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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
26. ガラルドとサリ 1
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黙りこくったラルゴたちに代わって、ずっと黙ったまま成り行きを見守っていたサリが、おかしそうにコロコロと笑った。
「欠けた御人かと思ったら、足りない御人なんだねぇ。損するばかりだろうに、ねぇ?」
は? と首を傾げた後で、ガラルドはベッドの上に胡坐をかいた。
やっぱりこの老女は普通の人間とは違う匂いがする。
福福とした見た目に騙されそうになるが、シン深く澄んだ気配をまとっている。
ガラルドは目を細めた。
似たような気配を記憶から手繰り寄せる。
「ばあさんこそ変わってるな。ないものは、ないんだ。あるものだけしか人は使えん」
それで十分さと言いきると、普通の人ならそれでいいんだけどねとサリは笑った。
「まずは知ることだよ? 覚えておくことだねぇ。欠けた部分を探すよりも、足りない所を補うのはたやすいんだ。あんたのお師匠さんは大事なことを伝える途中で亡くなって、ずいぶんと心残りだったに違いないよ。私の知っていることだけでも、あんたに教えてあげようねぇ」
おっとりとサリは笑った。
「きっといつかは役に立つさ。それにしても、あんたの声はよく聞こえるねぇ」
穏やかな声に、ガラルドだけでなくサガンたち五人も顔つきを変えた。
当たり前の言葉のようでも、ただの年寄りではないと初めて理解した。
ニコニコした人のいい老女の顔をしていたが、自分たちとは違う分野で古い血が濃いらしい。
耳ではなく、心で他人の声を聞いている。
フン、とガラルドは鼻を鳴らした。
「サラディンの妖怪婆のような口を聞く奴だ。薬師のくせに巫女の匂いまでする」
またそんな口をきく、とラルゴたちは酸っぱい顔になった。
サラディンの妖怪婆とは月と太陽の神殿の巫女長で、国主も務める年齢不詳の老女である。
齢百年とも千年とも噂され、既に人の域を超えていた。
神秘と魔術の国では生き神と等しく、魔力も神力も世界最高の能力を誇っている。
本来は流派と無関係だったはずだが数代前の長たちの間で、何らかの取り決めがあったらしい。今では生死の境目で受け継ぐしかない流派をつなぐ役割を負い、生き神様らしく知識として技を後世に引き継ぐ任も負っていた。
偉大なるサラディンの巫女長は、その姿も存在感を放っていた。
神々しく見目麗しければ天は二物を与えたと心酔するものも増えるだろうが、乾物のように見える年季の入った容姿なのだ。
妖怪婆という呼び名はあまりにはまっていた。
毎日のように聞いていると、周囲までつられて本来の名を忘れてしまいそうで困る。
仮にも生き神様に等しい国主を妖怪呼ばわりするのはよせと言っているのに、ガラルドは全く改めない。
何より親密な仲なのだ。
自由奔放で制御の利かない少年時代に寝食を共にした事もあり、古い血を押さえるまじないを施されたうえいろんな意味でかわいがられているので、本音をズケズケ言える親密な関係だと開き直る始末だ。
まったくもう! と苦情を申し立てても、今のように聞こえないふりをして終わりだ。
幸いというか意外というべきか、ガラルドはじっとサリの言葉を待っている。
「巫女とは違うんだよ。だけどね、医療とまじないは切っても切れないものだからねぇ?」
率直なガラルドの言葉に、ウンウンとサリはうなずいた。
ずいぶん前に薬師だったとポツンといった。
薬師とは言霊で人の生きる力を増したり、小さな手順を踏むことで持って生まれた幸運の量を増したりするのだ。
「もう二〇年も離れているのに、そこまでわかるなら、やっぱりあんたは並みの生れではないね」
サリは気の毒そうにガラルドを見た。
有名ではなかったが、サリはまじないの力が並外れて強かった。
サラディンからの勧誘もあったほど、強く濃い古い血を持っているとサリはとつとつと語った。
異国で神事に従事るより、医療を待つ地方の人々のために生きたいと、断ったのだ。
「だからね、私の持つ力は、魔法ではないんだよ? だがねぇ、あんたたちが望むなら現役に戻ってもいいんだ。おいぼれでも、あと少しぐらいは使い物になるだろうからねぇ」
まっすぐに見つめてくるサリを、ガラルドはジッと見つめ返して「よせよせ」と言った。
「俺は魔術もまじないも好かん。それに、いい歳なんだぞ? わざわざ短い寿命を縮めることはないさ。そのままのばあさんでいろ」
「そうかい?」
答えがわかっていたようにサリはニコニコと人の良い顔でいた。
「まぁ、私に残ってる時間も少ないんだ。でもねぇあんたが古い血に振り回されないよう、人らしい生き方ぐらいは教えられるさ」
「なんだそれは?」
ガラルドはどこか憮然としたまま問い返す。
