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エピローグ
第2話(2)
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冷蔵庫の野菜室から冷やしておいたワインボトルを取り出して、如月の持ってきたものと入れ替える。栓を抜いてグラスに注ぎ、小皿を取り出してチーズを並べてと作業をするあいだ、如月はぴったりと群司の横に張りついていた。
「どうしたの? 甘えモード発動中?」
群司の腕に自分の腕を絡ませてへばりついている如月を笑いながら見下ろすと、如月は肩口に頭をもたせかけながら見上げてきた。
「群司がおなじ職場に来るなんて思わなかった」
「言ったでしょう? これからも力の及ぶかぎりあなたを守るって。まあでも、国家公務員試験は大学在籍中の試験期間逃しちゃったんでまるまる一年遅れたし、正直なところ、合格後の採用先が希望どおりの部署になるなんて思わなかったんですけどね。転勤族の代表みたいな職業だし、地方に飛ばされることもあるかなって覚悟もしてたんですけど」
そこは立花が、天城製薬での功績を踏まえて、なんとしても自分の部署にと上層部に掛け合い、群司の確保に尽力してくれたのだと聞かされて、如月は目をまるくした。
「全然、知らなかった」
「ですよね。絶対自分のところに引きこむけど、琉生さんにはその日がくるまで口外禁止って、試験合格したときから厳命されてました」
「ひどい……」
「いつも仕事を頑張ってくれている大事な部下への、心づくしの贈り物、だそうですよ?」
「群司が?」
「そう、俺が」
なんだったらプレゼント仕様にリボン結びましょうか?という群司に、如月は小さな声をたてて笑った。
「これからおなじ職場ですね」
「うん。でも公私混同しないように気をつけないと」
「もちろんです。だけど心配だな」
独り言のような呟きに、如月が不思議そうな顔をした。その様子を見て、群司は思わせぶりな視線を送る。
「フェリス特別捜査本部の中に、ものすごい美人がいるって、琉生さん、同期のあいだですでに話題騒然なんですよ。不届きな輩が余計なちょっかい出さないかって、恋人としては気が気じゃないです」
躰の向きを変えて正面から腕の中に抱きこむと、如月はその胸に顔をうずめながら「バカ……」と囁いた。群司は笑いながら額にキスを落とす。
「琉生さん、好きだよ」
「うん、俺も」
応えて顔を上げた如月は、まっすぐに群司を見上げて口を開いた。
「群司、就職、おめでとう。それから――これから末永く、よろしく」
群司の口に、ゆっくりと笑みがひろがっていく。
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
口唇に軽くキスを落とした群司は、あらためてその顔を覗きこんだ。
「まずは一日も早く一人前の麻薬取締官になって、あなたが安心して背中を預けられる男になりますから、それまでもう少しだけ待ってて?」
誓いの言葉とするにはあまりにも情緒も色気も欠落した内容だったが、美しい恋人は、このうえなく幸福な笑みを零れさせた。
「うん、楽しみにしてる」
自分を瞶める澄んだ瞳がゆっくりと伏せられていく。
彼がいたから未来を切り開くことができた。
人類を至上の幸福へと導く魔法の薬――
幸せを求め、求めすぎて慾心に目が眩んだ結果、一部の人間はみずから進んで破滅の扉を押し開き、救いの見えない深淵へと転落していった。
『幸福』という名の猛毒に犯された、史上最悪の事件はまだ解決していない。
人類の中に組みこまれてしまった、欲望まみれの兇悪な遺伝子。それらがすべて淘汰され、人々が正常な生命活動を取り戻すには、これから気の遠くなるような永い月日を要することになるのだろう。
そのためにも、自分は戦いつづける。
もう二度とだれかが、だれかの欲望の犠牲にされることがないように。
あらたな決意を胸に、群司は厳かな気持ちで愛しい恋人に口づけた。
~end~
「どうしたの? 甘えモード発動中?」
群司の腕に自分の腕を絡ませてへばりついている如月を笑いながら見下ろすと、如月は肩口に頭をもたせかけながら見上げてきた。
「群司がおなじ職場に来るなんて思わなかった」
「言ったでしょう? これからも力の及ぶかぎりあなたを守るって。まあでも、国家公務員試験は大学在籍中の試験期間逃しちゃったんでまるまる一年遅れたし、正直なところ、合格後の採用先が希望どおりの部署になるなんて思わなかったんですけどね。転勤族の代表みたいな職業だし、地方に飛ばされることもあるかなって覚悟もしてたんですけど」
そこは立花が、天城製薬での功績を踏まえて、なんとしても自分の部署にと上層部に掛け合い、群司の確保に尽力してくれたのだと聞かされて、如月は目をまるくした。
「全然、知らなかった」
「ですよね。絶対自分のところに引きこむけど、琉生さんにはその日がくるまで口外禁止って、試験合格したときから厳命されてました」
「ひどい……」
「いつも仕事を頑張ってくれている大事な部下への、心づくしの贈り物、だそうですよ?」
「群司が?」
「そう、俺が」
なんだったらプレゼント仕様にリボン結びましょうか?という群司に、如月は小さな声をたてて笑った。
「これからおなじ職場ですね」
「うん。でも公私混同しないように気をつけないと」
「もちろんです。だけど心配だな」
独り言のような呟きに、如月が不思議そうな顔をした。その様子を見て、群司は思わせぶりな視線を送る。
「フェリス特別捜査本部の中に、ものすごい美人がいるって、琉生さん、同期のあいだですでに話題騒然なんですよ。不届きな輩が余計なちょっかい出さないかって、恋人としては気が気じゃないです」
躰の向きを変えて正面から腕の中に抱きこむと、如月はその胸に顔をうずめながら「バカ……」と囁いた。群司は笑いながら額にキスを落とす。
「琉生さん、好きだよ」
「うん、俺も」
応えて顔を上げた如月は、まっすぐに群司を見上げて口を開いた。
「群司、就職、おめでとう。それから――これから末永く、よろしく」
群司の口に、ゆっくりと笑みがひろがっていく。
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
口唇に軽くキスを落とした群司は、あらためてその顔を覗きこんだ。
「まずは一日も早く一人前の麻薬取締官になって、あなたが安心して背中を預けられる男になりますから、それまでもう少しだけ待ってて?」
誓いの言葉とするにはあまりにも情緒も色気も欠落した内容だったが、美しい恋人は、このうえなく幸福な笑みを零れさせた。
「うん、楽しみにしてる」
自分を瞶める澄んだ瞳がゆっくりと伏せられていく。
彼がいたから未来を切り開くことができた。
人類を至上の幸福へと導く魔法の薬――
幸せを求め、求めすぎて慾心に目が眩んだ結果、一部の人間はみずから進んで破滅の扉を押し開き、救いの見えない深淵へと転落していった。
『幸福』という名の猛毒に犯された、史上最悪の事件はまだ解決していない。
人類の中に組みこまれてしまった、欲望まみれの兇悪な遺伝子。それらがすべて淘汰され、人々が正常な生命活動を取り戻すには、これから気の遠くなるような永い月日を要することになるのだろう。
そのためにも、自分は戦いつづける。
もう二度とだれかが、だれかの欲望の犠牲にされることがないように。
あらたな決意を胸に、群司は厳かな気持ちで愛しい恋人に口づけた。
~end~
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