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40.責任の所在

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「逃げた?」

 数日後、カルロスのいる城を攻め落とすために出兵していた兵の一人が帰還して報告した。

「はい。城の中をくまなく探しましたが、カルロス殿下の姿は見当たらず、代わりに外へと繋がる隠し通路を通った痕跡が見つかりました」

 周囲がざわつく。その場にいたリアンも目を真ん丸と見開いた。カルロスは負けを認めることも、城で自害することもしなかった。一人城から抜け出し、そのまま逃亡を図ったのだ。彼の部下を置き去りにして。

(なんてことだ……)

 残った者たちからせめて殿下だけでも、と懇願されて逃げたとも考えられる。だが落胆はやはり大きかった。一人逃げ切れたとしても、もはや彼には何も残っていないというのに。

「そうか、やはり逃げたか」

 呆然とするリアンに対し、アレクシスの方はひどく落ち着いていた。まるでわかりきっていたかのような態度に、リアンは思わずまじまじと彼の方を見てしまう。視線に気づいた彼は不敵に笑った。こんなこと、予想していたというように。

「行き先はおまえの国だろうな」

 ハッとする。国境を越えて、カルロスはラシアに逃亡を図るのだ。そうなれば、国同士の問題となる。

「だがその前に捕まえる。いや、もう捕まったのと同じだ」

 それからさらに数日後、市井に紛れ込んで食糧を盗もうとしたカルロスが捕えられたのだった。

「――久しぶりだな、弟よ」

 とても王子の身分であるとは思えぬほどボロボロになったカルロスが兄であるアレクシスの前へ跪かされた。

「民の物を奪おうなど、おまえもずいぶんと落ちぶれたものよな」
「兄上……」

 アレクシスと違い、弟のカルロスは人好きのする顔立ちをしている。慕われていたというのも、わかる気がした。

(だが……)

「兄上。どうか、どうかお許し下さい」

 床に頭を擦りつけるようにして、彼は自分の兄に許しを請うた。

「なぜ謝る」
「なぜって……」

 カルロスは困惑の表情を浮かべた。

「兄上がなるはずだった王位を私のような人間が簒奪しようとしたからです」
「ではおまえは、自身の行いが間違いだったと?」
「はい。次の王には兄上がなるべきでした」

 迷いなくカルロスは断言した。そのあまりの潔さに報われない、とリアンは思う。彼についてきた臣下たちも、聖女ディアナもみな……。

「ではなぜおまえは城から逃げた。なぜ争いを始めた」
「私の意思ではございません。臣下たちが勝手に始めたことです。私は……私は兄上を差し置いて王になるつもりなどこれっぽっちも、」
「もうよい」

 アレクシスはカルロスの言葉を遮り、乱暴に彼の腕を掴んで立たせようとした。肉親に向けるものとは思えぬほどの冷たい眼差しに、ひっ、という悲鳴がカルロスの口から漏れる。

「あ、あにうえ……」
「貴様は俺の弟なんかではない。この恥晒しめ」

 アレクシスが右腕を後ろに向けた。すると傍に仕えていた騎士の一人が恭しく彼の手に短剣を握らせた。そしてその短剣をアレクシスは何の躊躇いもなく、カルロスの左肩あたりに突き刺した。ぎゃあっという悲鳴が上がり、カルロスは床で転げまわった。

「い、いたい! あ、あにうえ、いたいです! なぜこんな酷いことをなさるのですっ!」
「それはおまえの痛みではない。最期までおまえに信じてついていき、戦場でおまえのために死んでいった者たちの痛みだ」
「私のせいじゃない! やつらが勝手に私を持ち上げたんだ! なぜわかってくれないのですか!」

 アレクシスの怒りを、カルロスは理解しようとしなかった。彼からすれば、自分こそ悲劇な主人公であると思っているから。もしかすると彼の主張は正しく、同情すべき点はあるのかもしれない。

 だが王族であり、同じ立場であったアレクシスは決して許さなかった。

「そんな言い訳が本当に許されると思っているのか? この阿呆が……自分の意思もなく、ただ周りに流されておまえはこの騒動を引き起こしたと言っているのだぞ? 味方同士を争わせ、罪のない者まで大勢死なせ……それなのに自分の意思ではないとは、なんてザマだ」

 違う! とカルロスは叫んだ。

「私は嫌だと言った! 兄上なんかに勝てるはずないと!」
「では降伏すればよかったではないか」
「言った! けれどみなが……ディアナが許さなかった! あの娘は私こそ王になるべきであって、神もそれを望んでいると! 決してここで諦めてはいけないと、だからっ……!」

 私のせいじゃない、と血を吐くようにカルロスは言った。すべてあの娘が悪いのだと。

「それでもお前が強い意志で貫き通せば、どこかで運命は変わっていただろう」

 だがカルロスは結局そうしなかった。流されるがまま流されて、最後には一人逃亡する結果となった。

「俺がおまえに腸が煮えくり返っているのはな、一臣下にすぎぬ者の意見を聞き入れたからではない。神の声などという下らぬものを信じた女の言葉に、自分の命運を、国の行く末を任せたからだ。我々が国を動かしていく。我々がこの国の神であらねばならぬというのに!」

 なぜおまえは自分の宿命から逃げた! とアレクシスの目が怒りで燃え上がった。

「もはやおまえにできることは、信頼を裏切った臣下たちのために地獄へ逝くことだけだな」

 アレクシスが腰に差していた剣を引き抜いた。今度は怪我を負わせるのではなく、命を奪うために剣先をカルロスへと向ける。カルロスの顔はもはや蒼白で、座ったまま、血を流しながら後ろへ下がることしかできない。

「あ、あにうえ! どうかお慈悲を! 同じ血を分けた兄弟ではないですか!」

 弟の懇願に、初めてアレクシスは笑った。

「ああ、俺も許そうと思っていたよ。もしおまえが臣下の代わりに私だけを処罰して下さい、と嘆願すればな」

 剣を振り上げた。カルロスの絶叫が響き渡り、アレクシスは最期まで弟の死にゆく様を、目を逸らさず見ていた。それが自分の義務であるとばかりに。

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