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「英雄のしつけかた」 プロローグ なれそめは惨劇でした
2.惨劇 2
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全ての音が途絶えた頃。
ヒョイとコートが取り去られ、いきなり襲ってきたまぶしさに娘は目を細めた。
そして、茫然とする。
馬車一台がやっとの細い街道で、道の両側には木々がうっそうとしていたのに。
自分たちを中心に半径一〇メートルほどの円を描いて、道も木も馬車も魔物も消失していた。
ただ赤黒い土と岩がえぐれるようにむき出しになっていて、その荒れた光景に驚きを隠せない。
わずかに残った緑は、男のコートに護られていた自分たちの足元だけだ。
なにが起こったのかわからなくて、何度もまばたきをして目をこすった。
魔物の脅威は去ったようだが、とても人の所業とは思えない。
側に立っている男にノロノロと視線を向ける。
そして、男の風貌に目を奪われた。
身長は二メートルを超すほど大柄で、まだ若い精悍な男だった。
くすんだ黒髪に、濃い茶の瞳、厳しい表情。
そのいでたちは、あきらかに戦う者だった。
腰に帯びた双剣が、東流派の使徒であることを示している。
チラ、と視線が向けられて、一瞬だけ目があった。
いまだかつて見たことのない、強い瞳だった。
美しい、と娘は思った。
まるでおとぎ話にいる聖獣のようだ。
戦いの後で高ぶっている気配に、普通ならば恐ろしいと思うだろう。
それでもその力ある魂の輝きを、娘は美しいと思った。
使いこまれ薄汚れた戦装束でも、武神に劣らぬ風格がみなぎっていた。
男の眼差しは無関心の光を湛えていて、すぐに遠くへと向く。
娘にも、隣で倒れている婦人や子供にも、二度と目をやることはなかった。
「デュラン、息がある。送ってやれ」
はなから興味がないとでもいうように、ぞんざいな口調だった。
ヒュッと風を巻くようにして、中肉中背の青年が目の前に現れた。
走り来たとは思えぬほど、すみやかな登場だった。
「どうでもいいが、ちょっとは手加減をしようとは思わないのか? 誰が道を直すんだい?」
こちらも傭兵のようないでたちをしていたが、にこやかな表情や物腰がどこか商家に通じるものがあり、娘は少しだけホッとした。
そもそも武人とは日常でかかわることが少なく、存在そのものに慣れていない。
デュランと呼ばれた人物は、双剣持ちでも人らしく会話ができそうだった。
「街道は国の管轄だ。ジャスティにでも言っておく。俺が動けばその程度の不具合は覚悟しているはずだしな。気にするな」
大柄な男はそう言って、なにもなかったようにスタスタと去っていく。
普通に歩いているようにしか見えないのに、あっという間にその姿は小さくなって消えた。
いったいどんな速度なのかと、娘は自分の目を疑いたくなってまたたくばかりだ。
「バカ野郎、少しは気にしろよ。工事は国王の手駒でも、今の応急処置は俺たちだ」
聞こえないぐらい軽くぼやいて、デュランは肩をすくめた。
魔物を討伐するより、街道の修理は厄介だし専門外なのだ。
出来ないとまでは言わないが、面倒事ばかり増やしやがって……と口の中でブツブツと文句を並べている。
ふと自分に向けられた視線に気付いたのか、娘に近づくと側に膝を落とした。
「お嬢さん、よく一人で耐えたね。私はデュラン。東流派の使徒だ。国王からの依頼を受けてきたのだが、一足遅かった。申し訳ない」
いいえ、と答えながら娘は居住まいを正した。
座り込んだままだったけれど、腰を抜かしている場合ではなかったと、いまさらながら気がついたのだ。
それに、つい先ほど聞いた名前に覚えがあった。
「ジャスティ王の依頼で、流派の方が?」
この東のカナルディアの国王を当たり前に呼ぶなんて、この人たちは東流派の中でもかなり上位の人たちではないのかと首をかしげる。
「まぁね」とどうでも良さ気に返事をすると、デュランは立ち上がった。
