39 / 48
人質
最近、クラウディオは王宮で所要をこなしているのか、帰って来ない日が続いている。
夜遅く帰ってきて数時間程でまたすぐに家を出ていたので、落ち着くまで王宮で寝泊まりしたらどうかロゼリアが勧めたのだ。
それは睡眠よりもロゼリアをたっぷりと味わうことを選んだ後のことで、クラウディオの汗ばんだ肌に身を寄せながら言った。
「貴女の顔を見ないと落ち着かない」
「でも……」
クラウディオは機嫌が悪くなった様子で、起き上がって身支度を始めた。
「貴女は俺に会わなくても平気なようだな」
そんなことない、とロゼリアが否定する前に、クラウディオは拗ねた顔でそのまま屋敷を出て行ってしまった。
あの様子だと、帰ってきたら八つ当たりされる……ねちねち嫌味を言われながら抱かれる可能性が高い。もちろんロゼリアは全て受け止めるつもりで待っている。
(わたしだって、クラウディオがいなくて寂しいのに……)
広い寝台で眠るのが心細くて、彼のことを考えながら自分の身体を慰めたりもした。
こんなこと、クラウディオは考えもしないだろう。教えてあげたら、どんな顔をするだろう。
窓際に立ち物憂げな表情でため息をついたロゼリアは、ふと敷地内や塀の外にいる護衛の人間がいつもより目立つことに気づいた。
「何か、あったの?」
クラウディオはいつも自分の留守中、信頼できる護衛を置いて行く。ロゼリア自身にも、気をつけるよう言っていた。
「クラウディオ様から伝言をいただいております。ヴェストリス国から亡命した貴族が密かに活動しているとのことで、念のためしばらくは、屋敷の外にも出ないようにとのことです」
(ヴェストリスの貴族が……)
思い出すのはロゼリアの使用人を物同然に扱う姿や自分に手を伸ばしかけた時に浮かべていた表情だ。
「ロゼリア様。大丈夫ですか」
イルダが心配した表情で気遣う。ロゼリアは振り返り、微笑んだ。
「大丈夫よ。これだけ厳重に警備しているんですもの。侵入者はよほど愚か者ということになるわ」
そこまで言い、ロゼリアはここへ何度も訪ねてくる小さな客人二人のことを思い出した。
「ラヴィニアとルキーノにも、しばらく外出は控えるよう言っておかないと」
「ああ、それならすでにクラウディオ様がお伝えしているそうです」
「そう。寂しいけれど、仕方ないわね。また落ち着いたら遊びに来るよう――」
「大変です、ロゼリア様!」
男性の使用人が慌てた様子で入ってきた。
「どうしたの?」
「バルトリ家の人間が訪れて、ラヴィニア様とルキーノ様が人質に取られたと!」
ロゼリアは一瞬頭の中が真っ白になるも、今までの経験のお陰か、すぐに冷静を装い、「どういうこと?」と詳細な事情を求めた。
動揺を露わにしないロゼリアの態度に使用人も幾分冷静になったのか、それでも焦りと怯えを浮かべた表情で、事の経緯を説明する。
「バルトリ家の……クラウディオ様のご兄弟が急にこちらへ訪れて、ラヴィニア様とルキーノ様がヴェストリスの貴族に誘拐されたと……解放するよう命じたところ、ロゼリア様の身柄を引き渡すよう要求されたそうです。ですからここへ来たそうなんですが……」
「クラウディオの兄弟? ……ラヴィニアとルキーノは自分の屋敷にいるのではなかったの? 家を襲撃したの?」
「いえ……ご両親や使用人たちの目を盗んでこちらに向かっているところを襲われたそうです」
初めてここへ来た時のことを考えると、あり得る。だが――
(どうしてバルトリ家の人間がそのことを真っ先に知ったの?)
