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「英雄のしつけかた」 プロローグ なれそめは惨劇でした
3.双剣の使徒 1
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「王様と我らの長殿がお友達なんでね。お嬢さん、安全な場所へと送ろう。あてはあるかな?」
国王は国と国民の暮らしを考える。
四流派は世界と生命の成り立ちを考える。
双剣をはじめとする、流派は退魔の技を担うのだ。
流派の誓いは、国とはまったく関係ない特別なもので、一般市民には理解しがたいものだ。
人の命にかかわる危険がある限り依頼がなくても動く。
本来ならば国と流派は相いれない側面も持っているので、今回は稀なケースでもあった。
今回はたまたま王からもたらされた情報で来たが、一足遅かったのだ。
自然に差しのべられてきたので、娘は素直にその手をとった。
自分を助け起こしてくれたデュランの皮手袋をはめた武人らしい手を、意外なもののように見つめる。
この人も魔物と戦っていただろうに、返り血の一つもなかった。
笑顔の似合う人のよさそうな顔をしていても、剣士としてかなり強い人らしい。
「あてと言われましても……旦那様の弟君が、この近くの村にいらっしゃいますが……あの、旦那様は?」
夢中だったので他の者の様子は覚えていない。
それでも魔物の襲撃の直後はひどい有様だったと思い出しながら、恐る恐る聞くと想像通りの返事が返ってきた。
「残念ながら、助かったのは君たち三人だけだ。では、弟君に弔ってもらうことにしよう」
そうですよねと娘は肩を落として、気を失っている婦人と子供を痛ましげに見た。
目が覚めたら辛い現実が待っている。
帰る家はあっても、そこで暮らす人がいない。
命が助かっただけでも僥倖だが、たくさんの物を失くしてしまったのだ。
娘がぼんやりと考えているうちに、えぐれた大地の上にいくつもの遺体が並べられていた。
損傷が激しくて、思わず目をそらしてしまう。
ほんの四年ばかりだったけれど。
一緒にすごしてきた人たちなのに、面影を残している遺体はほんのわずかしかなかった。
これが夢だったらどんなにいいだろう。
壊れた馬車の破片の中から荷物を拾い、青年たちは片付けに動いていた。
今日の惨事を想定していたように、馬と小さな荷車が用意されている。
驚くほどの手際の良さで荷車の上に遺体を積むと、隠すように布で覆う。
「いつでも出れるぞ。そっちは?」
「この親子も乗せてくれ」
「まぁな。死体と同じ荷車なのは気の毒だが、一番まともだろう」
恐ろしすぎて意識を飛ばしているようだから、目覚めるには時間がかかるだろう。
幸いこの親子も大きなケガもなかった。
ふと、娘は顔を上げた。
自分はただの雇われ人なので、村に行っても仕方がないほど赤の他人だった。
「ここから王都までは遠いのでしょうか?」
行きとは違う旅程だし地理なんて知らないので、距離感がミレーヌにはわからない。
気を失っている婦人と子供を安全に運べるように体を固定させていたデュランは、手を休めずに聞き返した。
「お嬢さんは、王都の人間なのかい?」
「ええ、祖母がおりますの。旦那様の商売が王都でしたから……賄いと子守りも失業ですわ。生きているなら、この先のことを心配しなくては」
とりあえず、祖母の顔を早く見たかった。
旅をするのも初めてだから、きっと心配していることだろう。
「おや、祖母殿がいるのか?」
「へぇ……娘さん、今から先の心配かい?」
娘に興味を持ったのか、他の者たちが口ぐちに声をかける。
「ええ、できるだけ早く明日からの職を確保しなくては!」
両手のこぶしを握りしめる様子に、青年たちははじけるように笑いだした。
デュランはどこか控えめでも、事後処理を終え集まっていた他の四人は遠慮がなかった。
「いろんな現場に行ったが、あんたみたいに失業の話を持ちだした女は初めてだ!」
「さすがに木の棒なんかで戦うお嬢さんは一味違うなぁ」
「これはいい! 大したもんだ」
「まったくだ、ドレスの御婦人にしておくのが惜しい」
ズケズケと言うだけでなく、腹を抱えて爆笑していた。
そのうえ褒めているのだか、けなしているのだか、わからない評価を口ぐちに述べている。
別に夢中だっただけだものと口の中で呟いて、娘は少しふくれた。
正面切って反論しなかったが、魔物自体よりも混乱の場が恐ろしかった気もする。
正確に言うならば、恐ろしすぎて気を失えなかった。
「これはこれは、気丈な方だ。あんなモノを見て、怖くはありませんでしたか?」
「普通ならばこうだ」と荷車の上で気を失っている婦人と子供を一人が指差した。
「助けていただいてなんですけど、不謹慎ですわよ」
娘は少し眉根を寄せた。
まだ実感がないだけかもしれない。
だけど、怖かったとシクシク泣くのは祖母の待つ家に帰って無事を知らせ、一人になってからで充分だと思っていた。
「恐ろしいけど、とりあえず泣くのは後にします。皆様には心を砕いて頂いて感謝いたしますわ。わたくし、ミレーヌと申しますの」
気が張っているその顔に、それがいいと皆が口をそろえた。
