フェリシアン・シンドローム

九條 連

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第3章

第1話(1)

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 昼休みに入って三〇分ほどが経過した社食は、そこそこ混み合っていた。
 午後から会議で使う予定の資料作りをしているうちに、いつのまにかこんな時間になっていた。

 先に食事に出て戻ってきた部内の男性社員があとの作業を引き受けてくれ――といっても、できあがった資料を会議室に運んで配布準備をするだけだったが――上には自分から報告しておくので、一時間ゆっくり休んでくるようにと送り出してくれた。
 どうせだから外に食べに出てもよかったのだが、今日はあいにくの雨天で、わざわざ傘を持って出る気もしない。安いし手近なところでいいかと、地下一階にある社員食堂に足を運んだ。


 開放された出入り口右手奥にカウンターがあり、トレイを手に、進路にしたがってサラダや総菜類を好みで取っていくか、あるいは直接、厨房にうどんやラーメンを頼むこともできる。群司はグラスにアイスウーロン茶をなみなみ注いで、カウンターでカツカレーを注文した。

「若い子はしっかり食べないとね」

 割烹着姿のおばちゃんが、笑顔でサービスしといたよと大盛りの皿をトレイに乗せてくれた。別段小食というわけではないが、若さだけで体育会系のノリを期待されても困る。苦笑いで礼を言いつつ会計を済ませ、空席を探した。
 食堂内の外周をぐるっと埋める二人掛け、四人掛けなどのテーブル席はほぼ埋まっており、中央に列を作っている長テーブルのあいだをゆっくりと進む。中程の通路の一番奥、端の席がちょうど空いていた。

「すみません、ここ、失礼してもいいですか?」

 基本、席が空いていればどこでも自由に利用してかまわないのだが、念のため、隣と正面に断りを入れる。隣は二十代半ばくらいの女性社員ふたり連れで、並んで座って食事をしていたようだが、会話を止めてどうぞどうぞと愛想よく応えてくれた。そして、正面にいた男性社員はおそらく三十前後。その隣にも人は座っていたが、こちらは単独で食事をしているようだった。

 ワイシャツにネクタイ。ほとんどの男性社員がそうであるように、上着は羽織っておらず、カジュアルなスタイルで食事を摂っている。眼鏡をかけていることはわかるが、やや明るい色合いの長めの前髪が目もと近くまで覆っていて、俯き加減のその顔はよく見えなかった。
 周りにはいっさい関心がないのだろう。群司が声をかけてもほとんど反応を示さず、手にした味噌汁を黙々と口に運んでいた。

 ダイコンのそぼろ餡かけに煮魚、ほうれん草の胡麻えといったメニューで、食べはじめたばかりのようだが全体に量が少ない。ご飯も茶碗に軽く半分といったところで、周辺にいる女子社員のほうが余程食べているのではと思われた。
 あんなもので足りるのだろうかと、他人事ながら心配になる。
 食事量に見合った細身の体型で、白衣こそ着ていないが、研究職畑の人間といった雰囲気を持ち合わせていた。ひょっとして、創薬本部の人間だろうか。

 とりあえず了承は得たものとして群司も席に着き、通常より軽く三~四割増しになっているだろうカツカレーを食べはじめる。食べながらも、なんとなく視界に入るので、正面にいるその人物をぼんやりと眺めていた。

 とりたててじろじろ不躾ぶしつけな視線を送ったつもりはない。今後のことについて思案を巡らせるうち、無意識のうちに視界に入るものを目で追っていたというのが正しい。だが、機械的に食べ物を口に運んでいるふうだった相手が、不意に群司のほうへ視線を向けた。直後に、小さく息を呑む。いや、大勢の社員たちで賑わう食堂内にあって、実際にその音が聞き取れたわけではない。ビクッとかすかに反応した躰の動きと口の形から、群司がそう感じただけだった。
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