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第17章

第2話(5)

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 群司は如月をしっかり抱きかかえると、来た道をとって返した。このまま地上に上がれば本邸のどこかに出られるのだろうが、ルートを知らないうえに、おそらくはセキュリティに阻まれる可能性が高い。仮にすんなり出られたとしても、本邸内部といえば敵地の真っ只中である。遠回りであっても、いったん劇場まで戻るべきだと考えた。そのうえで建物の外へ出て如月の安全を確保し、それから坂巻を――

 頭の中でこのあとの段取りをシミュレーションしながら移動していた群司は、秘密扉の手前まで来たところで不意に足を止めた。扉の向こう側に、人の気配があった。それどころか、鍵穴をいじっている音まで聞こえる。
 とって返そうにも、通路は監禁部屋までの一本道で退路はないに等しい。
 一度如月を通路の端に下ろして、自分だけで扉の向こう側にいる相手と対峙すべきか。考えはしたものの、腕の中にいる如月の意識はいつのまにかなくなっていた。

 やむなく踵を返そうとしたとのとき、扉の鍵がカチリと開く音がする。如月を抱きかかえたまま、群司は身構えた。だが次の瞬間、

「ああ、よかった。無事だったね」

 ドアの向こうから顔を覗かせた人物を見るなり、群司の躰から力が抜けた。現れたのは、先程パーティー会場で顔を合わせた取材陣のカメラマンだった。

「豊田さん」

 群司の呼びかけに、カメラマン――否、坂巻班の副主任である豊田は小さく頷いた。

「ごめんね、驚かせちゃったよね」
「まあ、いろんな意味で」
 緊張をゆるめた群司は苦笑した。

 思いがけない人物が報道陣に扮してパーティー会場にいたことも、一研究員に過ぎないと認識していた相手がプロ顔負けのピッキング技術で秘密扉の鍵を開けたことも、ただただ驚くばかりだった。

「ところで彼は……」

 群司の腕の中でぐったりとしている如月に、豊田は気遣わしげな視線を向けた。その理由を察して、群司はたぶん大丈夫だと思うと答えた。

「劇場で飲まされた薬が原因ですが、おそらくフェリスとは別の、催淫作用をもたらす類いのものだったんじゃないかと思います」
 その答えを聞いて、豊田は大きく胸を撫で下ろした。

「そうか、それならよかった」
「あくまで素人判断なので、完全に安心はできないですけど」
「それでも確実に飲まされてるよりいいよ」
 豊田の言葉に、群司はそうですねと頷いた。

「あの、豊田さん、管理室に坂巻さんが」
「大丈夫。ついさっき保護したから。発信器、主任に預けてくれたでしょう? そのおかげですぐに場所を特定できたからね」

 あれはやはり、そういう用途で間違いなかったのだと安堵した。

「それから盗聴機能もつけてあったから、八神くんを通じて、重要な会話のすべてを録音することもできた」

 それらがすべて証拠になると聞いて、役に立てたことを喜ばしく思う反面、別の意味で冷や汗が出た。坂巻に預けず自分で携行していたら、如月とのいましがたのやりとりも、すべて聞かれていた可能性があったことに気づいたからだ。
 天城嘉文との会話を聞いていたからこそ、豊田は如月の飲まされた薬がフェリスではなかったことに安堵したのだろう。思うと同時に、豊田に対して疑念が生じる。その途端、

「飲まされた薬の種類に関係なく、も早く病院に搬送したほうがよさそうだね」

 豊田のひと言に、群司は息を呑んだ。天城製薬の社員でありながら、豊田は如月を『早乙女』ではなく本名で呼んだ。
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