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第3章
第2話(3)
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「失礼します」
会議室のドアをノックして中に入ると、すでに三、四十人の人間が集まっていた。その中から坂巻班のひとり、豊田を見つけて近づいていく。
「豊田さん、すみません、これ、坂巻さんから追加で預かってきました」
「ああ、ご苦労さま。助かったよ。で、主任は?」
「パワーポイントの内容、最終チェックしてからいらっしゃるそうです」
「了解。じゃあ、もうそろそろかな」
言いながら、腕時計を確認する。そして、すぐそばにいた女性社員に群司が届けた書類を手渡して、追加で配るよう指示を出した。
「あの、俺、見学させてもらってもいいですかね? よければ一緒にって、坂巻さんからも許可いただいたんで」
「ああ、いんじゃない? 八神くんもデータまとめ手伝ってくれたしね。待って、いま席用意するから」
ありがとうございますと礼を述べて、邪魔にならないよう部屋の隅に移動する。会議室のスペースに合わせ、楕円に並べられたテーブルに等間隔に椅子が配置されていた。側面の壁の一方には巨大なプロジェクター。テーブルに着けるのはせいぜい二十名ほどで、それ以外は後方に椅子のみが用意されていた。会議を見学するとなれば、群司の席もその並びに用意されるのだろう。
ざっと見渡す中で、プロジェクターにより近い席にひとりの女が座っている。年齢は二十代後半くらい。身につけている服や装飾品、手入れの行き届いた髪や肌、爪など、一見してすぐにただの会社員などでないことがわかる。纏っているオーラそのものが、一般人とはあきらかに異なっていた。
おそらくはあれが、噂の社長令嬢なのだろう。たしかに、女優と言っても通るような華やいだ美貌の持ち主だった。
手もとの書類に目をやりながら、隣に座る人物となにごとかを真剣に話し合っている。
何気なく視線を横に移して、群司はかすかに目を瞠った。そこに座っていたのは、つい先程、食堂で群司の真正面に座っていたあの男だった。
どうやら縁があるらしいと、群司はその存在をあらためて脳内にインプットする。相変わらず俯きがちで、長すぎる前髪に隠れた表情はよく見えないが、妙齢の美女、しかもこの会社を将来的には引き継ぐ予定の相手に対して、愛想よく対応している様子は見受けられない。それにもかかわらず、なにごとかを話しかけた令嬢は、それに対して生真面目に受け答えた男に楽しげな様子を見せて笑った。軽やかな笑い声が、離れた場所にいる群司にまで聞こえてくるようだった。
その彼女に、複数の男たちが近づいて声をかける。天城製薬の専務と常務、それから創薬本部の本部長。直接関わったことがなくても群司でさえ知っている、会社の重鎮たちだった。
来訪した社長令嬢が会議に出席すると聞いて急遽自分たちも参加することにし、仕事熱心をアピールするためにわざわざ挨拶に行った、といったところだろう。
追従たっぷりの愛想笑いは傍で見ていてもまるわかりだというのに、立ち上がって古狸たちと向き合ったご令嬢は、花が開くような笑みを浮かべて挨拶を返している。人間ができていると言うべきか、はたまた、たんなる世間知らずなのか。
会議室のドアをノックして中に入ると、すでに三、四十人の人間が集まっていた。その中から坂巻班のひとり、豊田を見つけて近づいていく。
「豊田さん、すみません、これ、坂巻さんから追加で預かってきました」
「ああ、ご苦労さま。助かったよ。で、主任は?」
「パワーポイントの内容、最終チェックしてからいらっしゃるそうです」
「了解。じゃあ、もうそろそろかな」
言いながら、腕時計を確認する。そして、すぐそばにいた女性社員に群司が届けた書類を手渡して、追加で配るよう指示を出した。
「あの、俺、見学させてもらってもいいですかね? よければ一緒にって、坂巻さんからも許可いただいたんで」
「ああ、いんじゃない? 八神くんもデータまとめ手伝ってくれたしね。待って、いま席用意するから」
ありがとうございますと礼を述べて、邪魔にならないよう部屋の隅に移動する。会議室のスペースに合わせ、楕円に並べられたテーブルに等間隔に椅子が配置されていた。側面の壁の一方には巨大なプロジェクター。テーブルに着けるのはせいぜい二十名ほどで、それ以外は後方に椅子のみが用意されていた。会議を見学するとなれば、群司の席もその並びに用意されるのだろう。
ざっと見渡す中で、プロジェクターにより近い席にひとりの女が座っている。年齢は二十代後半くらい。身につけている服や装飾品、手入れの行き届いた髪や肌、爪など、一見してすぐにただの会社員などでないことがわかる。纏っているオーラそのものが、一般人とはあきらかに異なっていた。
おそらくはあれが、噂の社長令嬢なのだろう。たしかに、女優と言っても通るような華やいだ美貌の持ち主だった。
手もとの書類に目をやりながら、隣に座る人物となにごとかを真剣に話し合っている。
何気なく視線を横に移して、群司はかすかに目を瞠った。そこに座っていたのは、つい先程、食堂で群司の真正面に座っていたあの男だった。
どうやら縁があるらしいと、群司はその存在をあらためて脳内にインプットする。相変わらず俯きがちで、長すぎる前髪に隠れた表情はよく見えないが、妙齢の美女、しかもこの会社を将来的には引き継ぐ予定の相手に対して、愛想よく対応している様子は見受けられない。それにもかかわらず、なにごとかを話しかけた令嬢は、それに対して生真面目に受け答えた男に楽しげな様子を見せて笑った。軽やかな笑い声が、離れた場所にいる群司にまで聞こえてくるようだった。
その彼女に、複数の男たちが近づいて声をかける。天城製薬の専務と常務、それから創薬本部の本部長。直接関わったことがなくても群司でさえ知っている、会社の重鎮たちだった。
来訪した社長令嬢が会議に出席すると聞いて急遽自分たちも参加することにし、仕事熱心をアピールするためにわざわざ挨拶に行った、といったところだろう。
追従たっぷりの愛想笑いは傍で見ていてもまるわかりだというのに、立ち上がって古狸たちと向き合ったご令嬢は、花が開くような笑みを浮かべて挨拶を返している。人間ができていると言うべきか、はたまた、たんなる世間知らずなのか。
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