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第16章
第1話(1)
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入室した瞬間に、群司はその部屋の用途を理解した。
壁一面に据えられている、いくつものモニター画面。
ロビー、劇場内、通路、地下フロア各所、本邸パーティー会場とその周辺箇所。
すべてのモニターに、それらの様子がつぶさに映し出されていた。むろん、ステージ上の様子も確認できる。劇場内にいたときから、否、本邸で会話を盗み聞いたことも含めて、自分の動きはすべて把握されていたのだろう。
「随分慌てて会場を抜け出したようだけれど、なにか、気になることでもあった?」
黒服の男たちに連行されてきた群司を見て、ソファーの肘掛けにもたれた天城瑠唯は悠然と笑った。
「まだショウの途中なのだけれど、あなたには退屈だったかしら」
天城瑠唯のまえに引き出された時点で、群司は後ろ手に手錠をかけられていた。
「なぜ、あんなことを? あんな無関係の人を、実験台にするような真似……」
変わらず男たちに両わきを固められながら、群司は目の前の相手を問いつめた。その様子を見守っていた令嬢が、愉快そうに口の端を上げる。
「無関係じゃないわ。本人が自分からそうしたいって言ってきたんだから」
「そんなわけないじゃないですか! 息子さんを病気で喪って苦しんでた人が、たとえ逆恨みだったとしても天城製薬で創られたものを口にするなんてあり得ない!」
「嘘は言っていない」
天城瑠唯は昂然と断言した。
「たしかに人殺しだの子供を返せだのと、最初はうるさかったがね。真相を暴いてやるなどと身辺を嗅ぎまわって鬱陶しかったから、始末してやろうかとも思ったんだが、途中からおとなしくなった」
「途中から?」
「そんなに子供が恋しいのなら、望みどおり再会させてやると言ったんだ」
ガラリと変わった口調。これまでかぶっていた仮面を、眼前の人物はあっさり捨て去った。
「あの男は余程死んだ息子に会いたかったんだろうね。そのひと言であっさり従順になったよ。まあ、その気持ちは私にもよくわかる。わかりすぎるほどね。だから哀れに思って、情けをかけてやることにしたんだ」
「あんた、最低だな」
腹の底から湧き上がる怒りを押し殺して、群司は吐き捨てた。
「最低なものか。私は人生に絶望して、悲嘆に暮れていた男に生きる希望を与えてやったんだ」
「その結果が、あの悪趣味極まりない見世物だと?」
群司の言葉に、ルージュの引かれた艶やかな口唇から低い笑い声が漏れた。
「君にはすっかり嫌われてしまったようだ。残念だよ、君となら上手くやっていけそうだと思っていたんだけどね」
「無理ですね。こんな人の生命と心を弄ぶような人間と、相容れることなんて俺にはできない」
「弄ぶだなんて心外だな。そんなつもりは毛頭ないよ。私はむしろ、人々の望みを叶え、幸せにするために尽力しているのだから」
「その尽力した結果があれですか?」
群司は舞台を映しているモニターのひとつを顎先で示した。そこに、いまなお荒れ狂う、藤川の成れの果てともいえる姿があった。
観客への安全を配慮したためだろう。リング上に鉄の檻が下ろされている。その中に閉じこめられ、暴れながら咆吼を放つ一頭の獣。その躰つきは群司が会場で目にしたときより、さらに筋肉が発達して全体に膨れ上がっているように見えた。
壁一面に据えられている、いくつものモニター画面。
ロビー、劇場内、通路、地下フロア各所、本邸パーティー会場とその周辺箇所。
すべてのモニターに、それらの様子がつぶさに映し出されていた。むろん、ステージ上の様子も確認できる。劇場内にいたときから、否、本邸で会話を盗み聞いたことも含めて、自分の動きはすべて把握されていたのだろう。
「随分慌てて会場を抜け出したようだけれど、なにか、気になることでもあった?」
黒服の男たちに連行されてきた群司を見て、ソファーの肘掛けにもたれた天城瑠唯は悠然と笑った。
「まだショウの途中なのだけれど、あなたには退屈だったかしら」
天城瑠唯のまえに引き出された時点で、群司は後ろ手に手錠をかけられていた。
「なぜ、あんなことを? あんな無関係の人を、実験台にするような真似……」
変わらず男たちに両わきを固められながら、群司は目の前の相手を問いつめた。その様子を見守っていた令嬢が、愉快そうに口の端を上げる。
「無関係じゃないわ。本人が自分からそうしたいって言ってきたんだから」
「そんなわけないじゃないですか! 息子さんを病気で喪って苦しんでた人が、たとえ逆恨みだったとしても天城製薬で創られたものを口にするなんてあり得ない!」
「嘘は言っていない」
天城瑠唯は昂然と断言した。
「たしかに人殺しだの子供を返せだのと、最初はうるさかったがね。真相を暴いてやるなどと身辺を嗅ぎまわって鬱陶しかったから、始末してやろうかとも思ったんだが、途中からおとなしくなった」
「途中から?」
「そんなに子供が恋しいのなら、望みどおり再会させてやると言ったんだ」
ガラリと変わった口調。これまでかぶっていた仮面を、眼前の人物はあっさり捨て去った。
「あの男は余程死んだ息子に会いたかったんだろうね。そのひと言であっさり従順になったよ。まあ、その気持ちは私にもよくわかる。わかりすぎるほどね。だから哀れに思って、情けをかけてやることにしたんだ」
「あんた、最低だな」
腹の底から湧き上がる怒りを押し殺して、群司は吐き捨てた。
「最低なものか。私は人生に絶望して、悲嘆に暮れていた男に生きる希望を与えてやったんだ」
「その結果が、あの悪趣味極まりない見世物だと?」
群司の言葉に、ルージュの引かれた艶やかな口唇から低い笑い声が漏れた。
「君にはすっかり嫌われてしまったようだ。残念だよ、君となら上手くやっていけそうだと思っていたんだけどね」
「無理ですね。こんな人の生命と心を弄ぶような人間と、相容れることなんて俺にはできない」
「弄ぶだなんて心外だな。そんなつもりは毛頭ないよ。私はむしろ、人々の望みを叶え、幸せにするために尽力しているのだから」
「その尽力した結果があれですか?」
群司は舞台を映しているモニターのひとつを顎先で示した。そこに、いまなお荒れ狂う、藤川の成れの果てともいえる姿があった。
観客への安全を配慮したためだろう。リング上に鉄の檻が下ろされている。その中に閉じこめられ、暴れながら咆吼を放つ一頭の獣。その躰つきは群司が会場で目にしたときより、さらに筋肉が発達して全体に膨れ上がっているように見えた。
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