大真面目なミレーヌの物言いが愉快だったので、男たちは必死で笑いを噛み殺そうとしている。
言葉にはしなかったが、立派だと眼差しが褒めていた。
国王は国と国民の暮らしを考える。
四流派は世界と生命の成り立ちを考える。
双剣をはじめとする、流派は退魔の技を担うのだ。
流派の誓いは、国とはまったく関係ない特別なもので、一般市民には理解しがたいものだ。
人の命にかかわる危険がある限り依頼がなくても動く。
本来ならば国と流派は相いれない側面も持っているので、今回は稀なケースでもあった。
今回はたまたま王からもたらされた情報で来たが、一足遅かったのだ。
自然に差しのべられてきたので、娘は素直にその手をとった。
自分を助け起こしてくれたデュランの皮手袋をはめた武人らしい手を、意外なもののように見つめる。
この人も魔物と戦っていただろうに、返り血の一つもなかった。
笑顔の似合う人のよさそうな顔をしていても、剣士としてかなり強い人らしい。
「あてと言われましても……旦那様の弟君が、この近くの村にいらっしゃいますが……あの、旦那様は?」
夢中だったので他の者の様子は覚えていない。
それでも魔物の襲撃の直後はひどい有様だったと思い出しながら、恐る恐る聞くと想像通りの返事が返ってきた。
「残念ながら、助かったのは君たち三人だけだ。では、弟君に弔ってもらうことにしよう」
そうですよねと娘は肩を落として、気を失っている婦人と子供を痛ましげに見た。
目が覚めたら辛い現実が待っている。
帰る家はあっても、そこで暮らす人がいない。
命が助かっただけでも僥倖だが、たくさんの物を失くしてしまったのだ。
娘がぼんやりと考えているうちに、えぐれた大地の上にいくつもの遺体が並べられていた。
損傷が激しくて、思わず目をそらしてしまう。
ほんの四年ばかりだったけれど。
一緒にすごしてきた人たちなのに、面影を残している遺体はほんのわずかしかなかった。
これが夢だったらどんなにいいだろう。
壊れた馬車の破片の中から荷物を拾い、青年たちは片付けに動いていた。
今日の惨事を想定していたように、馬と小さな荷車が用意されている。
驚くほどの手際の良さで荷車の上に遺体を積むと、隠すように布で覆う。
「いつでも出れるぞ。そっちは?」
「この親子も乗せてくれ」
「まぁな。死体と同じ荷車なのは気の毒だが、一番まともだろう」
恐ろしすぎて意識を飛ばしているようだから、目覚めるには時間がかかるだろう。
幸いこの親子も大きなケガもなかった。
ふと、娘は顔を上げた。
自分はただの雇われ人なので、村に行っても仕方がないほど赤の他人だった。
「ここから王都までは遠いのでしょうか?」
行きとは違う旅程だし地理なんて知らないので、距離感がミレーヌにはわからない。
気を失っている婦人と子供を安全に運べるように体を固定させていたデュランは、手を休めずに聞き返した。
「お嬢さんは、王都の人間なのかい?」
「ええ、祖母がおりますの。旦那様の商売が王都でしたから……賄いと子守りも失業ですわ。生きているなら、この先のことを心配しなくては」
とりあえず、祖母の顔を早く見たかった。
旅をするのも初めてだから、きっと心配していることだろう。
「おや、祖母殿がいるのか?」
「へぇ……娘さん、今から先の心配かい?」
娘に興味を持ったのか、他の者たちが口ぐちに声をかける。
「ええ、できるだけ早く明日からの職を確保しなくては!」
両手のこぶしを握りしめる様子に、青年たちははじけるように笑いだした。
デュランはどこか控えめでも、事後処理を終え集まっていた他の四人は遠慮がなかった。
「いろんな現場に行ったが、あんたみたいに失業の話を持ちだした女は初めてだ!」
「さすがに木の棒なんかで戦うお嬢さんは一味違うなぁ」
「これはいい! 大したもんだ」
「まったくだ、ドレスの御婦人にしておくのが惜しい」
ズケズケと言うだけでなく、腹を抱えて爆笑していた。
そのうえ褒めているのだか、けなしているのだか、わからない評価を口ぐちに述べている。
別に夢中だっただけだものと口の中で呟いて、娘は少しふくれた。
正面切って反論しなかったが、魔物自体よりも混乱の場が恐ろしかった気もする。
正確に言うならば、恐ろしすぎて気を失えなかった。
「これはこれは、気丈な方だ。あんなモノを見て、怖くはありませんでしたか?」
「普通ならばこうだ」と荷車の上で気を失っている婦人と子供を一人が指差した。
「助けていただいてなんですけど、不謹慎ですわよ」
娘は少し眉根を寄せた。
まだ実感がないだけかもしれない。
だけど、怖かったとシクシク泣くのは祖母の待つ家に帰って無事を知らせ、一人になってからで充分だと思っていた。
「恐ろしいけど、とりあえず泣くのは後にします。皆様には心を砕いて頂いて感謝いたしますわ。わたくし、ミレーヌと申しますの」
気が張っているその顔に、それがいいと皆が口をそろえた。
大真面目なミレーヌの物言いが愉快だったので、男たちは必死で笑いを噛み殺そうとしている。
言葉にはしなかったが、立派だと眼差しが褒めていた。
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