自分の持っている古い血や能力に振り回された覚えはない。
最大限に活用し、使いこなしている。
そう自負していたのに、サリからはまだまだだと、ダメ出しをされている気配を感じておもしろくない。
「欠けた御人かと思ったら、足りない御人なんだねぇ。損するばかりだろうに、ねぇ?」
は? と首を傾げた後で、ガラルドはベッドの上に胡坐をかいた。
やっぱりこの老女は普通の人間とは違う匂いがする。
福福とした見た目に騙されそうになるが、シン深く澄んだ気配をまとっている。
ガラルドは目を細めた。
似たような気配を記憶から手繰り寄せる。
「ばあさんこそ変わってるな。ないものは、ないんだ。あるものだけしか人は使えん」
それで十分さと言いきると、普通の人ならそれでいいんだけどねとサリは笑った。
「まずは知ることだよ? 覚えておくことだねぇ。欠けた部分を探すよりも、足りない所を補うのはたやすいんだ。あんたのお師匠さんは大事なことを伝える途中で亡くなって、ずいぶんと心残りだったに違いないよ。私の知っていることだけでも、あんたに教えてあげようねぇ」
おっとりとサリは笑った。
「きっといつかは役に立つさ。それにしても、あんたの声はよく聞こえるねぇ」
穏やかな声に、ガラルドだけでなくサガンたち五人も顔つきを変えた。
当たり前の言葉のようでも、ただの年寄りではないと初めて理解した。
ニコニコした人のいい老女の顔をしていたが、自分たちとは違う分野で古い血が濃いらしい。
耳ではなく、心で他人の声を聞いている。
フン、とガラルドは鼻を鳴らした。
「サラディンの妖怪婆のような口を聞く奴だ。薬師のくせに巫女の匂いまでする」
またそんな口をきく、とラルゴたちは酸っぱい顔になった。
サラディンの妖怪婆とは月と太陽の神殿の巫女長で、国主も務める年齢不詳の老女である。
齢百年とも千年とも噂され、既に人の域を超えていた。
神秘と魔術の国では生き神と等しく、魔力も神力も世界最高の能力を誇っている。
本来は流派と無関係だったはずだが数代前の長たちの間で、何らかの取り決めがあったらしい。今では生死の境目で受け継ぐしかない流派をつなぐ役割を負い、生き神様らしく知識として技を後世に引き継ぐ任も負っていた。
偉大なるサラディンの巫女長は、その姿も存在感を放っていた。
神々しく見目麗しければ天は二物を与えたと心酔するものも増えるだろうが、乾物のように見える年季の入った容姿なのだ。
妖怪婆という呼び名はあまりにはまっていた。
毎日のように聞いていると、周囲までつられて本来の名を忘れてしまいそうで困る。
仮にも生き神様に等しい国主を妖怪呼ばわりするのはよせと言っているのに、ガラルドは全く改めない。
何より親密な仲なのだ。
自由奔放で制御の利かない少年時代に寝食を共にした事もあり、古い血を押さえるまじないを施されたうえいろんな意味でかわいがられているので、本音をズケズケ言える親密な関係だと開き直る始末だ。
まったくもう! と苦情を申し立てても、今のように聞こえないふりをして終わりだ。
幸いというか意外というべきか、ガラルドはじっとサリの言葉を待っている。
「巫女とは違うんだよ。だけどね、医療とまじないは切っても切れないものだからねぇ?」
率直なガラルドの言葉に、ウンウンとサリはうなずいた。
ずいぶん前に薬師だったとポツンといった。
薬師とは言霊で人の生きる力を増したり、小さな手順を踏むことで持って生まれた幸運の量を増したりするのだ。
「もう二〇年も離れているのに、そこまでわかるなら、やっぱりあんたは並みの生れではないね」
サリは気の毒そうにガラルドを見た。
有名ではなかったが、サリはまじないの力が並外れて強かった。
サラディンからの勧誘もあったほど、強く濃い古い血を持っているとサリはとつとつと語った。
異国で神事に従事るより、医療を待つ地方の人々のために生きたいと、断ったのだ。
「だからね、私の持つ力は、魔法ではないんだよ? だがねぇ、あんたたちが望むなら現役に戻ってもいいんだ。おいぼれでも、あと少しぐらいは使い物になるだろうからねぇ」
まっすぐに見つめてくるサリを、ガラルドはジッと見つめ返して「よせよせ」と言った。
「俺は魔術もまじないも好かん。それに、いい歳なんだぞ? わざわざ短い寿命を縮めることはないさ。そのままのばあさんでいろ」
「そうかい?」
答えがわかっていたようにサリはニコニコと人の良い顔でいた。
「まぁ、私に残ってる時間も少ないんだ。でもねぇあんたが古い血に振り回されないよう、人らしい生き方ぐらいは教えられるさ」
「なんだそれは?」
ガラルドはどこか憮然としたまま問い返す。
自分の持っている古い血や能力に振り回された覚えはない。
最大限に活用し、使いこなしている。
そう自負していたのに、サリからはまだまだだと、ダメ出しをされている気配を感じておもしろくない。
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