買われた平民娘は公爵様の甘い檻に囚われる

りつ

文字の大きさ
10 / 24

10、身体だけ

しおりを挟む
「――今日は何をしていた?」

 細長いテーブルの端と端に向き合って座り、カチャカチャと食器の鳴る音だけが響く中、クライヴが肉を切り分けながら訊いてきた。セシリアはナイフを止めて、答える。

「帳簿の確認と、メイドを雇う話をしました」
「そうか。他には?」
「他には……お茶をしましたわ。出されたチョコレートケーキが美味しくて……」

(あ、食事中に食べ物の話をしたら、はしたないかしら)

「甘いものが好きなら、食後にも用意させようか」
「えっ? あ、いえ、大丈夫です! ええっと、それよりクライヴ様の方は今日どうでしたか?」
「私の方もいつもと変わらない。議会に出席し、その後は友人と紳士クラブに寄って軽い世間話をした」
「そうですか……」

 成人し、爵位を受け継いだ貴族は貴族院に議席を有する。

 セシリアには想像のつかないことを論じているのだろう。あまり深堀りして、意見を求められたりなどしたら答える自信がなかったので、セシリアはそれ以上詳細を尋ねることはしなかった。

 だがそうすると他に話すこともなくなり、クライヴも会話を振ることはなかったので、二人はただ黙々と出された食事を胃に収めていった。

 その後部屋を移してクライヴの晩酌に付き添いながら、頃合いを見て湯浴みを勧め、先に入るよう言われたのでその通りにして、次にクライヴが済ませてくるとなったところで、セシリアはようやく一人になり肩の力を抜いた。

(クライヴ様といる時が、一番疲れるかも……)

 一番思ってはいけないことだが、事実であった。

(もう、寝てしまおうかしら)

 しかし夫婦そろって就寝するのが何となく決まりのように思え、躊躇われた。

(それに……)

「セシリア」

 名前を呼ばれ、どきりとする。日中であったらすぐに振り返っただろうが、なぜか今はできなくて、鏡台の前に座り続けた。

 クライヴはそんなセシリアを特に咎めることはせず、近寄ってきて、後ろから抱きしめた。熱い温もりと、自分と同じ石鹸の香りに彼自身の香りが混じった匂いがする。

「いいか?」

 首筋に彼の息がかかり、低い声が耳に響く。

 セシリアはもうそれだけで胸が苦しくなって、こくりと小さく頷くので精いっぱいだった。

「おいで」

 まるで子どものように手を引かれて寝台まで連れて行かれると、先に寝台に上がるよう促される。セシリアはルームシューズを脱いで上がり、枕元まで進むと、彼の方へ身体を向けた。

 クライヴはガウンを脱いで近くのソファへ放り投げると、下穿きだけの状態になって上がってきた。上半身を起こしていたセシリアをゆっくりと押し倒し、触れようとしたところで照明の明るさが気になったのか、サイドテーブルへ手を伸ばし、灯りを絞った。

 部屋の中は先ほどよりも暗くなったが、お互いの身体を照らすには十分であり、周りが暗い分スポットライトのように光を集めている気がして、セシリアはひどく落ち着かない。

 クライヴはそんなセシリアに気づかぬまま、あるいは気づいていても無視して、口づけしてきた。セシリアも諦めた心地で目を閉じて夫の背中に腕を回す。丁寧で、執拗とも言える愛撫を施されて一つに繋がると、徐々に激しく揺さぶられる。

「ぅ、ん、ん……あ、んっ、だめっ――……」

 声にならない悲鳴を上げ、セシリアは高みに昇る。一際強い締めつけに襲われたクライヴも快感の呻き声を漏らし、熱い飛沫を最奥へ放った。   

 二人はガクリと力尽き、汗ばんだ肌が触れて熱いのに退く気力もなく、抱き合ったまま荒い息を吐き続けた。

 セシリアは気怠い疲労に身を包まれながら、先ほどの熱に浮かされた自分が消えていき、冷静さを取り戻していくのを感じていた。

 どこか冷めた心地にもなるのは、食事の時は上手く話せずにいるのに、閨事だけは息が合ったように彼との親密さが増していくことに、これでいいのかしらという気持ちがあるからだろう。

(痛いより、ずっといいのだけれど……)

 快感を得られるようになったのも、クライヴのおかげだと思う。

 潤滑油も初めと二回目だけで、今はもう使っていない。彼が指で丁寧に解してくれたおかげで、すぐに濡れてしまうようになった。

(でも……)

 ようやく呼吸が整い、クライヴはゆっくりと起き上がった。

「身体は大丈夫か」
「はい……」

 じっと自分を見つめていたクライヴは何を思ったのか、身を屈めて、触れるだけの口づけを落とした。そしてまた視線を注いでくる。

 毎回あるこの時間にセシリアはいつも戸惑い、気まずさを覚える。

(何か、悪かったかしら)

 クライヴと一緒に過ごすようになって一ヵ月。それ以前の交流からも、彼は実に貴族らしく、紳士でありながら、感情をあまり表に出さなかった。それがどこか冷淡にも映り、夫婦の営みも淡白なのかなと思っていたセシリアは、その認識が間違いであったことを身をもって思い知らされた。

 いつもの落ち着いた様子からは想像もできぬほど激しく、まるで獣のように彼は自分を貪るのだ。セシリア以上にクライヴは妻の身体を熟知し、弱い所を遠慮なく責め立てて、絶頂へ導く。そして彼自身も、快楽を得るために容赦なくセシリアに熱をぶつけてくる。

 普段の彼を知っているからこそ、その激しさに困惑し、別人なのではないかとセシリアは思ってしまう。

(それとも、これが普通なのかしら……)

「おやすみ、セシリア」

 クライヴはもう、先ほどの荒々しい素振りなど微塵も見せず、後始末を終えてセシリアの夜着を整えてやると、隣に身体を横たえた。そうして規則正しい呼吸をしながら眠りに落ちていった。

 その横顔を見つめながら、セシリアは自分の夫は本当はどういう人なのだろうと思った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

悪女の最後の手紙

新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。 人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。 彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。 婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。 理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。 やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。 ――その直後、一通の手紙が届く。 それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。 悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。 表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

処理中です...