今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

21. ガラルドという男 2

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 雨にぬれているから薄らいでいるけれど、花街からの帰りなのか女の匂いまでする。
 夜這など想像するもおぞましいのに、若い女というだけで決めつけて、何を勘違いしているのかわからない。
 不潔な誤解は腹立たしいものの、お前のようなアライグマは女扱いしないとまで言われてしまうと、いたくプライドが傷ついていた。
 英雄かもしれないが、非常に下品な男だと軽蔑してしまう。

「どうでもいいから、そこをどけ」
 息を吸って、吐いて、キッと睨みつける。
「どきません。わたくし、家のことは任されましたの。なんですの? 服を拾ってください」

 ついつい手に馴染むフライパンの柄を握りしめる。
 なんとか心を落ち着かせようとしながら、脱ぎ散らかされた服の道を指差した。
 せっかく掃除してピカピカだったのに、濡れた服を散らかしたせいで、床が汚れて台無しだ。

「は? 雇われの分際で俺に意見する気か?」
 ガラルドはさらに不機嫌な顔になる。
「そんなくだらないことはお前がしろ」
 ガラルドはズカズカ歩きかけたが、ミレーヌは扉の前に立ちふさがった。
「どきません! せめてシャツとズボンぐらいは部屋の中まで着なさい!」
 キッと睨みつけて、説教した。
「主人も雇われもありませんわ、だらしない! それでもいい歳の大人ですの!」

 ガラルドは面倒くさそうに耳を押さえた。
 堅苦しい場から帰って来たのだから、家の中ぐらい自由でいて何が悪いのか理解できない。
 流れ歩くのではなく、せっかく自分の好きにできる箱物を得たと言うのに。

「あ~うるさいうるさい。勝手におまえらが噂を広め、理想を語るだけだろうが。英雄様など俺の知ったことか」

 もう他人からの要求にはうんざりしていた。
 本日の我慢はすでに枯渇している。

「一人寝が嫌か? 相手が欲しければ、他に男が十人もいるんだ。コロコロしてもかまわん奴がいるだろうから、好きな布団に潜っておけ」
 猫の子を相手にするほど、簡単にミレーヌの襟首をつまんで、ポイ、と扉の横によける。

「まったく、どいつもこいつも。英雄だの剣豪だの騒ぎやがって、うっとうしい」
 立っているだけでもいいとか、座っていてくれたらそれで満足だとか、はなから双剣持ちへの要望ではない。
 動かずにじっとしているだけでも満足なら、勝手に銅像でも作ってくれといった気分だ。

 頼まれても王都になど来るんじゃなかったと、ブツブツとぼやきながら扉を開けた大きな背中に、ミレーヌはプチッと切れた。
 理想の英雄様像など、ミレーヌは一言も語っていない。
 濡れた服を散らかさずに拾い集めるように、幼い子供でもできることを要求しただけだ。

 頭にタオルを巻いて、パンツ一丁でいばるだけで、何が英雄だと思う。
 確かに武人としては有能かもしれないが、自己中心にも程がある。
 せっかく精悍で豪快な立ち姿をしているのだから、黙って立っていれば恰好よく見えるのに台無しだ。

 中身が実に下品で、口の悪いおっさん予備軍。
 自室まで服を着ることもできないほどの常識知らずだったとは!
 しょせんパンツ男だ。コレのどこが英雄なのか。
 尊敬していただけに、ガラガラと大切な何かが崩れていくのを止められない。

 それに、騒がれたり持ち上げられたりすることに慣れているせいか、全ての女が自分にすり寄ってくると勘違いしている。
 人の噂には上らなくても、女遊びを相当派手にしているらしい。
 言動からそれらが簡単に予想がついて、中身が想像と違いすぎると幻滅してしまう。
 まともに話をする気がまるでないので、更にむかっ腹がたって仕方なかった。

 確かに美人ではない自覚はあるけれど、意味もなくバカにされるのは我慢できない。
 不潔極まりない奴に、バカにされてしまった。
 この怒りをぶつけても、罰は当たらないだろう。

「わたくしがアライグマなら、あなたは熊よ」
 手にしていたフライパンを思わずふりあげた。
「まともに服も着れない、スットコドッコイのくせに! いったい、何様のつもりなの!」
 叫ぶと同時に叩きつける。

 ゴイーン☆

 鋼の打ち震える音が広い館に響き渡る。
 油断しきっているガラルドの後頭部に、フライパンが炸裂したのだ。

 それはそれは見事な音だった。
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