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第9話 王妃と妹が困惑中

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「結構、深い森だな」

 アルカザナム国とイージリアス国の間にある荒野に、その森はあった。一面、土色の荒野の中心にある森は、黒龍が隠れるだけあって広大だった。

「さて、どう探すかな」

 森の入り口に転移した浩之だったが、一歩森に入ると、人の手が入っていない森の深さに怯んでしまう。
 ここから先は自身の足で進み、探さなくてはと思い、すぐ帰るなどと啖呵を切らなければ良かったと早速後悔した。だが、そんな浩之の耳に、木々が薙ぎ倒される音が届く。

「なっ!」

 どこから聞こえて来るのだろうと、思わず空を見上げれば、粉々になった木々が降ってくる。大木の幹に身を寄せ、それを防いだ浩之は、気が付いた。

「空へ逃げたのか?」

 黒龍には翼がある。傷も癒えているだろうし、飛ぶことも出来るのだろう。

「そういえば、黒龍を瞬殺出来るんだったか」

 『ダライアス』の魔族の血に怯えた黒龍が逃げ出したのかもしれないと、浩之は考えた。

「逃げられたら、大変だ!」

 慌てた浩之は身体強化魔法を自身にかけ、魔族の血による身体能力の高さを強く意識する。森の中故に、助走は然程つけれなかったが、渾身の力で地を蹴った。

 ドンっという音と共に、木々の間を通って、浩之は空へと跳ね上がる。視界が一気に開けると、飛んで逃げようとしていた黒龍の姿を捉えた。だが、かなりの距離がある。
 
「ちっ」

 眉間に皺を寄せ、舌打ちした浩之は、次いで転移魔法で黒龍の頭の真横へと転移した。
 それに驚いたが黒龍は口から炎を出そうとするが、それよりも早く浩之が腕を上から下へと素早く振り下ろす。
 何もない空間で振り下ろされた腕から、衝撃波が放たれ、黒龍の首を両断した。
 ズッと音を立て、首と胴体が分かれる。重力によって落ちていくその巨体の傷口を凍らせ止血をした浩之は、急いで収納魔法で黒龍の頭と躰を亜空間に押しやった。
 これで落下による傷を付けずに狩ることが出来たとホッとする。黒龍の強靭な鱗に、木々程度で傷がつくのかは疑問だが、落ちずに済んだことを喜んだ。
 
 それも束の間、浩之目掛け、蒼白い爆炎が放たれた。

「うわっ! 何だ!」

 炎に包まれながらも、浩之はその放った相手を認識した。それはもう一体の黒龍だった。

「何でここに? でも手間が省けてちょうど良いか」

 ほくそ笑んだ浩之だったが、誤算は誤算を呼び、上手く回らなくなった。
 同胞を殺されたせいか、怒りで我を忘れている黒龍は、次から次へと炎を吐き出す。浩之にダメージはないものの、浴びせられる炎に、本能が抗う。
 思わず目を閉じたり、顔を腕で庇ったりと、つい身体が反応してしまうのだ。
 早くこの状況を脱したいと思いつつも、炎のせいで周りがよく見えず、黒龍の首が狙えなかった。

「くそっ! 前が見えない!」

 そうこうしているうちに、炎が森へと落ち、広がっていく。このままでは大規模火災になってしまうと、浩之は焦った。そうなれば、煙で益々黒龍の姿が捉えづらくなってしまう。

 焦った人間というのは、大概失敗するものだ。そして浩之もまた、失敗する。
 炎を掻き消そうと腕を横に振った際、「ギャッ」という声と共に黒龍の躰が真っ二つになった。そう、腹から真っ二つになったのだ。

 ようやく止んだ炎の攻撃に、浩之はホッとし辺りを見回した。と、ドオンという音と共に木々が薙ぎ倒される音が響く。
 下を向いた浩之が見た光景は、最悪なものだった。

「嘘だろ……」

 真っ二つになってしまった黒龍からは血がとめどなく溢れている。鱗も血に染まっているし、翼は勢いよく落ちたせいで、木々に引き裂かれていた。

「ああ……あれじゃあ、高値がつかない」

 貧乏国を目の当たりにし、守銭奴になっていた浩之にとって、黒龍は金のなる木にしか見えていなかった。
 人間を弄びながら殺すような黒龍に、無惨な姿になったところで同情心など欠片も抱かない。
 愕然としながらも、急いで傷口を凍らせ、亜空間に収納する浩之であった。


◇ ◇ ◇


「父上、只今戻りました」
「ああ、ダライアス、ご苦労だったな」

 満面の笑みで迎えた国王だったが、ダライアスが出て行った後、王妃とアラーナに詰め寄られ、大変な思いをしていた。



「お兄様が消えてしまったわ!」
「キャー、ダライアス! ダライアスー!」

 転移魔法で急に姿を消したダライアスに、二人は混乱を極めた。国王ひとりだけが事情を知っているので、説明をしなければと思い、口を開く。

「ああ、今のは転移魔法だ。恐らく、黒龍の潜んでいる森に行ったのだろう」
「……は?」

 分からない言葉に、理解し難い話をされ、二人が固まる。辛うじて言葉を発した王妃だったが、二の句はつげないようだった。

「まず十年前、我が国に被害をもたらした黒龍は、東の荒野の森に潜んでいる。聖女に結界を張らせなくても、あの荒野ならば周りに何もないからな、被害は出ない。だからあそこで仕留めようと、ダライアスが向かったということだ」

