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第16章

第1話(3)

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「能力があるからこそ、兄貴は単独で真相を暴く直前までたどり着いて、なんとしてもこの凶行を止めようとしたんだ。フェリス博士のことについて、兄貴がどこまで調べていたのか俺にはわからない。残された記録の中に、そこまでの情報はなかったから。それでも『天城瑠唯』の実体がわかれば、フェリス博士の身に起こったことは容易に想像がつく」
「なるほど、君たち兄弟ふたりの共同作業の結果、見事に真相に迫ることができたというわけだ」
 美しい兄弟愛だと天城瑠唯――否、娘の皮をかぶった天城嘉文は嗤った。

 知らぬ間に、そんな相手に詰め寄ろうとしていたのだろう。群司は黒服のひとりに乱暴に引き戻されてわずかによろけた。その黒服を撥ね除けるように両足を踏ん張る。

「なぜフェリス博士を殺したんです? 博士がいれば、あんたの望む薬はもっと早い段階で完成させられたはずだ。開発にこれほどの時間や労力を費やさなくて済んだんじゃないですか?」
「そうできるなら、そうしていたさ」

 天城嘉文は皮肉げに鼻を鳴らした。

「私だって必死だった。娘の生命がかかっていたんだ。金は惜しまないし、望むなら好きなだけ地位も名誉もくれてやると何度も足を運んで交渉を持ちかけた。土下座までして事情を訴えた。だが、奴は決してうんと言わなかった。それどころか研究をすぐにも中止して、発見した物質も、これまでの記録データもすべて破棄するとまで言い出した。あり得ないだろう?」

 当時を思い出してか、その声が興奮に上擦った。

「人生を懸けた研究、それも世紀の発見ともいえる成果をあげていながら、あの男はそのすべてを途中で放棄しようとしたんだ。すべてなかったことにしようとした。なんとか思いとどまらせようと私なりに精一杯手を尽くした。けれども、すべてが遅かった。必死で説得しているさなかに娘の訃報が届いた。私は間に合わなかったんだ」
「だから殺した、と?」
「直接手を下したわけじゃない。彼には《フェリス》の発見者として、その物質の効力のほどをたしかめてもらうことにした。その身をもってね。それだけだよ」

 実験台にした、ということである。藤川と同様に。

「まだあのころは、フェリスも人で試せるまでには仕上がってなかったからね。それでも動物実験の段階では、そこそこの成果を出していた。だから直接、発見者である博士本人に自分の研究成果を確認してもらったんだ」

 フェリスの開発権を博士から委譲というかたちで奪うまでは、生きていてもらう必要があったという。

「……最低ですね」
 嫌悪も露わに群司は口許を歪めた。

「なぜだい? 見いだした本人が自分の身体でその効力をたしかめるのはあたりまえだろう。現に私だってこのとおり、みずから進んでフェリスにこの身を捧げている」

 天城嘉文はゆっくりとソファーから立ち上がった。

「どうだい、この身体、この声、この若さと美貌。私はフェリスの力で三十年ほど時を遡り、性別すらも超越した」

 両手をひろげ、その姿を堂々と見せつける。

「同時に身をもって証明することができたよ。病にさえ蝕まれなければ、私の娘はこんなにも美しく成長できたのだと。ねえ、どう? 、綺麗でしょう?」

 小首をかしげ、無邪気に尋ねたあとでガラリと表情を変えた。
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