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「英雄のしつけかた」 1章 王都で暮らしましょう
7. 問題だと思わないのが問題ですの 1
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「なんですの、これは?」
つい言葉がこぼれ出た。
ミレーヌは手にした荷物を握りしめたまま、プルプルと身体が震えるのを止められなかった。
なんですの、これは? と何度もつぶやく。
自分の目を疑ってしまうほどの、恐ろしい現実がそこにはあった。
あまりにひどい光景からの現実逃避なのか、ほんの少しだけ記憶をさかのぼる。
午前中に荷馬車で迎えにきたのはデュランとキサルだった。
やぁ! と朗らかな挨拶を贈られ、思わず笑顔がこぼれてしまう。
双剣持ちというだけでこの人たちが怖いなんて、今までの家政婦さんたちはよほど神経が繊細だったに違いない。
大きな荷馬車は、ささやかな所持品の移動には贅沢すぎるぐらいだった。
サリと一緒に荷馬車にゆられ、なんていい天気なんでしょうと気分も快晴だった。
辿りついたガラルドの邸宅は想像以上に立派だった。
王城からは少し離れていたものの大通りに近く、貴族たちの邸宅が並ぶ中でも市井の者の立ち寄りやすい非常に便利な場所にあった。
隣には詰所になる建物があり、そちらは武人のための施設なので直接の出入りはあまりないだろうと、最初に勤めている人に挨拶だけした。
顔つきや言葉遣いは武人らしくいかついが、そろいもそろって気のいい青年たちばかりだった。
しかし。
快晴の青空みたいだったミレーヌの上機嫌はここまでだった。
こちらがしばらく宿舎も兼ねたガラルドの自宅だと案内され、玄関を開けてすぐに前任の家政婦たちが逃げた訳を知ることになる。
冷水を頭からザブンとかけられた気分になった。
なんですの、これは? 以外の言葉を忘れてしまう現実がそこに広がっていた。
もちろん、建物は立派だ。
王家直属の商品を扱う商家の大邸宅よりも格式が高く、貴族の館よりも剛健で立派な建物だ。
この邸宅は元々、格の高い武家屋敷だったが相続者が絶え、国王からガラルドに下賜されたらしい。
来客を通すホールはエントランスも兼ねているはずなのに、想定される清潔で明るい気持ちよい空間ではなかった。
臭い、汚い、気持ち悪い。
誰だって逃げ出す、見事な汚部屋だった。
衝撃のあまりミレーヌは言葉を失っていた。
ここは外部の人も出入りする場所なのに。
ごちゃごちゃと訳のわからない装備だの旅の荷物だの脱いだままの服だのが、異臭を放ち山と積まれていた。
なんですの、これは? とこぼれ出たのは、無意識のつむいだ魂の嘆きだ。
こっちだよ、と荷物を手に奥へと行こうとするキサルに、キッと鋭い眼差しをミレーヌは向けた。
「あなた方は、家政婦がいつかない理由を、自分たちの顔だの職業のせいだと本気で思ってますの? 本当にコレに何も感じませんの?」
ん? と男たちは首をかしげた。
ひどすぎると現実を突き付けたつもりが、この惨状を当たり前としている青年たちのナチュラルさが憎い。
本気でわかっていない二人の顔に、クッとミレーヌは呻いた。
この調子ではこの環境を改善するのに苦労しそうである。
「この訳のわからないゴミの山、即刻、撤去していただけません?」
プルプルと震える指先で、よくわからない悪臭の原因を指し示す。
温厚なミレーヌだったが、自分の顔つきがいつになく引きつっている自覚はあった。
しかし「ゴミ!」とすっとんきょうな声をあげたものの、二人は当たり前の表情で「それはムリだ」と言った。
「何か問題があるか?」
「すぐに使えて便利だからねぇ」
「細かい事は気にしなさんな」
「そうそう、気にしないのが一番だ」
朗らかに二人して笑うので、ミレーヌはどこが細かいの! とあふれだしそうな苦情を飲み込んで、ふうっと大きく深呼吸した。
自覚がない者を責めても、責めと同じ強さの反発を生むだけだ。
