政略結婚だなんて、聖女さまは認めません。

りつ

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2.誑かした女

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 相手の女性はシャーロットという名前らしい。歳はメイベルとサイラスより二つ下の十六歳。ずいぶんと小柄で、華奢な感じは亡きクレア王妃を連想させた。大きな目に小さな鼻とふっくらとした唇。ビスクドールのような可愛らしい顔立ちをしており、サイラスと並ぶと、絵本に出てくる王子様とお姫様のように見えることだろう。

 メイベルはこいつが馬鹿王子を誑かした女か、と内心思ったものの、表情には微塵も出さず、親しみのある笑みを浮かべた。

「初めまして。シャーロット様。メイベルと申します」
「は、初めまして」

 シャーロットはふわふわとした亜麻色の髪を後ろに流しており、明るい黄色のドレスを身に纏っていた。妖精が実在したらこんな感じだろうか、とメイベルは思った。

「彼女はクライン卿の娘なんだ」

 クライン伯爵……長い歴史を持ち、王家に忠義を尽くしてきた貴族。陛下からの信頼も厚い。

(クライン家なら、まあ、なんとかなるかもしれない……)

「シャーロット様のご家族はこのことはご存知なのですか?」
「……い、いえ。サイラス様がまずはメイベル様にとのことで……」

 先ほどの剣幕を隣の部屋で聞いていたせいか、シャーロットは怯えるようにメイベルを見つめていた。別に取って食いやしないとメイベルは思ったが、今はとにかく話を進めることにした。

「それで、二人はいったいいつ愛を育んだというのかしら?」

 メイベルの言葉に白い頬を赤らめるシャーロット。

「そんな愛を育むなんて……」
「いいから質問に答えて。時間がないの」

 ぴしゃりと言い返すメイベルにシャーロットは子猫のように怯え、ごめんなさいと謝った。見かねたサイラスが代わりに答える。

「俺が十二歳の時だ。王宮で誕生日パーティーが開かれていて、庭園で迷っていたシャーロットに声をかけたのがきっかけだ」

 十二歳……誕生日パーティー……その時のメイベルは王妃教育の真っただ中でパーティーに出席した貴族の顔を必死に覚えようと苦戦していた。

(なのにこいつらはのんきに……)

「お、おい。また顔が怖くなってるぞ……」
「お気になさらないで?」

 話を続けろ、とメイベルは微笑んだ。

「それで……クライン卿が王都に来るときにシャーロットもついてきて、自然と顔合わせするようになった」

 気づけばいつの間にかお互い好きになっていた、というわけだ。ありきたりで、よくある話。

(まさか自分の身に起こるなんてね……)

「メイベル。俺は父上に……陛下に頼んでみる。それと、宰相のエヴァレットにも」

 国王陛下はなんだかんだ言って息子であるサイラスに甘い。宰相のエヴァレット公爵は教会が政治に口を出すことを嫌っている。加えてシャーロットの父であるクライン伯爵とも仲が良い。

(彼らがサイラスの結婚を後押ししてくれれば、何とかなるかもしれない、か……)

 いちおうサイラスにも考えはあったようだ。ただの偶然かもしれないが。

(偶然もある意味運命なのかもしれないわね……)

 ふぅ、とため息をつきメイベルは幼馴染の顔を見つめた。

「本当に、その子と結婚したいの?」
「ああ」
「議会や教会に間違いなく反対されるわよ?」
「覚悟の上だ」
「私を捨ててまでその子を選ぶの?」

 メイベルのその言い方が意外だったのか、サイラスが目を見開いた。目を逸らし、黙り込む。やがてこちらを見ないまま、彼はああと掠れた声で頷いた。

「……お前にはすまないと思っている。それでも俺は、シャーロットが好きだ」

 自分は選ばれなかった。メイベルは目を閉じ、いろんな感情が押し寄せてきたが、次に目を開けた時にはいつもの毅然とした態度で彼に言った。

「わかったわ。ならやってみなさい」
「……! ありがとう! メイベル!!」

 ぱぁっとサイラスは顔を輝かせた。その無邪気な様子に腹が立つより呆れてしまった。

「あのね、言っとくけど私一人が認めても仕方がないのよ? 大変なのはこれからなんだから」
「わかってる! まずは父上たちを説得してくる!」

 行こうシャーロット! と彼女の手を取るサイラスにメイベルは待ってと呼び止めた。

「その子は置いていって」
「なぜ?」
「話がしたいの。二人っきりで」

 女同士の、大切な話をしなければならない。
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