買われた平民娘は公爵様の甘い檻に囚われる

りつ

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9、慣れない立場

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 結婚して、ようやくあと少しで一ヵ月になろうとしている。長く感じるのは、一日が始まると早く終わらないかな、という気持ちがどこかにあるせいかもしれない。

「奥様。こちらの帳簿にも目を通していただけますか」
「はい」

 ハーフォード公爵夫人となったセシリアに、家令やメイド長が細々とした確認を求めてくる。それほど難しいことではないのだが、誰かの目を意識する内容  であったり、人間関係を考慮した問題だったりするので、気を配る必要があり、神経を使う。

「あの、では来月臨月に入るメイドの代わりに、新しく人を雇うことはできますか?」
「はい。採用の方は、私どもの方で行っても?」
「そうですね……ええ。一任します。でも、なるべく若い子……長く続けてもらいそうな子がいいかもしれませんね」
「承知いたしました。奥様が嫁いできたばかりだというのに、早々に暇を与えることになり、申し訳ございません」
「妊娠なら、仕方がないわ……」
「ですが結果的に奥様や旦那様にご迷惑をおかけして……使用人としての自覚がございません」

 そのメイドは妊娠していたことをぎりぎりまで隠していたという。初期に発覚すれば、堕胎を勧められるか、早々に屋敷から追い出されることを危惧したためかもしれなかった。

「……あまり、責めないであげて。たぶん、いろいろ彼女も精いっぱいだったと思うから……できれば辞める時に、お給金を多く渡してあげて」

 セシリアがおずおずとそう言えば、家令やメイド長は目を丸くした。

「奥様がお望みならそうしますが……」
「なら、お願いね」

 二人は何か言いたげであった。

「奥様は使用人にお優しいのですね」

 戸惑った後の言葉に、一瞬セシリアはひやりとする。
 肩入れし過ぎだという意味だろうか。

 こういう時、生粋の貴族の奥方ならば冷たく見放すのが正しいのだろうか。

(でも、困った時に見捨てず温情をかけるのも、時には必要だとイライザ様もおっしゃっていたし、マナー本にも書いてあった)

 しかし、実際は違うのだろうか。

 内心びくびくするセシリアに、家令たちはそれ以上何も言わず、セシリアの言う通りに事を進めることを承諾し、部屋を後にした。

 一人になったセシリアは、顔を覆いはぁとため息をつく。

(呆れられたら、どうしよう……)

 自分の言動に自信を持ちたい。妊娠・出産は女性にとって、とても大変なことだ。だからどんな事情があれ、何かしらの援助はしてやりたかった。

 だが、使用人たちは単純にセシリアが心優しいと思うだろうか。

(お母さんがそうだったから、って思ったりするかな……)

 今のところ誰もセシリアの出自について尋ねたりしていないが、急に婚約者が変わった事情も含めて、知らないことはないと思う。

 表立って口にしない分、クライヴや家令を始めとした指導者の教育が行き届いているのだろう。ダウニング伯爵家では、何度か陰口を叩かれたことがあった。伯爵やイライザに知られると、厳しく咎められていたが……。

(別にお母さんがメイドだから気にかけた、っていう理由でもいいじゃない)

 母の身分を意識するような自分がひどく浅ましく、嫌な人間に思えた。そしてたかがメイド一人の処遇について決めるのにこんなにも神経を使い果たして、この先本当にやっていけるのか不安になる。

(小さい頃から人を使うのが当たり前の生活だったら、こんなこともパパッと決められるんだろうな……)

 セシリアは今まで使われる、命令される側だったのだ。ただ指示されたことに従い、言われたままに動けばよかった。それが逆の立場になり、その難しさを痛感していた。

「奥様。少々休憩なさってはいかがですか?」

 タバサがワゴンを押して部屋へ入ってきて、そう勧めた。

「奥様の好きなお菓子も用意しておりますから」
「ありがとう、タバサ……」
「ふふ。いいえ」

 タバサは微笑んで、手際よく茶器を用意していく。

(どうやったらもっと上手くやれるのか、いっそタバサに相談してみようかしら……彼女がダメなら、他の誰かに……でも、訊いたら心配させてしまうかもしれない……)

 こういう時、普通は誰に相談するのが正しいのだろう。

 イライザやドリュー夫人? それとも――

『夫婦とは、お互いに助け合って生きていくものですよ』

 彼女たちの助言に夫の顔を思い出し、セシリアは微妙な気持ちになった。


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