普通、ラヴィニアとルキーノの家に要求するものではないか。
ロゼリアはクラウディオがバルトリ家の当主たちと仲が良くないことを聞いていた。富を得ることしか考えておらず、さらなる権力を手に入れるために他者を踏み台にすることに何の躊躇もないやつらだと……。
向こうも、クラウディオのことを気に入らない存在だと思っているだろう。
そういった彼らの関係を考えれば――
(バルトリ公爵たちがヴェストリスの貴族と手を組んでいてもおかしくない)
「ロゼリア様?」
「今、ここにバルトリ家の人間が来ているのね?」
「あ、はい。下で、家令が対応に当たっております」
家令はクラウディオの信頼を得て留守を任されている。クラウディオ曰く傭兵出身で、手強い人間を大勢相手にしてきた経歴の持ち主だ。彼に任せていれば、このまま引き下がるかもしれない。
(でも……)
「……少し、待っていて」
「いけません、ロゼリア様!」
イルダがロゼリアを止めようとするが、結局はこれしかないと鏡台の抽斗を開けながらロゼリアは覚悟を決めた。
◇
玄関前では、バルトリ家の人間と思われる男性たちが家令に激しく突っかかっていた。
「ロゼリアを出せ! ラヴィニアとルキーノがどうなってもいいのか!」
「クラウディオ様の命令に従うまででございます」
「この老いぼれが!」
「クラウディオの犬め!」
「主人に忠実な家臣のことを、そんなふうに評するのはいかがなものかしら」
階段からゆっくりと下りてきたロゼリアに彼らの目が留まる。家令が一瞬焦った表情をするのがわかった。
「ロゼリア様。お部屋へお戻りください」
「ありがとう。でも、彼らが用があるのはわたくしのようだから」
「へへっ。よくわかっているじゃないか」
「さぁ。早く来い!」
本当にクラウディオと血の繋がりがあるのだろうかと思うくらい下品な面を晒し、貴族としての品が感じられない。
まぁ、それはヴェストリス国の貴族にも同じことが言えたが、やはりクラウディオの親類ということで、どこかで彼と同じ人間だと思っていたのかもしれない。
無理矢理手首を掴まれたロゼリアはスッと目を細め、ぱしんと振り払った。驚いた男たちが振り返ると、冷たい微笑を浮かべて吐き捨てた。
「わざわざ手を引っ張らなくてもけっこうよ」
「ちっ。生意気な女が……早くしろ」
「ロゼリア様。どうか行かないでください!」
ロゼリアは自分を呼び止める使用人たちの方を向き、深刻な表情をしている家令の目をじっと見つめた。
「おい」
「ええ、行くわ」
ロゼリアは乱暴に馬車に押し込まれ、屋敷を後にした。結局誰も手出しすることができなかったのは、ロゼリア自身の意思を尊重した結果であり、ラヴィニアとルキーノを助けたいという気持ちがあるからか。
(クラウディオ……)
ロゼリアはガタガタと揺れる馬車の中から一雨きそうな景色を眺めた。
夜遅く帰ってきて数時間程でまたすぐに家を出ていたので、落ち着くまで王宮で寝泊まりしたらどうかロゼリアが勧めたのだ。
それは睡眠よりもロゼリアをたっぷりと味わうことを選んだ後のことで、クラウディオの汗ばんだ肌に身を寄せながら言った。
「貴女の顔を見ないと落ち着かない」
「でも……」
クラウディオは機嫌が悪くなった様子で、起き上がって身支度を始めた。
「貴女は俺に会わなくても平気なようだな」
そんなことない、とロゼリアが否定する前に、クラウディオは拗ねた顔でそのまま屋敷を出て行ってしまった。
あの様子だと、帰ってきたら八つ当たりされる……ねちねち嫌味を言われながら抱かれる可能性が高い。もちろんロゼリアは全て受け止めるつもりで待っている。
(わたしだって、クラウディオがいなくて寂しいのに……)
広い寝台で眠るのが心細くて、彼のことを考えながら自分の身体を慰めたりもした。
こんなこと、クラウディオは考えもしないだろう。教えてあげたら、どんな顔をするだろう。
窓際に立ち物憂げな表情でため息をついたロゼリアは、ふと敷地内や塀の外にいる護衛の人間がいつもより目立つことに気づいた。
「何か、あったの?」
クラウディオはいつも自分の留守中、信頼できる護衛を置いて行く。ロゼリア自身にも、気をつけるよう言っていた。
「クラウディオ様から伝言をいただいております。ヴェストリス国から亡命した貴族が密かに活動しているとのことで、念のためしばらくは、屋敷の外にも出ないようにとのことです」
(ヴェストリスの貴族が……)
思い出すのはロゼリアの使用人を物同然に扱う姿や自分に手を伸ばしかけた時に浮かべていた表情だ。
「ロゼリア様。大丈夫ですか」
イルダが心配した表情で気遣う。ロゼリアは振り返り、微笑んだ。
「大丈夫よ。これだけ厳重に警備しているんですもの。侵入者はよほど愚か者ということになるわ」
そこまで言い、ロゼリアはここへ何度も訪ねてくる小さな客人二人のことを思い出した。
「ラヴィニアとルキーノにも、しばらく外出は控えるよう言っておかないと」
「ああ、それならすでにクラウディオ様がお伝えしているそうです」
「そう。寂しいけれど、仕方ないわね。また落ち着いたら遊びに来るよう――」
「大変です、ロゼリア様!」
男性の使用人が慌てた様子で入ってきた。
「どうしたの?」
「バルトリ家の人間が訪れて、ラヴィニア様とルキーノ様が人質に取られたと!」
ロゼリアは一瞬頭の中が真っ白になるも、今までの経験のお陰か、すぐに冷静を装い、「どういうこと?」と詳細な事情を求めた。
動揺を露わにしないロゼリアの態度に使用人も幾分冷静になったのか、それでも焦りと怯えを浮かべた表情で、事の経緯を説明する。
「バルトリ家の……クラウディオ様のご兄弟が急にこちらへ訪れて、ラヴィニア様とルキーノ様がヴェストリスの貴族に誘拐されたと……解放するよう命じたところ、ロゼリア様の身柄を引き渡すよう要求されたそうです。ですからここへ来たそうなんですが……」
「クラウディオの兄弟? ……ラヴィニアとルキーノは自分の屋敷にいるのではなかったの? 家を襲撃したの?」
「いえ……ご両親や使用人たちの目を盗んでこちらに向かっているところを襲われたそうです」
初めてここへ来た時のことを考えると、あり得る。だが――
(どうしてバルトリ家の人間がそのことを真っ先に知ったの?)