 黙って聞いていた二人だが、なかなか理解出来ないのか、微動だにしない。
 だが、先に立ち直ったのはアラーナだった。

「な、なるほど……。お兄様は、黒龍を倒しに行ったのですね」

 転移魔法がよく理解できないながらも、ここから黒龍のもとまで魔法で移動したという結論を導き出し、アラーナは何とか納得した。

「正しくは、狩りに行ったのだがな」
「狩りに、ですか?」
「そうだ。黒龍は高く売れる。鱗に爪、血でさえも素材として売れる。あと肉もな。美味らしいぞ」
「なっ!」

 その言葉で王妃も立ち直った。

「何故そうと分かっていて、とっとと狩って来なかったのです!」
 
 先程まで軍の遠征に金がかかると騒いでいた人物の言葉とは思えないと、国王は思わず苦笑いをした。

「黒龍の回復を待っていた。鱗の傷もすっかり癒えたことだろう。高値で売るには最高の状態でなければな」
「なるほど」

 そこで納得する辺り、王妃もかなりの守銭奴だった。

「ですが、その口ぶりだと、お兄様は一人で黒龍を狩りに行ったように聞こえるのですが」
「ああ、そうだよ。一人で狩りに行った。正直、黒龍なんて、私とダライアスにしてみればただの雑魚だからね」
「は? 何を言っていますの? だって、お父様は片腕を失ったではありませんか」
「ああ、これか」

 そう言って、徐ろに左肩を撫でた。すると淡い光が現れる。その瞬間には、左腕が元に戻っていた。

「えっ!」

 驚いている二人に、国王は左腕を動かし、本物だということを見せつける。

「そうだなあ、どこから話せばいいのか。まずはこの国の王族が、魔族の血を引いていることから話そうか」
「魔族?」
「もう何百年も前に、滅びた種族だ。人間よりも優れた身体能力と魔力を持つ、そんな種族だった」
「だから、黒龍も大して脅威ではなかったと?」
「ああ、そうだな」

 左腕を失っても、特に問題なく黒龍を倒すことが出来たと説明され、王妃は驚きと共に、疑問を口にした。

「では何故十年前、黒龍を倒してしまわなかったのですか?」
「黒龍があの荒野の森に降り立った時点で、転移して倒してしまっても良かったのだけれどね、国の惨状を見て、立て直すには金が必要だと思ったのだよ」
「だから黒龍が回復するのを待つことにしたのですか?」
「まあ、そうだな」

 あのときの光景を思い出したのだろう。二人は顔を青くさせ、小さく震えた。

「正直、油断していたのは確かだ。聖女の予言で隣国に黒龍が現れると聞いていたから、それなりに計画を立て、準備はしていた。それがセルツベリー侯爵の結界のせいで、我が国に入って来てしまうとはな……。黒龍は魔族の血を引く私たちを恐れている。だからあのときも形振り構わず恐怖で暴れ回って、あの大惨事を引き起こしてしまった」

 苦々しく言う国王に、王妃は尚も疑問を投げかけた。

「左腕を失ったのは、フリなのですか?」
「ああ、まあ。攻撃をまともに食らっているのに、無傷では流石におかしいからな。黙っていてすまなかった」

 国民の目もある中、黒龍の攻撃を受けてピンピンしているのは確かに不自然だ。王族が魔族の血を引いている事実も伏せているのならば尚更、負傷していなければ不審がられる。だからといって、妻である自分にもその事実を隠そうとしたことに、王妃は落胆した。

「いえ、それは、まあ……。話して頂きたかったですけどね……」

 あのとき、どれ程の哀しみに襲われたことかと、王妃は目を伏せる。

「お父様、話せない理由があったのですか?」
「ああ、いや……その……」

 母親の悲しそうな表情に、アラーナは不満気に問いかける。もっと正当な理由が他にもあるはずだと、納得のいく答えを求めた。
 だがアラーナの言葉に、途端に狼狽え始めた国王に、二人は訝しげな目を向けた。それは明らかに、良からぬことを隠しているといった表情に見えたからだ。

「何です? 何を隠しているのです?」
「そうよ、お父様。今言わなかったら、後々大変なことになるかもしれませんよ」
「た、大変なこと?」
「ええ、離縁とか」

 ポツリと零されたアラーナの言葉に、国王が戦慄した。だが、ここで白状してしまっても、許してくれない可能性もあると、覚悟が決まらない。

「いや、その……」
「分かりました。ではこうしましょう。今、お話してくだされば、怒ったりいたしません。それでどうでしょう」
「その、離縁もなしか?」
「はい」
「あと、泣くのもなしで」
「……分かりました」

