バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました

りつ

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2、お兄様との朝食

「イザベル、おはよう」

 朝食のことを考えて気持ちが上がっていたのに、フェリクスの姿にイザベルはズン……と気分が下がった。

「今日はやけに遅かったな」

 兄は新聞を丁寧に畳むと、テーブルの端に置き、イザベルと共に食事をしようとする。

 見慣れたいつもの光景であるが、今朝は特に気まずい。

「え、ええ。実は昨日少し、夜更かしをしてしまって」
「また本でも読んでいたのか? 面白くても、睡眠はしっかりとりなさい」
「はーい」
「返事は短く。もう十八歳になるんだ。そういうところも気をつけるように」
「はい。……お兄様って、年々お母様に似てきましたね」

 片眉を器用に上げるところもそっくりで感心してしまう。

(血は繋がっていないのに不思議)

 フェリクス・クレージュ。

 耳の下で綺麗に切り揃えられたサラサラの銀髪に、涼やかな印象を与える切れ長の青い瞳。鼻筋もスッと通って完璧な形である。

(社交界ではレーモン殿下の方が美男子だって言われているけれど、わたしは絶対お兄様の方が美男子だと思う!)

 みんなあのレーモンの甘い顔立ちに騙されているだけだ。

(あんなやつ、笑顔の裏でどす黒いこと考えている腹黒男よ。好きな女以外どうでもいい冷血漢よ!)

 確かにフェリクスはいつも微笑を浮かべているレーモンと違い、ツンとした澄ました表情で、近寄りがたい雰囲気を纏っているが……へらへらしている男よりずっといいとイザベルは力説したい。

(実は世話焼きだし、まぁ小言が多いのは玉に瑕かもしれないけど……あっ、でもそれはわたしがだらしない性格しているから、他の人には違うかも!)

 そう。あの腹黒男を虜にした黒髪の少女――マリオンという女性に対してならば、兄も小言を述べることなく優しく接するはずだ。

「……」
「イザベル、いきなり睨んでどうした。さっきの言い方に怒ったのか?」

 兄が表情を変えずに首を傾げる。
 何でもありません、とぶっきらぼうに答えながらイザベルはパンを一口サイズにちぎった。

「? こっちのパンも焼き立てで美味しいぞ。食べるか?」
「いただきます」

 フェリクスはイザベルの兄であるが、血は繋がっていない。

 イザベルが幼い頃……七歳の時に、父が知人から引き取り、養子にしたのである。

 両親の間には一人しか子どもが――つまりイザベルしかいなかった。男性にしか爵位を認めていないこの国の制度のため、両親は話し合った末、優秀な後継者を余所からもらい受けることにした。

 ……というのが表向きの話であるが、父の知人というのが実はやんごとなき身分の方で、どうしても手元で育てることができないため、伝手の伝手を頼って、父のもとに預けることにしたそうだ。

 一応、侯爵家の当主として認められるのは、イザベルが誰かと結婚してその子どもが成人するまで、と決めてあるらしい。

(そう考えると、何だか不憫よね)

 夢の中であんな冷ややかな態度を取ったのは、イザベルの振る舞いだけでなく、自分の出自や環境に不満があったためだろうか……。

(お兄様はもうこの時点で、ううん、それよりずっと前からわたしのことを疎ましく思っていたのかしら)

 考えて、イザベルは胸が痛んだ。

 両親が事故で亡くなってから、イザベルの家族はフェリクスだけだ。四つ上とはいえ、当時フェリクスはまだ十五歳だった。両親の残した遺産を目当てにろくに話したことのない親族が大勢押し寄せてきて、勝手に母のアクセサリーや父がコレクションしていた酒蔵を盗人のように漁った光景を、イザベルは決して忘れることはない。

 そんな中、フェリクスはただ泣き喚くことしかできなかったイザベルを後ろに庇い、欲深な大人たちと対等に取引していた。兄がいてくれたお陰で、イザベルは今も両親の残してくれた屋敷で変わらず暮らしていけている。

 面倒事はすべて兄に押しつけて、時々両親を亡くした恋しさから我儘を言ったりもした。兄はぶつぶつ文句を言うこともあったが、何だかんだイザベルの願いを叶えてくれた。妹ゆえ、家族ゆえだと思っていたが……自分だけだったのだろうか。

(辛い……悲しい……)

「イザベル。本当にどうしたんだ。具合でも悪いのか?」

 睨んだと思えば悲しむ顔をするイザベルの様子に、いよいよフェリクスは本気で心配し始める。

「何か悩み事があるのなら相談してくれ。兄である私が力になろう」

 真摯にそう伝えるフェリクスにイザベルは一瞬夢の内容を打ち明けてしまおうかと迷う。

(……ううん。やっぱり言えない)

