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〈最高の誕生日〉前編
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※この回より以降の回は『最後の日記』の小説との繋がりや重なる部分が特に多いので、両方読んで頂けると、より言葉の本当の意味が分かります
純子ちゃんは、石が左目上にぶつかってから一時的に視力が悪くなったが……
出血の腫れで圧迫された影響だったようで、腫れが引くと回復したので安心した。
それから数ヶ月後の1945年11月15日の朝、純子ちゃんは僕に思わぬ事を言った。
「源次さん、誕生日おめでとう! 私、一緒に行きたい所があるの。付き合ってくれる?」
そう言われて手を引かれた先は、僕達の悲しい思い出がある成田山のお寺だった。
空襲の爆撃で純子ちゃんが大怪我をした場所であり、空襲で亡くなってしまった浩くんを荼毘に付した場所でもあるから行くのを避けていたのに……
「純子ちゃん、どうしてこの場所に? そういえば思い出したんだけど……初めて此処に来た時、なんで『成田山?』って驚いてたの? 結局、参拝もしなかったし……」
「やっぱり知らないか……あの日、神田明神に参拝したでしょ? 神田明神と成田山のお寺を一度に参拝すると、災いが起きると言われているの……歴史的に神田明神は平将門公をお祀りしている神社で、成田山のお寺は将門公に呪いをかけた場所だと言われているから……」
「そ、んな……じゃあ浩くんの事も父さんの事も僕のせいじゃないか! 僕がその歴史を知っていれば連れて来ることはなかった……浩くんと一緒に、あんなこと願わなければ……」
「違うわ、源次さん! あなたのせいじゃない! 本当にそんな影響があるのか誰にも分からないけど、絶対に源次さんのせいじゃない!」
「知っていれば防げたのに、知らなかったから起きてしまった悲劇もあるじゃないか! 家の中の防空壕みたいに!」
「源次さん、私ね……戦争って大嫌い! お互いを憎んで傷つけあって呪いあって、偉い人が正義のためとか言って人殺しを正当化して! それって結局、新たな不幸を生んだだけじゃない! だから、これからは……人を呪ったり不幸を願うんじゃなくて、光ちゃんみたいに人の幸せを願える世の中になって欲しいなって……」
「そうだね……」
「だからね、ここは悲しい場所だけど……どうしてもやりたい事があって此処に来たの」
「どうしてもやりたい事って?」
「私、浩ちゃんとバイバイする時にね……『痛かったね』、『よく頑張ったね』って言うことしかできなかったから……あの子が大好きだった歌、歌ってあげたいの」
「大好きな歌?」
「『浜辺の歌』……この歌の歌詞を書いた人はね。会ったことはないんだけど神田出身の人なの……だからかな? 浩ちゃんは、この歌が一番好きだった」
そう言うと純子ちゃんは『浜辺の歌』を歌った。
浩くんへの子守唄で歌っていたであろう、慈愛に満ちた聖母のような歌声で……
~~~~~~~~~~
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星のかげも
はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すでにいえて
浜辺の真砂 まなごいまは
~~~~~~~~~~
悲しみを乗り越えようとする、その歌声は切なさに満ちていた。
まるで戦争で犠牲になった全ての人の安寧と幸せを、天に祈るような声だった。
僕はいつの間にか涙を流していて……歌い終わった彼女に拍手をしていた。
「ありがとう純子ちゃん! 感動したよ、今までで一番! なんか浩くんだけじゃなくて、ヒロ達や、おじさんおばさんや、父さんや色んな人達にも届いた気がした……」
「ありがとう、源次さん」
「出征前の『故郷』といい昔から君の歌には救われてばかりだ……東京大空襲の時も、君の歌は真っ暗闇にいた人達にとって希望の光みたいだったよ。迷った時の北極星みたいに君の歌はいつだって僕達を励ましてくれた」
「そんな……大げさよ……」
「不思議だよね、歌って……長い文章は覚えられないのに、歌は長くても自然と覚えてる。子守唄も童謡も何年も前に生まれた歌なのに、みんな知ってて歌い継がれて、日本人の心に残ってる……」
「確かにそうだわ……」