 ふうと一つ息を吐き出した王妃に、ビクリと肩を震わせた国王は、目を泳がせた。
 ジトリとした視線を向けるアラーナを見遣り、国王は腹を括る。

「腕を失ってから、その、優しかっただろう、ずっと」
「?」

 国王の言葉に、王妃は首を傾げた。

「その、私の身の回りの世話や、着替えに、ふ、風呂も一緒に入ってくれて……」

 国王の顔がどんどんと赤らんでいくのと対照的に、王妃とアラーナの顔から表情が抜け落ちる。

「その、政略結婚ではあったが、私は昔からずっとそなたのことが、す、好きだったのだ。だからその、優しくされて、嬉しかったのだ」

 きゃっ、言っちゃった、みたいな少女のような恥じらいを見せる国王に、二人はとにかくどん引いた。

「で、出来ればこれからも、変わらず一緒にいてほしい。それと、ふ、風呂も今まで通りで」

 真っ赤になってモジモジしている国王は、中年になった今でも実に麗しい。乙女ゲームの攻略対象者の父親だけはある。そんな国王に告白され、満更でもない王妃は、秒で絆された。

「ま、まあ、確かに新婚当初、私は冷たかったかもしれませんね。ですがそれは、王妃として振る舞わねばと気を張っていたせいでもあります」
「ああ、ああ、そうだろうね。苦労をかけてすまなかったね」
「いえ、いいのですよ。もう、私たちは夫婦なのですから。大変な想いもたくさん乗り越えて来ましたしね」
「ああ、ああ、そうだね。愛しているよ! 今も昔も」
「はい。私も、愛しております」

 抱き合う両親を前に、アラーナは一人考える。
 結局、妻に甘えたいがために、左腕を失ったフリをしていたのだろうかと。
 片腕になりながらも悲観することなく毅然と振る舞い、執務を精力的にこなしていた尊敬する父親の姿がガラガラと崩れていく感覚に、アラーナの気が遠くなりかけた。
 そんなアラーナの耳に、ダライアスの声が届く。

「父上、只今戻りました」
「ああ、ダライアス、ご苦労だったな」

 王妃を腕に抱えながら、国王は満面の笑みでダライアスを勞った。
 そんな国王の左腕を見て、浩之は『ああ、話したのか』と魔族の血の話を思い出していた。
 治癒や回復魔法は使えないが、自分の身の回復速度の速さに気づいていた『ダライアス』は、国王の左腕もとっくに元に戻っていたのだろうと思っていた。
 ただ、腕を失ったのもわざとだと知っていた『ダライアス』は、狩りに行く前に心にメモをした疑問を思い浮かべる。何故そのことを今まで家族に黙っていたのか、それを問う前に、国王から声をかけられてしまい、考え事は霧散した。

「して、上手く仕留めたのか?」
「はい。一体はしっかりと首を落とせたので高値で売れそうなのですが、もう一体は腹から真っ二つにしてしまったので、値は落ちると思います」
「もう一体?」

 そんな話は聞いていないと、王妃が眉を顰めた。

「はい、聖女の予言にあった黒龍は、十年前の黒龍とは別の個体です」
「えっ!」
「それは聖女から聞いて知っていたのですか?」

 驚きの声を上げたアラーナに続き、王妃が確認を取る。

「いえ、冒険者ギルドのギルド長、ヴィンス殿から聞きました」
「そうか」

 浩之の言葉に頷いた国王を見遣り、知っていたのかと王妃とアラーナから非難めいた視線が向けられる。そのことに狼狽えた国王は気まずそうに目を逸した。
そのやり取りに、何やら不穏な空気を感じ取った浩之は、殊更明るく声をかけた。

「昨日狩ったザラタンと、黒龍の二体で、恐らく借金は返せます。お世話になった隣国、イージリアス国とロドルグマ国には、黒龍の肉を献上しましょう」
「おお、そうだな、そうしよう!」

 大げさに喜ぶ国王に、呆れた表情を向ける王妃とアラーナだったが、「もう、調子のいいこと」という王妃の一言で笑顔に変わる。
 そんな和やかな雰囲気の中、浩之は表情を引き締め、国王に向き直った。

「それと、大至急確認したいことがあります。イージリアス国へ行く許可を頂けませんか?」
「イージリアス国へ? 目的は?」

 その辺りの事情は昨日ギルド長であるヴィンスと話したばかりで、国王の耳には入っていないのだろうと、浩之はどこまで説明をするべきか逡巡する。
 
「先程の隣国の結界の件で、確認したいことがあります」
「黒龍を狩った今、もう結界は必要ないはずだが?」
「はい。その件も含めて、確認後、改めて報告したいことがあります」
「そうか、分かった。ダレルを連れて行けよ」
「はい」

 頭を下げ、転移魔法でこの場を去ったダライアスに、王妃は思わず愚痴を零す。

「まったく、そこはちゃんと扉から出て行きなさいな」

 そんな小さな呟きでさえも、笑顔が溢れる要因になった。
 借金が返せるとわかった今、アルカザナム国の未来は明るい。


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