悪いお姫様は飼っていた犬に飼われる

りつ

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欺瞞

『手を噛まれぬようにしておけ』

 朝。寝台でまた半分寝ている頭でロゼリアは国王ダニーロに言われたことを思い出していた。

(国王があっさり許してくれたのは、運がよかった)

 なぜ欲しいのか、もっと醜悪な言葉を吐いて説得しなければならないと思っていた。過去、父や兄のお気に入りの奴隷を譲ってもらった時のように。

(クラウディオ・バルトリ……)

「ロゼリア様。お目覚めですか」

 イルダの言葉にロゼリアはゆっくりと起き上がる。
 挨拶をして、いつも通り侍女たちに声をかけ、身支度を済ませていく。

「そういえば、新しく来た子はどう?」
「クラウディオですか? 特に目立った問題行動は起こしておりません。割り当てられた部屋で、他の者たちとも喧嘩することなく生活しているようです」
「そう……」

 クラウディオがロゼリアの犬になってから数週間が過ぎた。まずはここでの生活――他の犬たちとの集団生活に慣れてもらおうと日常生活を送ってもらっている。

(将軍というからには、軍での厳しい生活があったでしょうし、問題はなさそうね……)

「今日はクラウディオを共につけるわ」
「かしこまりました」

 寝台のある部屋から隣、朝食などを食べる部屋に移動する。侍女や侍従たちがロゼリアに恭しく頭を下げてきた。その中にはクラウディオもいた。

 ロゼリアの何気ない視線に気づいた彼は、こちらに視線を向けるが、一瞬であった。感情を読み取らせまい、あるいは自分のような女と視線を合わせたくないと言うように逸らしてしまう。

「クラウディオ。朝食が済んだら礼拝堂へ行くから」
「……はい」

 俺が? と狼狽えたり、聞き返すこともしなかったのは、ある程度予想していたからか。

 ロゼリアはなんだか無性にクラウディオの無表情を崩してやりたくなった。そんなことを思ったのは彼が初めてであったが、ロゼリアはただの気紛れだろうと思った。

     ◇

 大人しく自分を待っていたクラウディオの全身をロゼリアは点検するようにじっと眺めた。

(きちんと首輪もしているようね)

 やはり厳つい見た目のものより、チョーカーなどの方がスッキリして似合いそうだと思っていたが、これは自分の物であると周囲に見せつけるにはこれくらい派手で醜悪な方がいいのだ。

「では、行きましょうか」
「はい、王女殿下」
「わたくしのことは名前で呼んでいいわよ」
「王女殿下がお望みならば次からそうお呼びします」

 一切目を合わせようとせずに従順な台詞をクラウディオは機械的に口にする。そこに自分の意思は必要ないだろうと言いたげに。

「無理はしなくてはいいわ。ただ、他の王女たちと会うことがあるから、その時は名前で呼びなさい」
「承知いたしました」

 では、とロゼリアはクラウディオを伴って王宮の礼拝堂へ向かった。今日は珍しく彼一人だけを伴っているせいか、すれ違う人間が不躾な視線を寄越してくる。

「おや、姫様。ご機嫌麗しゅう」
「今度もまた、なかなかに良い犬種を連れていますな」
「しかし姫様にしては少々野蛮なのでは?」
「噛まれないよう、しっかりと躾けた方がよろしいですよ」

 王女であるロゼリアに話しかけてくる人間はみな高位貴族であり、国王や王太子に媚を売る者たちばかりだ。彼らは自分が国王たちに近しい存在だと己惚れているので、娘であるロゼリアにも馴れ馴れしく接していいと勘違いしている。

 だがロゼリアも一々そのことで不快を示すことはしない。今回咎めてもまた同じようなことは繰り返されるし、面倒なことになりかねないからだ。

「目立っているわね」

 当たり前だが、一言も発さないクラウディオにロゼリアは声をかけてみる。

「みな、私のような卑しい人間が物珍しいのでしょう」

(自分で言うのね……)

 だがクラウディオの言葉は的を射ている。

 クラウディオの故国、レオーネ国の人間は搾取されて当然だとヴェストリス国の王家は考えている。自分たちの方が上だと当たり前のように思い、それに逆らう人間は愚かで救いようがない存在だと……。

 王立軍に属し、ヴェストリス国の奴隷にされる人間を助けようとしたクラウディオも当然その一人であり、そんな彼を連れているロゼリアも彼らからすれば奇怪に映るのだろう。

「お前だけでなく、わたくし共々同じ存在だと思われているから安心しなさい」

 励ましと言っていいかわからないロゼリアの言葉に、クラウディオは案の定薄い反応を示しただけだった。別にロゼリアも何か気の利いた言葉を期待していたわけではないので、そのまま目的地である礼拝堂へと歩いた。

 金に物を言わせて建造させた礼拝堂は、白と金色を基準に、とにかく荘厳で神秘的な雰囲気を作り出していた。ロゼリアが知る礼拝堂はここしか知らないが、他のどの場所よりも欺瞞に満ちた思いを抱かせるのは他にないと断言できる。

「あぁ、この気配は……ロゼリア様ですね」

 奥にいた男性が振り返る。彼は神父で、目が見えていない。以前、教会の腐敗を正そうとして、他の聖職者たちの怒りを買った結果だ。

「ええ、神父様。今日も祈りを捧げに来ました」
「熱心に祈りを捧げていれば、必ず主もあなた様の心に応えてくれるでしょう」
「そうですわね」

 神父は自分よりもずっと長く祈りを捧げ、熱心に神に奉仕しているはずだが、彼の両目の視力は失われてしまった。残酷な運命に置かれた今でも、神父が神の存在を信じているのはなぜか。ロゼリアはもうずいぶん前に疑問を抱くことをやめた。

「それより、ロゼリア様。今日は、誰か……別の方を連れてきているようですね」

 視力を失った分、人の気配に敏感になったのか、神父がクラウディオの存在を指摘する。

「ええ。……クラウディオ。お前も祈る?」
「王女殿下が祈るならば、私もそうしましょう」

 ロゼリアはふっと微笑み、クラウディオと共に神父の言葉に耳を傾け、祈りを捧げた。

(神様。どうか、ヴェストリス国を――……わたしを――……してください)

 礼拝堂には自分とクラウディオの他に、誰も祈りを捧げる者はいなかった。

「――お前は、神を信じる?」

 礼拝堂を後にし、自室へ戻る途中、ロゼリアはクラウディオに尋ねてみた。

「この大陸に属している者ならば、みな信じるでしょう」

 レオーネ国、ヴェストリス国、そして他の周辺諸国が信仰する神は同じだ。

 身分の差に関わらず、等しく、神の教えを意識して生きていく。

「嘘ね。あなたは信じていないわ」

 ロゼリアは立ち止まり、数歩後ろを歩いていたクラウディオの方を振り返る。

「信じていなければ、あの場で祈ることはしません」
「信じていないからこそ、平気で真似事ができるのよ」

 自分の言葉はどこか馬鹿にしたように聞こえたかもしれない。やや皮肉めいた口調でクラウディオに返された。

「王女殿下ほど、熱心な信徒ではないだけです」

 高く昇っていた陽光がロゼリアの微笑を照らし、クラウディオが僅かに驚いた表情をする。

「わたしも神の存在など、信じていないわ」

 クラウディオは反応に遅れた。その様子を見ることができて満足したロゼリアは、また背中を向けて歩き出した。

「クラウディオ。今度から祈らなくていいわ。わたくしの後ろで番犬のごとく護衛でもしていなさい」

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