないと、私に婚約の意志を挫けさせるため。こんな男とは結婚はごめんだと私が泣き喚けば、可哀そうに思った私の両親は、婚約破棄をあなたのご両親に申し出る。そうすればあなたは、リーゼロッテ嬢を堂々と口説くことができる」
違いまして? と私が微笑んで見つめると、彼は少し動揺したように身を引いた。
そんな態度をとっては、相手にはいそうですと言っているようなものなのに。黙り込んでしまったアルベルトに、私はなんだか急につまらなく感じた。やはりさっさと帰ってもらうことにしよう。
「あなたの望みを叶えてやりたいところですが、あいにく私の父は娘の涙で揺れ動かされるような甘い男ではありません。私もまた、あなたとの婚約を嫌だからと駄々をこねる性分でもありません。なんとかなさりたいなら、あなた自身の力で頑張りなさい」
「あなたは、それでいいのか」
望まぬ男と一緒になっても、お前は幸せなのかと彼は言いたいようだ。お優しいこと。
「世の女性は、結婚に夢見るような可愛い女性ばかりではありませんもの」
「私の知っている女性は、そのような方ばかりだが」
それはそうでしょうねと私は笑った。彼は私の態度に今度こそ腹を立てたようだ。急に立ち上がると、もう帰ると告げた。
「今度あなたが訪れる時は、婚約を破棄する話であることを願っておりますわ」
私の優しい別れの言葉は、彼のきつい眼差しで返されてしまった。バタンと扉が閉まり、私はやれやれと思った。
結婚は、親が決めるようなもので、まあ仕方ないかと思いつつ、さすがのこれには私も気が重くなった。
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