普通、ラヴィニアとルキーノの家に要求するものではないか。
ロゼリアはクラウディオがバルトリ家の当主たちと仲が良くないことを聞いていた。富を得ることしか考えておらず、さらなる権力を手に入れるために他者を踏み台にすることに何の躊躇もないやつらだと……。
向こうも、クラウディオのことを気に入らない存在だと思っているだろう。
そういった彼らの関係を考えれば――
(バルトリ公爵たちがヴェストリスの貴族と手を組んでいてもおかしくない)
「ロゼリア様?」
「今、ここにバルトリ家の人間が来ているのね?」
「あ、はい。下で、家令が対応に当たっております」
家令はクラウディオの信頼を得て留守を任されている。クラウディオ曰く傭兵出身で、手強い人間を大勢相手にしてきた経歴の持ち主だ。彼に任せていれば、このまま引き下がるかもしれない。
(でも……)
「……少し、待っていて」
「いけません、ロゼリア様!」
イルダがロゼリアを止めようとするが、結局はこれしかないと鏡台の抽斗を開けながらロゼリアは覚悟を決めた。
◇
玄関前では、バルトリ家の人間と思われる男性たちが家令に激しく突っかかっていた。
「ロゼリアを出せ! ラヴィニアとルキーノがどうなってもいいのか!」
「クラウディオ様の命令に従うまででございます」
「この老いぼれが!」
「クラウディオの犬め!」
「主人に忠実な家臣のことを、そんなふうに評するのはいかがなものかしら」
階段からゆっくりと下りてきたロゼリアに彼らの目が留まる。家令が一瞬焦った表情をするのがわかった。
「ロゼリア様。お部屋へお戻りください」
「ありがとう。でも、彼らが用があるのはわたくしのようだから」
「へへっ。よくわかっているじゃないか」
「さぁ。早く来い!」
本当にクラウディオと血の繋がりがあるのだろうかと思うくらい下品な面を晒し、貴族としての品が感じられない。
まぁ、それはヴェストリス国の貴族にも同じことが言えたが、やはりクラウディオの親類ということで、どこかで彼と同じ人間だと思っていたのかもしれない。
無理矢理手首を掴まれたロゼリアはスッと目を細め、ぱしんと振り払った。驚いた男たちが振り返ると、冷たい微笑を浮かべて吐き捨てた。
「わざわざ手を引っ張らなくてもけっこうよ」
「ちっ。生意気な女が……早くしろ」
「ロゼリア様。どうか行かないでください!」
ロゼリアは自分を呼び止める使用人たちの方を向き、深刻な表情をしている家令の目をじっと見つめた。
「おい」
「ええ、行くわ」
ロゼリアは乱暴に馬車に押し込まれ、屋敷を後にした。結局誰も手出しすることができなかったのは、ロゼリア自身の意思を尊重した結果であり、ラヴィニアとルキーノを助けたいという気持ちがあるからか。
(クラウディオ……)
ロゼリアはガタガタと揺れる馬車の中から一雨きそうな景色を眺めた。
あなたにおすすめの小説
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
【完結】 愛されない私と隠れ家の妖精
紬あおい
恋愛
初恋は心に秘めたまま叶わず、結婚した人まで妹を愛していた。
誰にも愛されないと悟った私の心の拠りどころは、公爵邸の敷地の片隅にある小さな隠れ家だった。
普段は次期公爵の妻として、隠れ家で過ごす時は一人の人間として。
心のバランスを保つ為に必要だった。
唯一の友達だった妖精が、全てを明かした時、未来が開ける。