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第17章

第2話(9)

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「優秀すぎるだけに、彼ひとりにかかる負担は相当なものだったからね。我々は下手に手が出せないし、接触もできないしっていう状況でだいぶ気を揉んでたんだけど、君が来てくれたおかげで本当に助かったよ」
「いえ、兄貴はともかく、俺は全然。ほんの少し手伝っただけなので」
「そんなことないよ。如月くんがこんなふうに全面的に安心しきった様子見せてるところ、はじめて見た。ここしばらく、会社で見かけても雰囲気がやわらかくなったなって思ってたんだよね」
 おそらく精神的な支えができたことが大きいのだろうと立花は穏やかに言った。

「それから今日も、警察のほうにいろいろ手配してくれたでしょう?」

 いまのこの状況は、それらがすべて功を奏した結果なのだと立花は群司の働きを評価した。
 池畑を通じて新宿署の大島に託された音声データは、ただちに本庁の公安部にまわされたという。それによって田ノ浦たちに出動命令が下り、新宿署を中心に家宅捜索が行われるに至ったそうである。

「中心となっているのは新宿署のほうなんですね」
 群司が確認すると、立花はそうだと頷いた。

「天城に繋がる人間で行方がわからなくなっているのは、坂巻主任や藤川にかぎられたことじゃなかったからね。まずはその線で捜査を進めて裏を取っていた新宿署が、許可状をもとに動くことになった。そういうわけ」

 許可状というのは、裁判所から発布される捜索差押許可状のことである。捜索令状と証拠品押収のための差し押さえ令状を合わせたもので、新宿署は事前の捜査で裁判所がそれらを許可するだけの成果を上げていたということのようである。

「渡した発信器で天城社長とのやりとりもしっかり記録できたし、舞台上で行われていたことも、坂巻主任はじめ、何人もの人間が薬物投与の実験台として監禁されていたことも被害者本人から証言を取ることができた。全部君が頑張ってくれたおかげだよ」

 藤川も他の被害者もすでに保護され、救急搬送されているとの説明に、群司はようやく肩の荷が下りた気がした。できれば皆、助かってほしいと願わずにはいられない。舞台上でフェリスの試験薬を飲まされた藤川に関しては、とりわけ強くそう思う。
 立花はインカム越しになにごとかを短くやりとりすると群司に向きなおった。

「救急車がまもなく到着するそうだから、八神くん、病院までの付き添いを頼めるかな」
「もちろんです」
 即答した群司に頷きを返し、立花は車外に出て後部座席のドアに手をかけた。だが、ドアが開けられるまえにその動きが止まる。厳しい表情で視線を向けたその先に、正門から複数の捜査員たちに取り囲まれた人物が現れた。シャンパンゴールドのゴージャスなドレスにロングコートを羽織った人物。

 昂然と頭を上げて堂々と姿を見せたその人物は、ふと足を止めるとまっすぐにこちらを見据えて、勝ち誇ったように口の端を上げた。
 頭上から照らす街灯が、スポットライトのようにその姿を浮かび上がらせる。
 十メートル以上離れた遠目にもかかわらず、群司はその表情を、はっきりととらえていた。

 捜査員にうながされ、門扉に横付けにされた警察車両の中に、若い女性以外のなにものでもない見事なプロポーションの肢体が消えていく。捜査員があとにつづき、ドアが閉まると車は間をおかず発進した。
 瞬く間に遠ざかっていく車体。その影は、視界からほどなく消えてなくなったが、後部座席のドアに手をかけたまま路上に佇む立花も、如月の躰を抱きしめる群司も、しばらく動くことができなかった。

 宵闇があたりを包みこむ。

 閑静な住宅街に、遠ざかっていくパトカーと近づいてくる救急車、それぞれのサイレンが鳴り響いていた。







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