悪いお姫様は飼っていた犬に飼われる

りつ

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規則正しい生活

 フェランテとの会話で意外にも時間を消費したせいか、夕刻になるのが早く感じた。

 夕食が済むと、ロゼリアは猫脚の長椅子に座り、イルダやスザンナ、他の犬たちの首輪が傷ついていないかどうか確認する。彼らは奴隷の証とも言える首輪に触れられているのに嫌悪感を示さず、中には恍惚とした表情を浮かべる者もいた。

「いい子ね」
「もう、いいのですか」
「ええ。――さぁ、最後はお前よ」

 名残惜しそうに自分を見る犬を下がらせ、ロゼリアはクラウディオをそばへ呼び寄せた。彼は屈辱を感じる代わりに無表情を貫いており、他の犬たちのようにすぐには跪かなかった。だがロゼリアが早く座りなさい、と命じれば、諦めたように膝を折った。

 顎を上げさせ、急所の一つである喉元を隠すように嵌められた重たげな革の首輪を見て、ロゼリアは目を細めた。

「重いでしょう?」
「なら外してくれるのか」

 基本的に彼の口調は敬語であるが、たまに太々しい物言いに変わる。恐らくこちらが彼の素なのだ。由緒正しい公爵家の息子であることからも、プライドは高いはず。

「それはだめ。この首輪はわたくしのものだという牽制にもなるもの」

 クラウディオの瞳に合わせた青やグレイの宝石にそっと指先で触れる。

「首輪が壊されていないかどうか、確かめないと気が済まないのか」

 宝石からクラウディオの方に視線をやると、彼は挑発するように自分を見ていた。

「そうかもしれないわ。わたくしのものでなくなるかと思うと、不安でたまらないもの」
「……最悪な趣味だな」

 ボソリと吐かれた言葉は、幸運にも部屋で待機するイルゼたちには聞こえなかったようだ。

「クラウディオ。初日にも言ったはずよ。従順でいなさいと」
「これでも従順にしているつもりですが」
「まだ足りないわ」

 ロゼリアはクラウディオの両頬に掌を添えた。彼の冷たい瞳と自分の目を合わせる。

「わたくし以外の言葉に耳を傾けず、わたくしだけを信じるの」
「は……」

 言葉を失う様を見ると、ロゼリアは微笑んで、手を放した。そしてどこか放心しているようにも見える彼を放って立ち上がる。

「お休み、クラウディオ。また明日も、よろしくね」

     ◇

 それから、ロゼリアは規則正しい生活を送った。

 早く起きて早く寝るというのではなく、毎日同じ場所へ行き、同じ時間を過ごすようになったのだ。

 朝食を済ませた後は礼拝堂へ行き、昼食を自室で済ませると図書室で二時間ほど過ごし、中庭を歩いた後は、また自室へ戻り、夕食まで爪の手入れなどに費やす。あとは犬たちの首輪の点検を終えて就寝するという流れだ。

 父王や兄たちの呼び出しを食らうこともあるので、この通りにいかない日もあるが、基本的には同じ行動を順番通りに心掛けた。

 クラウディオもそうしたロゼリアの行動に……というより、ロゼリアの犬としての生活に慣れ始めたようだ。以前は反抗的な物言いを隠しきれずにいたが、今は丁寧かつロゼリアを尊重する言葉遣いを徹底している。

「クラウディオ。わたくしのこと、どう思っている?」
「王女殿下ほど聡明でお美しい方を、私は存じません」

 騎士のように跪き、白々しいお世辞まで言えるようになったのだから上出来だ。

「ロゼリア、とは呼んでくれないの?」
「どうかお許しください。私にとって、この世で王女はあなた様ただ一人だけなのです」
「わたくしには姉や妹も大勢いるのよ?」
「そんな者たち、あなた様を前にしては霞んでしまいます。私の目には映らないのです」

 この男もこんな言葉を言えるのかと、ロゼリアは非常に愉快であった。

「最高よ、クラウディオ。わたくしの忠実で、可愛い犬」

 吐き気がするほどの嫌悪感を覚えても、クラウディオは光栄ですと答えた。

 クラウディオの忠犬化にロゼリアは褒美を与えることにした。首輪をつけて、昼間の明るい時刻、三十分ほどならば自由に行動できることを許したのだ。

 イルダからは少々甘やかし過ぎではないか、まだ早いのではなかと小言を言われたが、そうなったらきつくお仕置きをするから大丈夫だと言った。

 しかしイルダはまだ何か言いたげであった。

「どうしたの、イルダ」
「……他の者たちと比べて、特別視しているような気がします」
「わたくしに意見するの?」
「いいえ。ですが……今までのロゼリア様の行動からすると、少し疑問に思いまして」
「わたくしにも、好みはあるでしょう? 気に入っているの」
「私は……心配でございます。あの男は、どうも信用できません」

 イルダの心配は無用であった。クラウディオは最初遠慮してか、出かけようとしなかった。ロゼリアが促してようやく、渋々と外へ行くのだが、それも数分ほどで戻って来る。

(あえて用事を作った方がいいかしら)

 そう考えて、花瓶に飾る花を適当に摘んでくるよう命じたり、厨房へ行き何か作って持ってくるよう頼んだ。

 召使のように働かせる姿を見せるようになると、王女であるロゼリアがいない状況もあってか、クラウディオに話しかける者も出始めたようだ。たまに怪我をして戻って来ることもあり、その時ロゼリアは眉根を寄せつつ、自ら手当してやった。

 クラウディオは誰に危害を加えられたか、名前を知らないという言い訳で教えてくれなかった。だがロゼリアには心当たりが多すぎた。そのうちの一人、兄のミケーレに久しぶりに家族で夕食をとるよう誘いが来た。

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