今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男

39. ガラルドとミレーヌ 2

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「サリは実にいい女だ。俺の足りないことをたくさん知っている。十年は無理でも、五年はピンピンしてもらわんと困るな。おまえに何かあっても、俺がサリの面倒は見てやろう」

 任せておけなんて言うので、ミレーヌはあきれてしまった。
 だって治安のいい王都内でのほほんと暮らす家政婦の自分なんかより、魔物や野盗を退治しにしょっちゅう出かけるガラルドは、より何が起こるかわからない立場なのに。

「なにかなんて、わたくしにあるわけないでしょう?」
 それもそうだなとガラルドは笑った。
 不意に真顔になると、強い意思そのものの瞳を向け、静かに告げる。

「ミレーヌ、おまえは俺の還る場所だ。先のことなどわからんが、俺はいついかなる時でも、おまえのもとに還るだろう」

 え? とミレーヌは目を丸くした。
 意味はよく理解できなかったけれど、毎日聞く結婚なんて言葉なんかよりもずっと魂に響いて、カラルドに惚れられている気になった。
 初めて真情に似た想いが伝わってきて、なんだか心が震えてしまった。

 還る場所とはどういう意味だろう?

 サリに聞いてみようかと思いながら、不意に結婚の言葉が真実味をおびた。
 今日の話を総合して考えると、ガラルドは単なる思いつきや気まぐれで、子供のように結婚結婚と繰り返していないらしい。
 ありのままの姿を彼が見せているのは自分だけだとしたら? と考え、ムードがなくてもプロポーズは本気だとわかってしまった。

 さすがに世界の剣豪からの真っ正直な告白だと理解してしまうと、カァッと真っ赤になってミレーヌはスカートを握りしめてしまう。

 冗談ではないのなら、あれほど毎回邪険にしているのにあきらめないなんて、どれだけ本気なのだろう?

 想像すると、胸が一杯になった。
 第三者視点で見ると、ガラルドほど優れた殿方はこの世にはいないのだ。

 でも、すぐに気づいて眉根を寄せた。
 ミレーヌは乙女思考でも、現実主義だった。
 まっとうな生活を積み重ね、まっとうな人生を送ることを目標にしている。

 もう少しまともに話が通じる人でないと、実際に日常をよりそえない。
 外に出れば珍獣扱いで注目を浴び、家の中ではしょせんパンツ男だ。
 一緒に暮らすとなると問題が大きすぎて、うなずくにはかなり勇気がいる。
 なにより、英雄的な奇人を理解するのは難しい。

 ギブ・ミー・普通の生活。
 特別な物は何もいらない。
 やっぱり、それが幸せへの第一歩だった。

 うん、流される訳にはいきませんわ。

 こぶしを握りしめてなにやら決意を固めているミレーヌの表情に、ガラルドは不思議そうな顔をした。
 なにを一人で百面相をしているんだ? と謎に思う。
 まぁそれが面白くて気にいっているのだが。

「そろそろ帰るぞ。他にいる物はないか?」
 不意にそう言うので、はい、とミレーヌはうなずいた。
 太陽の傾きが夕暮れを告げていた。

「十分ですわ。ありがとうございます」
 楽しかったですわと、本気で礼を言った。

 ミレーヌから心のある綺麗な笑顔を向けられて、いつもの十倍は可愛いと妙なほめ方をしたけれど、ガラルドは嬉しそうだった。

「また時間があれば連れて来てやる」
 偉そうに宣言して、ガラルドはミレーヌを抱える。
 そのまま王都に向かって走り出した。

 来たときと同じだ。
 人の足なのに、馬よりも鳥よりも速く、駆けただけで風のようだ。

 この人は普通から最も遠い男なのだと、ミレーヌは頬に当たる風に感じた。
 あまりの強さにまともに息ができなくなるから、ミレーヌはガラルドの胸に顔を埋めるようにして、なんとか呼吸を整える。
 濃い古い血を持つのは、それだけで当たり前から遠ざかってしまう。

 それでも、心を持つ人なのだ。

 力を抜いたり、素の顔を見せる相手が必要なのは、痛いぐらい理解できた。
 異質を抱えた者同士ではなく、当たり前を知る者も側には必要だろう。

 この人に、なにかしてあげたい。

 恋愛感情ではなかったけれど。
 少しでも力になれたらいいと、初めて強く思ったのだった。
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