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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
23. あらどうしましょう 2
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ガラルド自身が奥義継承者の自覚があるのは幸いだが、自分の他にそれだけの能力を持つ者がいないことまでよく理解している。
なにをしても許されるとわかっているので、自分本位になるのだ。
他人の言葉を聞く気がない。
「強すぎるってのも、困ったもんでね」
戒めたくても誰にも止められないのだ。
「悪い奴じゃないんだが、足りない奴だから」
気の毒そうに皆が口をそろえるので、ミレーヌはよくわからなくて眉根を寄せた。
強くなりたいと願う者は知っていたが、強いが故の苦悩など聞いたことがない。
ただ、英雄になりたいと願う者よりも、望んでないのに生まれつきでそうなってしまった者は大変だと思うほかにない。
「わたくし、水を用意してきますわ」
とりあえず頭を冷やさなくてはと、看病の道具を取りにミレーヌは急いで奥へと消えた。
下手に考えるよりは、まずはできることをするために動く。
その背中を見送って、デュランがツンツンとガラルドの頭をつついてみる。
立派なタンコブだと感嘆の声をもらす。
めったにお目にかかれない大きさだった。
ガラルドがケガをしたところなど、いまだかつて見たことがないだけに、このダメージは深そうだ。
ミレーヌがまだ階下にいるのを気配で確かめ、小さな声でボソボソと相談を始める。
「どうする? せっかく買った情報を、忘れてるかも知れん」
「例の話を買うために、こいつを着飾らせたんだぞ。大金持たせて東の娼館に送ったのに」
無意味だったかとラクシがこぼした。
聖王と呼ばれるほどの賢人であるジャスティ王を狙う動きがあるらしく、王権には関係のない流派側からそれとなく調べを進めているところだった。
王侯貴族が利用する東の娼館街は政治の裏を知るためにはもってこいなのだ。
虚像は混じっても、枕話ほどあけすけな物はないからだ。
せっかく王権と流派が手を結び、共闘の姿勢を取り始めたのだ。
推進の要であるジャスティ王に倒れられては、いささか都合が悪い。
長年の対立関係が今回の情報収集に役立つはずなので、ガラルドの英雄効果に期待していたが当てが外れそうだった。
「騎士や近衛が周りをがっちり固めている国王なんざほっとけ」
くだらないとばかりに、サガンがぼそっとつぶやいた。
「国王様は御立派な飼い主なんだから、もとから俺らがでしゃばる理由はないんだよ」
そもそも情報を調べたからといって、王城の中で流派が大立ち回りするなんてできるはずがないので、国王は子飼いの諜報部員に任せておけばいいのだ。
狙う動きはあっても、王城の中には親王派も多く、簡単には手が出せるはずもない。
お願いされたからガラルドを送り出したけれど、権力闘争は専門外だ。
王都内は子飼いや騎士団に勝るものはなく、王都外の動きに注目するように流派側の者に伝達しているから、他の都市で妙な動きがあれば対応すればいいと思っている。
「例の話は忘れたってかまわんよ。どうせ、対象も自分の頭の中だけで納得してんだから。今まで買った情報を、まともに俺たちに伝達したことがあったか? そんなことより、さっきミレーヌさんがいいこと言ってたじゃないか」
「いいこと?」
見事にぶちのめす姿が立派過ぎた。
ガラルドを倒した事実に感動を覚えたものの、何を言っていたかなぁと首をかしげる。
「近衛つきの王よりも、俺たちには重要で急を要する事があったじゃないか」
あれか? とラルゴが笑った。
そうそうとうなずきながら、サガンはニヤッと笑う。
「熊だよ、熊! ただの熊と一緒だと思えば、報告の一つもできなくて自分勝手でも、腹が立つことはないだろう? こいつの隊なんだから、そのまんま、熊でいいだろうよ」
ああ、あれか! とみんな顔を見合わせた。
ずっと頭を悩ませていた難題が、一気に解決の光を得た顔になる。
確かにピッタリはまっている。
非常に大柄で厳つい雰囲気のガラルドは、不機嫌にうなると野生の熊にそっくりだった。
「確かに! ちょうどいいから、熊にしとこうぜ」
「ああ、この野郎にはぴったりだ」
どうせ、ガラルドの手駒になる隊なのだ。
どれほどくだらない理由であれ、ガラルドを見れば納得するはずだ。
