今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

24. 突然の!  1

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 目の前を大量の星が飛んだ。
 そこまでは記憶があったが意識も飛んでしまう。
 ズキズキズキズキと、なんだか頭が痛い。

 何が起こったのか、ガラルドはまったくわからなかった。
 ウ~とうなって目を開ける。

 横でシクシクと若い女が泣いていて、その横には老女がいた。
 見慣れない顔だが、見覚えはあった。
 このアライグマに似た女と福招きのばあさんは、新しく雇った家政婦だったかなぁと思いながら、ガラルドは頭に手をやった。
 見事に腫れていて、これはタンコブじゃないかと非常に驚いた。
 と、いうことは、何かがぶつかったのだ。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
 女が繰り返しているので、どうやらこいつのせいらしい。
 あたりをつけて記憶をたどったが、まったく身に覚えがなかった。
 いったい何がどうしたんだ? と首をかしげる。

「冷やせば朝までには腫れも引きますからねぇ」
 おお福招きが人の言葉をしゃべったと非常に驚いていたら、濡れたタオルを額にぺシャンとやられた。
「おいたがすぎましたねぇ」

 ガラルドは珍しく言葉に詰まった。
 幼児扱いをされても相手は年寄りだ。
 確かにこのばあさんから見たら二十五歳の自分など子供だと納得してしまう。

 かもしだされる雰囲気に目を細めた。
 見た目に騙されそうになるが、普通の老婆とはとても思えない。
 それが何から来る違和感か確かめる前に、不意に知っている声が届いた。

「このお二人が、サリ殿とミレーヌ様だよ」
「俺たちもいつも言ってるだろう? 来客もある玄関で服は脱ぐなって」
「今日から一緒に暮らすことになったぞ」

 クックッとラルゴに肩を揺らして笑われて、ガラルドは眉根を寄せた。
 服をポイポイ脱ぐことぐらい、魔具だの呪具の山に比べたら害がない。
 なにが問題かさっぱりわからないが、ようやく意識がしっかりしてきた。

 よく見たら隊員がベッド横に勢ぞろいしている。
 ミレーヌ達とは反対側に、デュランやサガンなどの二つ名持ちが立ったり座ったりしていた。
 ちなみに、部屋に入りきらなかった半分は面倒ごとを避けて、食堂へと移動している。

「なんで貴様ら五人がそろってるんだ?」

 素朴な疑問を投げかける。
 当たり前じゃないかと爆笑が返った。

「人生初の黒星の感想を聞こうと思ってな」
「見事にのびたじゃないか」
「ご婦人に失礼な口を聞くからだ」
「何が起きたか、わかってないだろう?」

 おお、確かにわかっていないぞと思いながら、タンコブをなでた。
 やはり本物である。
 殺気も何もなかったのに、誰かに攻撃されたらしい。
 まともに攻撃を受けた経験は、前奥義継承者との修行中まで遡る。
 記憶も自覚もないことなど、生まれて初めての体験で呆然とする。
 さすがにガラルドが無口でいると、ミレーヌが笑い転げている青年たちに喰ってかかった。

「もう! 笑い事じゃありませんのよ! 打ち所が悪ければ、どうなっていたことか!」
 こんな大きなフライパンですのにと、愛用の品を握りしめる。
 つい動転して持ってきてしまい、横の長椅子に座っている今も手にしている。
 黒々と輝く巨大なフライパンが、ミレーヌと一緒にプルプルと震えていた。

 そこでようやく、ガラルドは事態を理解した。
 ミレーヌがフライパンを握りしめている図はシュールである。
 玄関の出迎えになぜかフライパンを持っている妙な女だと思っていたが、寝室にまで持参するとは。
 どこにでも持ち歩くのかとあきれてしまった。

 しかし、アレでやられたのか。
 武器とは呼べぬ武器であるが、想像以上のダメージである。
 普通なら鉄甲で思い切り殴られたとしても、蚊に刺されたほどのダメージもないのに。
 それ以上に、襲われたことすらわからなかった。

 ただの女に倒されてしまうとは、俺は流派の長だぞ。

 さすがに渋い顔になってしまう。
 そんなガラルドを取り残して、場は笑いに包まれ、異様に盛り上がっていた。

「大丈夫だよ、剣で刺しても死なんのだから」
「ここで試してみようか? 本当に刺さらないどころか、なまくらだったら折れちまうんだ」

 恐ろしい事を口々に言いながらけしかけようとするので、バカ者どもがとガラルドはむかついた。
 が、意外なところからダメ出しが出た。

「いくらなんでも刺されたら死にますわよ!」
 ここは戦場ではないと、顔を真っ赤にして怒っている。
「ケガをしただけで痛いし、剣で刺すだなんて、冗談でもよして下さい!」

 冗談でも性質が悪いと他の者たちを怒っているミレーヌに、ガラルドは衝撃を受けた。
 この女、本気で言っている。

 一度でも顔を合わせれば噂通りと言われてしまうガラルドのことが、かなり強いだけの普通の男に見えているようだ。

 真実、剣豪だの英雄だの言われても、現実としてケガだってするし、病気にだってかかる。
 英雄だの伝説だの人の噂などどうでもいいが、人外扱いされる日常は面白くない。
 誰かにかばわれるなど初体験だった。

 ミレーヌをマジマジと見つめる。
 他人の意見や古い血に惑わされることなく、自分自身の感覚で当たり前に評価できる貴重な女。
 普通の人間として接する事のできる唯一の女。
 きっとこの女は、一生その感性が変わらない。

 直感が閃いた。
 この世界には、唯一無二の存在だ。

「結婚してくれ」
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