 夢の中の出来事とはいえ、妹を殺そうとしたなど知れば兄は深く傷つくだろう。

「いいえ、何でもありませんわ! ただ今日は予定が何も入っていないから、何をしようか迷っていたんです」

 フェリクスは訝しげに眉をひそめた。

「本当にそんなことで悩んでいるのか?」
「はい!」

 自信たっぷりに言い切れば、彼はため息をついた。

「なら、いいが……。そんなに暇ならば、たまには学院にでも行ったらどうだ?」
「わたしが学院に?」
「今まで朝早く起きられないからとか、授業の進行が遅いからだとか、いろいろ理由をつけて結局家で勉強していただろう? 無理をしてまで通う必要はないと私も思っていたからそれで納得していたが、学院は勉強だけが大事なわけではない。友人との付き合いも今後社会に出るために大切だ。おまえはクレージュ侯爵家の娘なのだから、今後他の貴族や王族とも懇意になる可能性が――」
「それは絶対にだめ!」

 とんでもないと大声で非難すれば、フェリクスは驚き、またもや怪訝な顔をする。

「だめ? 嫌、ではなく? 学院に行くと、何かおまえにとって不都合があるのか?」
「えっ? ……あっ、そ、そう嫌なの! わたし、勉強するの大嫌いだから! ひ、人付き合いもすっごく苦手だし!」

 じーっとイザベルの心中を探るような視線に内心冷や汗が止まらない。

「えっと、ほら、今までずっと欠席していたでしょう? あと一年……もない月数で卒業するのに、いきなり出席したら思い出作りだなんてみんなに笑われてしまうわ。だからここは最後まで不登校を貫き通すべきだと思って!」
「……本当にそれだけだな? 誰かにいじめられたり、敵意を向けられて行きたくないわけではないんだな?」

 今日何度兄から「本当に」と問われたことだろう。

 妹のこととなると途端に疑り深い性格になるのはそれだけ心配している証拠だ。過保護なのだ。

 なので心配させまいと、イザベルはしっかりと頷いた。

「うん、大丈夫! わたし、そこまでの感情を持たれるほど他人と付き合っていないから!」

 むしろ自分から彼らに嫌がらせをしていた。まだ夢の中の話ではあるけれど。

 しかしもし学院に行けば、現実になるかもしれない。夢が予知夢である可能性も視野に入れるならば、危ない橋は渡らない方が賢明だ。

(そう。確か夢の中のわたしは最高学年になって最後くらい通ってみようかしら、って久しぶりに学院に行って、そこでいきなりレーモンに惚れるのよね)

 それまで何とも思っていなかった相手なのに間近でその姿を見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が身体に走り盲目的な恋に落ちてしまったのだ。

(レーモンに会ってはだめ。破滅の始まりよ!)

 絶対に学院に行くべきではない。

「わたし、これからも孤高の存在でいます!」
「それはそれで心配なんだが……まぁ、いい」

 どうやら納得してくれた……というより見逃してくれた気がするが、これ以上下手な言い訳を重ねずにすんでほっとする。

「それにしても、お前が笑顔で誤魔化すなんて、今日は雨が降るかもしれないな」
「いやですわ、お兄様ったら。わたしがいつも仏頂面で接しているような言い方をなさって」
「事実だろう。最近は食事も遅い時間帯で、部屋でとったりする。たまに私が声をかけても、そっけない態度ばかりで、いっそ話しかけなければよかったと後悔に駆られるくらいだ」

(だってあんな夢見たせいで、気まずいし、怖いんだもん)

 何が引き金になるかわからないのだ。極力接触は避けた方が無難だ。
 ……寂しい気持ちはあるけれど。

(それにしても、今日はよくしゃべるのね)

 いつもこんな感じだったろうか。久しぶりに顔を合わせたので、説教せねばならないと思ったのか。

「聞いているのか、イザベル」
「あ、はい」

 どう見ても聞いていなかったイザベルの態度に、フェリクスはため息をつく。

「何か欲しいものでもあるのか」

 その台詞にどきりとする。

『誕生日にあれだけ買ってやったというのに、まだねだるのか。……まぁ、いい。何か言ってみなさい』
『お兄様、わたし、レーモン様と結婚したいの!』
『殿下と? ……だめだ。お前にあの方の伴侶は務まらない』

 そんなやり取りを、夢の中で見たではないか。

「イザベル?」

 どきどきと高鳴る胸を押さえ、下を向くイザベルにフェリクスがどうかしたのかと立ち上がろうとする。彼女はそれを手で制し、顔を上げた。

「お兄様が珍しくそんなことをおっしゃったので、感動してしまったのです」
「……心配して損した」

 早く食べなさいと言って、いつの間にか先に食べ終えていたフェリクスは食堂を出て行ってしまった。

 イザベルはほっと息を吐く。

(やっぱり、もうあまり時間がないのかも)

 とにかく何か行動を起こさねばとぐっと拳を握りしめた。

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