新規の隊員にも命名のエピソードを伝える必要はないだろう。
こののち、世界に名をはせて誰もが憧れる、東の国最強部隊の名前が決まった。
黒熊隊。
もちろん。
その由来は永久に公表されることはなかった。
なにをしても許されるとわかっているので、自分本位になるのだ。
他人の言葉を聞く気がない。
「強すぎるってのも、困ったもんでね」
戒めたくても誰にも止められないのだ。
「悪い奴じゃないんだが、足りない奴だから」
気の毒そうに皆が口をそろえるので、ミレーヌはよくわからなくて眉根を寄せた。
強くなりたいと願う者は知っていたが、強いが故の苦悩など聞いたことがない。
ただ、英雄になりたいと願う者よりも、望んでないのに生まれつきでそうなってしまった者は大変だと思うほかにない。
「わたくし、水を用意してきますわ」
とりあえず頭を冷やさなくてはと、看病の道具を取りにミレーヌは急いで奥へと消えた。
下手に考えるよりは、まずはできることをするために動く。
その背中を見送って、デュランがツンツンとガラルドの頭をつついてみる。
立派なタンコブだと感嘆の声をもらす。
めったにお目にかかれない大きさだった。
ガラルドがケガをしたところなど、いまだかつて見たことがないだけに、このダメージは深そうだ。
ミレーヌがまだ階下にいるのを気配で確かめ、小さな声でボソボソと相談を始める。
「どうする? せっかく買った情報を、忘れてるかも知れん」
「例の話を買うために、こいつを着飾らせたんだぞ。大金持たせて東の娼館に送ったのに」
無意味だったかとラクシがこぼした。
聖王と呼ばれるほどの賢人であるジャスティ王を狙う動きがあるらしく、王権には関係のない流派側からそれとなく調べを進めているところだった。
王侯貴族が利用する東の娼館街は政治の裏を知るためにはもってこいなのだ。
虚像は混じっても、枕話ほどあけすけな物はないからだ。
せっかく王権と流派が手を結び、共闘の姿勢を取り始めたのだ。
推進の要であるジャスティ王に倒れられては、いささか都合が悪い。
長年の対立関係が今回の情報収集に役立つはずなので、ガラルドの英雄効果に期待していたが当てが外れそうだった。
「騎士や近衛が周りをがっちり固めている国王なんざほっとけ」
くだらないとばかりに、サガンがぼそっとつぶやいた。
「国王様は御立派な飼い主なんだから、もとから俺らがでしゃばる理由はないんだよ」
そもそも情報を調べたからといって、王城の中で流派が大立ち回りするなんてできるはずがないので、国王は子飼いの諜報部員に任せておけばいいのだ。
狙う動きはあっても、王城の中には親王派も多く、簡単には手が出せるはずもない。
お願いされたからガラルドを送り出したけれど、権力闘争は専門外だ。
王都内は子飼いや騎士団に勝るものはなく、王都外の動きに注目するように流派側の者に伝達しているから、他の都市で妙な動きがあれば対応すればいいと思っている。
「例の話は忘れたってかまわんよ。どうせ、対象も自分の頭の中だけで納得してんだから。今まで買った情報を、まともに俺たちに伝達したことがあったか? そんなことより、さっきミレーヌさんがいいこと言ってたじゃないか」
「いいこと?」
見事にぶちのめす姿が立派過ぎた。
ガラルドを倒した事実に感動を覚えたものの、何を言っていたかなぁと首をかしげる。
「近衛つきの王よりも、俺たちには重要で急を要する事があったじゃないか」
あれか? とラルゴが笑った。
そうそうとうなずきながら、サガンはニヤッと笑う。
「熊だよ、熊! ただの熊と一緒だと思えば、報告の一つもできなくて自分勝手でも、腹が立つことはないだろう? こいつの隊なんだから、そのまんま、熊でいいだろうよ」
ああ、あれか! とみんな顔を見合わせた。
ずっと頭を悩ませていた難題が、一気に解決の光を得た顔になる。
確かにピッタリはまっている。
非常に大柄で厳つい雰囲気のガラルドは、不機嫌にうなると野生の熊にそっくりだった。
「確かに! ちょうどいいから、熊にしとこうぜ」
「ああ、この野郎にはぴったりだ」
どうせ、ガラルドの手駒になる隊なのだ。
どれほどくだらない理由であれ、ガラルドを見れば納得するはずだ。
新規の隊員にも命名のエピソードを伝える必要はないだろう。
こののち、世界に名をはせて誰もが憧れる、東の国最強部隊の名前が決まった。
黒熊隊。
もちろん。
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