この人たちには言っても通じないと肌で理解する。
しかし、汚部屋や汚館で生活などごめんこうむりたい。
頼まれても嫌だった。
つい言葉がこぼれ出た。
ミレーヌは手にした荷物を握りしめたまま、プルプルと身体が震えるのを止められなかった。
なんですの、これは? と何度もつぶやく。
自分の目を疑ってしまうほどの、恐ろしい現実がそこにはあった。
あまりにひどい光景からの現実逃避なのか、ほんの少しだけ記憶をさかのぼる。
午前中に荷馬車で迎えにきたのはデュランとキサルだった。
やぁ! と朗らかな挨拶を贈られ、思わず笑顔がこぼれてしまう。
双剣持ちというだけでこの人たちが怖いなんて、今までの家政婦さんたちはよほど神経が繊細だったに違いない。
大きな荷馬車は、ささやかな所持品の移動には贅沢すぎるぐらいだった。
サリと一緒に荷馬車にゆられ、なんていい天気なんでしょうと気分も快晴だった。
辿りついたガラルドの邸宅は想像以上に立派だった。
王城からは少し離れていたものの大通りに近く、貴族たちの邸宅が並ぶ中でも市井の者の立ち寄りやすい非常に便利な場所にあった。
隣には詰所になる建物があり、そちらは武人のための施設なので直接の出入りはあまりないだろうと、最初に勤めている人に挨拶だけした。
顔つきや言葉遣いは武人らしくいかついが、そろいもそろって気のいい青年たちばかりだった。
しかし。
快晴の青空みたいだったミレーヌの上機嫌はここまでだった。
こちらがしばらく宿舎も兼ねたガラルドの自宅だと案内され、玄関を開けてすぐに前任の家政婦たちが逃げた訳を知ることになる。
冷水を頭からザブンとかけられた気分になった。
なんですの、これは? 以外の言葉を忘れてしまう現実がそこに広がっていた。
もちろん、建物は立派だ。
王家直属の商品を扱う商家の大邸宅よりも格式が高く、貴族の館よりも剛健で立派な建物だ。
この邸宅は元々、格の高い武家屋敷だったが相続者が絶え、国王からガラルドに下賜されたらしい。
来客を通すホールはエントランスも兼ねているはずなのに、想定される清潔で明るい気持ちよい空間ではなかった。
臭い、汚い、気持ち悪い。
誰だって逃げ出す、見事な汚部屋だった。
衝撃のあまりミレーヌは言葉を失っていた。
ここは外部の人も出入りする場所なのに。
ごちゃごちゃと訳のわからない装備だの旅の荷物だの脱いだままの服だのが、異臭を放ち山と積まれていた。
なんですの、これは? とこぼれ出たのは、無意識のつむいだ魂の嘆きだ。
こっちだよ、と荷物を手に奥へと行こうとするキサルに、キッと鋭い眼差しをミレーヌは向けた。
「あなた方は、家政婦がいつかない理由を、自分たちの顔だの職業のせいだと本気で思ってますの? 本当にコレに何も感じませんの?」
ん? と男たちは首をかしげた。
ひどすぎると現実を突き付けたつもりが、この惨状を当たり前としている青年たちのナチュラルさが憎い。
本気でわかっていない二人の顔に、クッとミレーヌは呻いた。
この調子ではこの環境を改善するのに苦労しそうである。
「この訳のわからないゴミの山、即刻、撤去していただけません?」
プルプルと震える指先で、よくわからない悪臭の原因を指し示す。
温厚なミレーヌだったが、自分の顔つきがいつになく引きつっている自覚はあった。
しかし「ゴミ!」とすっとんきょうな声をあげたものの、二人は当たり前の表情で「それはムリだ」と言った。
「何か問題があるか?」
「すぐに使えて便利だからねぇ」
「細かい事は気にしなさんな」
「そうそう、気にしないのが一番だ」
朗らかに二人して笑うので、ミレーヌはどこが細かいの! とあふれだしそうな苦情を飲み込んで、ふうっと大きく深呼吸した。
自覚がない者を責めても、責めと同じ強さの反発を生むだけだ。
この人たちには言っても通じないと肌で理解する。
しかし、汚部屋や汚館で生活などごめんこうむりたい。
頼まれても嫌だった。
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