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「英雄のしつけかた」 3章 死神と呼ばれる少年
43. 帰還の日に 2
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「今は出かけていますけれど、もうすぐ帰ってくる予定ですの。ガラルド様は約束を守る方ですから、明日にでもいらして下さる?」
そう、良くも悪くも有言実行である。
他の者が断言するなと忠告しても、俺の言葉が信じられないのかと堂々と胸を張り、そのうえ実現している。
今回だって「一週間ほどで」と帰還日に幅を持たせたデュラン達と違い、「ただのドラゴンだぞ、四日もあれば充分だ」とつまらなそうに耳をいじっていた。
ただのドラゴン。
そんな言い方はどうかと思うのだけど、それに見合う実力あるのも確かなので、誰も突っ込めないようだった。
騎士団の一個大隊が装備を整えてから挑んでも、ドラゴンの討伐は不可能なのに。
それ以上に、他の隊員たちのことをまるで考えていない。
問題は討伐そのものより王国騎士団や警備団との連携の取り方だと、デュランから教えてもらった。
他の者とは感覚の差が大きすぎて、どうしても会話がかみ合わない部分が出るのは仕方ないにしても、周囲が渋い顔になるのはそれなりに訳がある。
事後承諾は控えるべきなのに、ガラルドは本能で突き進む。
はじめてミレーヌと出会った時だって街道を破壊してしまい、討伐よりは修復工事に手を取られていた。
ガラルドが首を突っ込んだだけで「やっちゃいました~ごめんなさい」が非常に多くなる。
他にも事前相談がなかったお詫びだとか、騎士団や地方警備団への公的協力要請とか、東の国独自の手続きだって色々あるのだが、面倒な雑務は隊員たちに丸投げである。
最初に許可を得れば簡単なことも、全て後から承諾になるので大変なんだとデュランがぼやいていた。
本当にどうしようもない熊なんだからとムッとした後で、ミレーヌはふと口元を押さえた。
あら嫌だ、またガラルド様のことを考えている。
これは、かなり毒されているのではないかしら?
なんだか釈然としない。
ふと視線に気づいて、あららと思う。
目の前にいる少年のことをほったらかして、思考に落ちていた。
「ごめんなさいね。とりあえず詰所に顔を出せば、ガラルド様と話もできますから」
ミレーヌが請け負うと、フッと少年は笑った。
邪気はないけれど、いたずらな笑顔だった。
「いかない。彼に来てもらうから、手伝えよ」
え? と思った瞬間。
目の前が真っ暗になった。
当て身を喰らわせて気を失ったミレーヌを肩に担ぐと、少年は軽々と屋根へと跳んだ。
大通りでの白昼堂々の誘拐だったが、あまりに素早すぎて誰も気がつかない。
ただ愛用の籐カゴだけが、コロンと地面に転がって残されていた。
その数時間後。
警邏で都市内を巡回している騎士によって、落とし物だとカゴが邸宅に届けられた。
遠征から帰宅したガラルド達は、デュランから王都内の近況報告を受けつつ、詰所の中でちょうど旅装束をほどいているところだった。
「持ち主は?」
「帰宅されていませんか?」
届けに来た騎士に不思議そうに問い返されて、思わず全員が視線を交わした。
のんびりしていてもしっかり者のミレーヌが、財布ごとカゴを落とす訳がない。
百歩譲って、転んでカゴを落としたとしよう。
しかし、財布だけはしっかり握っているはずだ。
起きあがる時に、道端に転がる小銭ぐらい発見してもおかしくない。
そのぐらいちゃっかりしたところがある。
なのに、財布が入っていた。
これはかなりの非常事態に違いなかった。
とりあえず「どうもありがとう」と適当に話を合わせて、早々に騎士にはお引き取り願った。
「財布に住所の書いた紙が入っているか…確かに騎士殿のおっしゃられるとおりだけどな」
「こりゃまずいんじゃないか?」
「このパルプ紙は東の国に流通してない。スカルロード産だろう?」
「南部なら簡単に手に入るだろうが、王都じゃ商人があつかわないさ。関税が高くて割に合わん」
カゴの中から取り出した紙を指にはさみ、キサルが目の前でつまらなそうに揺らした。
「だいたい、ミレーヌ様は字が書けんぞ」
それは、特に珍しい話ではなかった。
下街生まれだと当たり前だから、代筆屋が代読業も兼ねて繁盛している。