せっかく生き残った娘なのだ。
無駄話ができるぐらいピンピンしているなら、それでいいと思った。
ヒョイとコートが取り去られ、いきなり襲ってきたまぶしさに娘は目を細めた。
そして、茫然とする。
馬車一台がやっとの細い街道で、道の両側には木々がうっそうとしていたのに。
自分たちを中心に半径一〇メートルほどの円を描いて、道も木も馬車も魔物も消失していた。
ただ赤黒い土と岩がえぐれるようにむき出しになっていて、その荒れた光景に驚きを隠せない。
わずかに残った緑は、男のコートに護られていた自分たちの足元だけだ。
なにが起こったのかわからなくて、何度もまばたきをして目をこすった。
魔物の脅威は去ったようだが、とても人の所業とは思えない。
側に立っている男にノロノロと視線を向ける。
そして、男の風貌に目を奪われた。
身長は二メートルを超すほど大柄で、まだ若い精悍な男だった。
くすんだ黒髪に、濃い茶の瞳、厳しい表情。
そのいでたちは、あきらかに戦う者だった。
腰に帯びた双剣が、東流派の使徒であることを示している。
チラ、と視線が向けられて、一瞬だけ目があった。
いまだかつて見たことのない、強い瞳だった。
美しい、と娘は思った。
まるでおとぎ話にいる聖獣のようだ。
戦いの後で高ぶっている気配に、普通ならば恐ろしいと思うだろう。
それでもその力ある魂の輝きを、娘は美しいと思った。
使いこまれ薄汚れた戦装束でも、武神に劣らぬ風格がみなぎっていた。
男の眼差しは無関心の光を湛えていて、すぐに遠くへと向く。
娘にも、隣で倒れている婦人や子供にも、二度と目をやることはなかった。
「デュラン、息がある。送ってやれ」
はなから興味がないとでもいうように、ぞんざいな口調だった。
ヒュッと風を巻くようにして、中肉中背の青年が目の前に現れた。
走り来たとは思えぬほど、すみやかな登場だった。
「どうでもいいが、ちょっとは手加減をしようとは思わないのか? 誰が道を直すんだい?」
こちらも傭兵のようないでたちをしていたが、にこやかな表情や物腰がどこか商家に通じるものがあり、娘は少しだけホッとした。
そもそも武人とは日常でかかわることが少なく、存在そのものに慣れていない。
デュランと呼ばれた人物は、双剣持ちでも人らしく会話ができそうだった。
「街道は国の管轄だ。ジャスティにでも言っておく。俺が動けばその程度の不具合は覚悟しているはずだしな。気にするな」
大柄な男はそう言って、なにもなかったようにスタスタと去っていく。
普通に歩いているようにしか見えないのに、あっという間にその姿は小さくなって消えた。
いったいどんな速度なのかと、娘は自分の目を疑いたくなってまたたくばかりだ。
「バカ野郎、少しは気にしろよ。工事は国王の手駒でも、今の応急処置は俺たちだ」
聞こえないぐらい軽くぼやいて、デュランは肩をすくめた。
魔物を討伐するより、街道の修理は厄介だし専門外なのだ。
出来ないとまでは言わないが、面倒事ばかり増やしやがって……と口の中でブツブツと文句を並べている。
ふと自分に向けられた視線に気付いたのか、娘に近づくと側に膝を落とした。
「お嬢さん、よく一人で耐えたね。私はデュラン。東流派の使徒だ。国王からの依頼を受けてきたのだが、一足遅かった。申し訳ない」
いいえ、と答えながら娘は居住まいを正した。
座り込んだままだったけれど、腰を抜かしている場合ではなかったと、いまさらながら気がついたのだ。
それに、つい先ほど聞いた名前に覚えがあった。
「ジャスティ王の依頼で、流派の方が?」
この東のカナルディアの国王を当たり前に呼ぶなんて、この人たちは東流派の中でもかなり上位の人たちではないのかと首をかしげる。
「まぁね」とどうでも良さ気に返事をすると、デュランは立ち上がった。
せっかく生き残った娘なのだ。
無駄話ができるぐらいピンピンしているなら、それでいいと思った。
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