フェリシアン・シンドローム

九條 連

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第3章

第2話(8)

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「あ~、そうですね。今後の研究の流れによっても結果は異なってくるので現時点で明言することは難しいんですが、どういう結果であるにせよ、汎用性についてはそれなりに高いものが期待できるんではないかと考えています。むしろそうなることを期待して、我々もこれまでの研究を進めてきているので」
「では、薬を服用することで、遺伝子情報の書き換えも可能になりうるということでしょうか?」

 群司はさらに切りこんだ。

「たとえば、取得した個人の遺伝子情報の中から発症の可能性がある疾患を特定して、発症前に修復をうながす、といったような」
「そうですね。現段階ではまだそこまでには至っていませんが、研究や開発が進んでいく中で、そういったことも実現していく可能性は充分あると思います」
「そうなると今後は、疾病にかぎらず、個人の希望に合わせて遺伝子情報をデザインしていく時代が来ることも夢ではない。そういう認識で間違いないでしょうか? 受精卵の段階で編集するのではなく、生を受けたそのあとで」
「まあ、さすがに手術を受けずに性転換するとか、そこまでは難しいでしょうが、不可能ではないかと思います。いえ、いずれはそういうことも可能になる時代が来るかもしれませんが」
 そう言ったあとで、ただしと坂巻は付け加えた。

「クローンやデザイナーベビーでも言及されたように、こういった案件には必ず倫理面の問題が付随してきますので、技術的な部分とはまた違ったところで、難しい問題も出てくるでしょう。そこだけは、研究を志す者としてつねに念頭に置いておくべきかと思います」
「なるほど、たしかにそうですね。ありがとうございました、とても参考になりました。議題からは少し脱線した質問になってしまって申し訳ありませんでした」
「いやいや、大変興味深い質問内容でした。八神くん自身も研究者の道を歩んでいる真っ最中ですので、うかうかしてると我々はあっという間に追い抜かれてしまいそうだけど、それはそれで頼もしいかぎり。期待してます。新薬開発の先駆者となったあかつきには、ぜひともこちらから教えを請いたいところです。でも就職するんだったら、余所に行かないで絶対うちに来てね。また焼き肉でもなんでも、好きなもの奢るからさ。絶対だよ!――あ、いまのは完全に買収なので、皆さん、ここだけのオフレコにしてください。連帯責任ですよ?」

 ふたたび会場内の笑いを誘って、会議は終了となった。
 室内の空気がやわらぎ、出席者たちは皆、思い思いに荷物をまとめはじめる。群司も、配付された資料を手に、席を立った。前方では、プロジェクターなどの機材を坂巻班のメンバーが片付けはじめていた。
 ひと仕事を終え、肩と首の凝りをほぐすような仕種をした坂巻に、飛び入り参加した重役たちがねぎらいの言葉をかける。坂巻は途端に居ずまいを正し、恐縮した様子で頭を下げた。
 彼らは鷹揚に笑いながら坂巻の肩をポンポンと叩き、会議室を出て行く。人の波が落ち着いた頃合いを見計らって、群司は坂巻たちの許へ足を向けた。

「お疲れさまでした」

 声をかけた群司の顔を見るなり、坂巻は眉根を寄せて笑う。
「も~、群ちゃん、勘弁してよ。変な汗出ちゃったじゃん」
「すみません。ほかに質問の声が挙がらなさそうだったので、つい」
 本心ではまんざらでもなさそうな口調で文句を言われて、群司も笑いながら謝罪した。
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