悪いお姫様は飼っていた犬に飼われる

りつ

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人質

 最近、クラウディオは王宮で所要をこなしているのか、帰って来ない日が続いている。

 夜遅く帰ってきて数時間程でまたすぐに家を出ていたので、落ち着くまで王宮で寝泊まりしたらどうかロゼリアが勧めたのだ。

 それは睡眠よりもロゼリアをたっぷりと味わうことを選んだ後のことで、クラウディオの汗ばんだ肌に身を寄せながら言った。

「貴女の顔を見ないと落ち着かない」
「でも……」

 クラウディオは機嫌が悪くなった様子で、起き上がって身支度を始めた。

「貴女は俺に会わなくても平気なようだな」

 そんなことない、とロゼリアが否定する前に、クラウディオは拗ねた顔でそのまま屋敷を出て行ってしまった。

 あの様子だと、帰ってきたら八つ当たりされる……ねちねち嫌味を言われながら抱かれる可能性が高い。もちろんロゼリアは全て受け止めるつもりで待っている。

(わたしだって、クラウディオがいなくて寂しいのに……)

 広い寝台で眠るのが心細くて、彼のことを考えながら自分の身体を慰めたりもした。

 こんなこと、クラウディオは考えもしないだろう。教えてあげたら、どんな顔をするだろう。

 窓際に立ち物憂げな表情でため息をついたロゼリアは、ふと敷地内や塀の外にいる護衛の人間がいつもより目立つことに気づいた。

「何か、あったの?」

 クラウディオはいつも自分の留守中、信頼できる護衛を置いて行く。ロゼリア自身にも、気をつけるよう言っていた。

「クラウディオ様から伝言をいただいております。ヴェストリス国から亡命した貴族が密かに活動しているとのことで、念のためしばらくは、屋敷の外にも出ないようにとのことです」

(ヴェストリスの貴族が……)

 思い出すのはロゼリアの使用人を物同然に扱う姿や自分に手を伸ばしかけた時に浮かべていた表情だ。

「ロゼリア様。大丈夫ですか」

 イルダが心配した表情で気遣う。ロゼリアは振り返り、微笑んだ。

「大丈夫よ。これだけ厳重に警備しているんですもの。侵入者はよほど愚か者ということになるわ」

 そこまで言い、ロゼリアはここへ何度も訪ねてくる小さな客人二人のことを思い出した。

「ラヴィニアとルキーノにも、しばらく外出は控えるよう言っておかないと」
「ああ、それならすでにクラウディオ様がお伝えしているそうです」
「そう。寂しいけれど、仕方ないわね。また落ち着いたら遊びに来るよう――」
「大変です、ロゼリア様!」

 男性の使用人が慌てた様子で入ってきた。

「どうしたの?」
「バルトリ家の人間が訪れて、ラヴィニア様とルキーノ様が人質に取られたと!」

 ロゼリアは一瞬頭の中が真っ白になるも、今までの経験のお陰か、すぐに冷静を装い、「どういうこと?」と詳細な事情を求めた。

 動揺を露わにしないロゼリアの態度に使用人も幾分冷静になったのか、それでも焦りと怯えを浮かべた表情で、事の経緯を説明する。

「バルトリ家の……クラウディオ様のご兄弟が急にこちらへ訪れて、ラヴィニア様とルキーノ様がヴェストリスの貴族に誘拐されたと……解放するよう命じたところ、ロゼリア様の身柄を引き渡すよう要求されたそうです。ですからここへ来たそうなんですが……」
「クラウディオの兄弟? ……ラヴィニアとルキーノは自分の屋敷にいるのではなかったの? 家を襲撃したの?」
「いえ……ご両親や使用人たちの目を盗んでこちらに向かっているところを襲われたそうです」

 初めてここへ来た時のことを考えると、あり得る。だが――

(どうしてバルトリ家の人間がそのことを真っ先に知ったの?)

 普通、ラヴィニアとルキーノの家に要求するものではないか。

 ロゼリアはクラウディオがバルトリ家の当主たちと仲が良くないことを聞いていた。富を得ることしか考えておらず、さらなる権力を手に入れるために他者を踏み台にすることに何の躊躇もないやつらだと……。

 向こうも、クラウディオのことを気に入らない存在だと思っているだろう。

 そういった彼らの関係を考えれば――

(バルトリ公爵たちがヴェストリスの貴族と手を組んでいてもおかしくない)

「ロゼリア様?」
「今、ここにバルトリ家の人間が来ているのね?」
「あ、はい。下で、家令が対応に当たっております」

 家令はクラウディオの信頼を得て留守を任されている。クラウディオ曰く傭兵出身で、手強い人間を大勢相手にしてきた経歴の持ち主だ。彼に任せていれば、このまま引き下がるかもしれない。

(でも……)

「……少し、待っていて」
「いけません、ロゼリア様!」

 イルダがロゼリアを止めようとするが、結局はこれしかないと鏡台の抽斗を開けながらロゼリアは覚悟を決めた。

     ◇

 玄関前では、バルトリ家の人間と思われる男性たちが家令に激しく突っかかっていた。

「ロゼリアを出せ! ラヴィニアとルキーノがどうなってもいいのか!」
「クラウディオ様の命令に従うまででございます」
「この老いぼれが!」
「クラウディオの犬め!」
「主人に忠実な家臣のことを、そんなふうに評するのはいかがなものかしら」

 階段からゆっくりと下りてきたロゼリアに彼らの目が留まる。家令が一瞬焦った表情をするのがわかった。

「ロゼリア様。お部屋へお戻りください」
「ありがとう。でも、彼らが用があるのはわたくしのようだから」
「へへっ。よくわかっているじゃないか」
「さぁ。早く来い!」

 本当にクラウディオと血の繋がりがあるのだろうかと思うくらい下品な面を晒し、貴族としての品が感じられない。

 まぁ、それはヴェストリス国の貴族にも同じことが言えたが、やはりクラウディオの親類ということで、どこかで彼と同じ人間だと思っていたのかもしれない。

 無理矢理手首を掴まれたロゼリアはスッと目を細め、ぱしんと振り払った。驚いた男たちが振り返ると、冷たい微笑を浮かべて吐き捨てた。

「わざわざ手を引っ張らなくてもけっこうよ」
「ちっ。生意気な女が……早くしろ」
「ロゼリア様。どうか行かないでください!」

 ロゼリアは自分を呼び止める使用人たちの方を向き、深刻な表情をしている家令の目をじっと見つめた。

「おい」
「ええ、行くわ」

 ロゼリアは乱暴に馬車に押し込まれ、屋敷を後にした。結局誰も手出しすることができなかったのは、ロゼリア自身の意思を尊重した結果であり、ラヴィニアとルキーノを助けたいという気持ちがあるからか。

(クラウディオ……)

 ロゼリアはガタガタと揺れる馬車の中から一雨きそうな景色を眺めた。

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