「音楽には時間や場所を超える力があるのかもしれないね……たとえ作った人が亡くなっても、作った歌は歌い継がれ、歌に込められた思いは生き続ける……」
純子ちゃんは、石が左目上にぶつかってから一時的に視力が悪くなったが……
出血の腫れで圧迫された影響だったようで、腫れが引くと回復したので安心した。
それから数ヶ月後の1945年11月15日の朝、純子ちゃんは僕に思わぬ事を言った。
「源次さん、誕生日おめでとう! 私、一緒に行きたい所があるの。付き合ってくれる?」
そう言われて手を引かれた先は、僕達の悲しい思い出がある成田山のお寺だった。
空襲の爆撃で純子ちゃんが大怪我をした場所であり、空襲で亡くなってしまった浩くんを荼毘に付した場所でもあるから行くのを避けていたのに……
「純子ちゃん、どうしてこの場所に? そういえば思い出したんだけど……初めて此処に来た時、なんで『成田山?』って驚いてたの? 結局、参拝もしなかったし……」
「やっぱり知らないか……あの日、神田明神に参拝したでしょ? 神田明神と成田山のお寺を一度に参拝すると、災いが起きると言われているの……歴史的に神田明神は平将門公をお祀りしている神社で、成田山のお寺は将門公に呪いをかけた場所だと言われているから……」
「そ、んな……じゃあ浩くんの事も父さんの事も僕のせいじゃないか! 僕がその歴史を知っていれば連れて来ることはなかった……浩くんと一緒に、あんなこと願わなければ……」
「違うわ、源次さん! あなたのせいじゃない! 本当にそんな影響があるのか誰にも分からないけど、絶対に源次さんのせいじゃない!」
「知っていれば防げたのに、知らなかったから起きてしまった悲劇もあるじゃないか! 家の中の防空壕みたいに!」
「源次さん、私ね……戦争って大嫌い! お互いを憎んで傷つけあって呪いあって、偉い人が正義のためとか言って人殺しを正当化して! それって結局、新たな不幸を生んだだけじゃない! だから、これからは……人を呪ったり不幸を願うんじゃなくて、光ちゃんみたいに人の幸せを願える世の中になって欲しいなって……」
「そうだね……」
「だからね、ここは悲しい場所だけど……どうしてもやりたい事があって此処に来たの」
「どうしてもやりたい事って?」
「私、浩ちゃんとバイバイする時にね……『痛かったね』、『よく頑張ったね』って言うことしかできなかったから……あの子が大好きだった歌、歌ってあげたいの」
「大好きな歌?」
「『浜辺の歌』……この歌の歌詞を書いた人はね。会ったことはないんだけど神田出身の人なの……だからかな? 浩ちゃんは、この歌が一番好きだった」
そう言うと純子ちゃんは『浜辺の歌』を歌った。
浩くんへの子守唄で歌っていたであろう、慈愛に満ちた聖母のような歌声で……
~~~~~~~~~~
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星のかげも
はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すでにいえて
浜辺の真砂 まなごいまは
~~~~~~~~~~
悲しみを乗り越えようとする、その歌声は切なさに満ちていた。
まるで戦争で犠牲になった全ての人の安寧と幸せを、天に祈るような声だった。
僕はいつの間にか涙を流していて……歌い終わった彼女に拍手をしていた。
「ありがとう純子ちゃん! 感動したよ、今までで一番! なんか浩くんだけじゃなくて、ヒロ達や、おじさんおばさんや、父さんや色んな人達にも届いた気がした……」
「ありがとう、源次さん」
「出征前の『故郷』といい昔から君の歌には救われてばかりだ……東京大空襲の時も、君の歌は真っ暗闇にいた人達にとって希望の光みたいだったよ。迷った時の北極星みたいに君の歌はいつだって僕達を励ましてくれた」
「そんな……大げさよ……」
「不思議だよね、歌って……長い文章は覚えられないのに、歌は長くても自然と覚えてる。子守唄も童謡も何年も前に生まれた歌なのに、みんな知ってて歌い継がれて、日本人の心に残ってる……」
「確かにそうだわ……」
「音楽には時間や場所を超える力があるのかもしれないね……たとえ作った人が亡くなっても、作った歌は歌い継がれ、歌に込められた思いは生き続ける……」
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