だから僕は音楽をやめた

那須与二

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2018 7/1 「夜紛い」

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夜かと見紛うほどに暗い夕焼けすらも、いつかは忘れてしまうのだろうか。
切ない歌も優しい歌も消してしまいたい。
あの時、心の中を怒りで満たすことが出来ていれば。
いっその事怒りに運命を任せることが出来ていれば。


ちょうどここから、海の向こうにある。
ゴットランド島、ヴィスビュー。
かつての貿易都市。
もう1000年以上前の話だ。
しかしそこにはまだその頃の風景が色濃く残っている。

「輪壁」と呼ばれる城壁が街をぐるりと囲っている。
ヴァイキングの襲来から街の民を守るためのものだったのだろう。
当時の、国民の命を守るために決死の覚悟で壁と共に戦った戦士の姿を想像するのは容易かった。


一体、僕の壁は何から何を守ろうとしているんだ。


「6/30 明日、ここを出発する。行き先は海の上の街、ヴィスビュー。
そういえば今日は、ガムラスタンの街角で歌ってる少年を見かけた。
等身大を歌うだとか、名もない花がきれいとか、
大方そんなとこだった。
なんでそんなどうでもいいことばっか歌うんだ。


───詰まんない歌だな。


拳銃を向ける。
歳の割には高い、魅力的な声が耳障りだ。
賑やかな周りの観客に気付く。


───なぜ、手を叩いている。


構えていた"それ"は重みのあるマシンガンへと姿を変えた。



躊躇なく、引き金を引く。が、火花は散らない。
構えていた"それ"は霧となって粉々に消えた。


この世は、僕には難解だった。」



繋がる、昨夏の記憶。

碧すぎる空の下、全てが面倒くさくなる昼下がり。

バイトを辞めて一日中ギターと万年筆だけを握っていた自分を思い出す。
いや、これはもっと前の記憶だ。


空いた教室、風が吹いてなびくカーテン。
窓際に覗く、入道雲。
あの頃はあの人と2人で詩を描いていた。

あの人は麦わら帽子が良く似合う、爽やかな女性だった。毎日、同じワンピースを着ていた。

あの人が創る詩と音楽はとても綺麗だった。
夏草色のインクがあの人の言葉を具現化した。
あの人の言葉は寂しい夏の匂いがした。
深い木の色のギターを静かに弾き、淡い歌声で詩を口ずさんでいた。

あの人が言っていた言葉を思い出す。


「人生っていうのは終わり方なんだって、思うね。
今までたくさんの人を見てきた。何度も何度も。
芸術は模倣だとか、芸術は人生だとか、みんな面白かったよ。」


僕はいつしかあの人の言葉を真似しだした。
僕はいつしかあの人のギターを真似しだした。
まるで夏の亡霊に取り憑かれたかのように。


僕はいつから気付いていたのだろうか。
最初からあの人はいなかったのだ。
夏が終わるとあの人は消えた。

後ろ指を指された。
思い出を笑われた。
言い返さないだけ辛いのに、分かっていたのに、言い返せなかった。

そして、今に至るまで思い出すことが出来なかっただなんて。


最低だ。
僕の全部、最低だ。



蘇った記憶は酷いものだった。


こんなもの、思い出さなければよかった。
ぽっかりと穴が空いたままだったほうがどれだけマシだったか。

あの人は今まで、一体どれだけ多くの人の心に穴を空けてきたのだろうか。


僕もそれに憧れた。


気が付くと、自分の目は言う事を聞かないようにすっかり閉じようとしていた。
夜を咀嚼する暇もなかった。
再び目が開く頃には朝日が目の前にいた。


……なんの話だっけ。

そうだ、海を渡る準備をしよう。


どこからか、潮風が吹いてきた。
どこからか、夏の匂いがした。
どこからか、懐かしい匂いがした。









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