ミレーヌはあれでも努力家なので、食堂の一覧表から隊員の名前だけは学ぶ努力をしていた。
まぁ、その程度のレベルだ。
「なんだと?」
ガラルドが眉根を寄せた。
「なんだ、知らなかったのか?」
「アレだけ付きまとってたくせに、鈍い奴だな」
「些事は俺らに丸投げだから、惚れた女のことすらわからんのさ」
「そんなことは誰も聞いとらん」
ミレーヌのストーカーに似た言われように、ガラルドはさすがにムッとした。
旅装束を外したものの、皆が探索の準備を整えているのを不服そうに睨みつける。
ミレーヌが字を書こうが書くまいが料理だの家政婦としての腕には何ら問題はないと、少しずれたことをブツブツとつぶやく。
「では、ミレーヌはどこだ?」
俺が聞きたいのはそこだと腕を組む。
「さぁな、わかるわけがないさ」
「まぁ消えたのは確かだろ?」
「落し物です~とカゴが届くぐらいだ。人目につかなかったってことだろうな」
「さっきの騎士殿の様子じゃ、手がかりも少ないだろうが捜し方はあるさ」
口調だけは普段の軽口と大差なかったけれど、全員の表情は厳しくなっていた。
今のところは行方不明。
そうとしか言いようがなかった。
そう、良くも悪くも有言実行である。
他の者が断言するなと忠告しても、俺の言葉が信じられないのかと堂々と胸を張り、そのうえ実現している。
今回だって「一週間ほどで」と帰還日に幅を持たせたデュラン達と違い、「ただのドラゴンだぞ、四日もあれば充分だ」とつまらなそうに耳をいじっていた。
ただのドラゴン。
そんな言い方はどうかと思うのだけど、それに見合う実力あるのも確かなので、誰も突っ込めないようだった。
騎士団の一個大隊が装備を整えてから挑んでも、ドラゴンの討伐は不可能なのに。
それ以上に、他の隊員たちのことをまるで考えていない。
問題は討伐そのものより王国騎士団や警備団との連携の取り方だと、デュランから教えてもらった。
他の者とは感覚の差が大きすぎて、どうしても会話がかみ合わない部分が出るのは仕方ないにしても、周囲が渋い顔になるのはそれなりに訳がある。
事後承諾は控えるべきなのに、ガラルドは本能で突き進む。
はじめてミレーヌと出会った時だって街道を破壊してしまい、討伐よりは修復工事に手を取られていた。
ガラルドが首を突っ込んだだけで「やっちゃいました~ごめんなさい」が非常に多くなる。
他にも事前相談がなかったお詫びだとか、騎士団や地方警備団への公的協力要請とか、東の国独自の手続きだって色々あるのだが、面倒な雑務は隊員たちに丸投げである。
最初に許可を得れば簡単なことも、全て後から承諾になるので大変なんだとデュランがぼやいていた。
本当にどうしようもない熊なんだからとムッとした後で、ミレーヌはふと口元を押さえた。
あら嫌だ、またガラルド様のことを考えている。
これは、かなり毒されているのではないかしら?
なんだか釈然としない。
ふと視線に気づいて、あららと思う。
目の前にいる少年のことをほったらかして、思考に落ちていた。
「ごめんなさいね。とりあえず詰所に顔を出せば、ガラルド様と話もできますから」
ミレーヌが請け負うと、フッと少年は笑った。
邪気はないけれど、いたずらな笑顔だった。
「いかない。彼に来てもらうから、手伝えよ」
え? と思った瞬間。
目の前が真っ暗になった。
当て身を喰らわせて気を失ったミレーヌを肩に担ぐと、少年は軽々と屋根へと跳んだ。
大通りでの白昼堂々の誘拐だったが、あまりに素早すぎて誰も気がつかない。
ただ愛用の籐カゴだけが、コロンと地面に転がって残されていた。
その数時間後。
警邏で都市内を巡回している騎士によって、落とし物だとカゴが邸宅に届けられた。
遠征から帰宅したガラルド達は、デュランから王都内の近況報告を受けつつ、詰所の中でちょうど旅装束をほどいているところだった。
「持ち主は?」
「帰宅されていませんか?」
届けに来た騎士に不思議そうに問い返されて、思わず全員が視線を交わした。
のんびりしていてもしっかり者のミレーヌが、財布ごとカゴを落とす訳がない。
百歩譲って、転んでカゴを落としたとしよう。
しかし、財布だけはしっかり握っているはずだ。
起きあがる時に、道端に転がる小銭ぐらい発見してもおかしくない。
そのぐらいちゃっかりしたところがある。
なのに、財布が入っていた。
これはかなりの非常事態に違いなかった。
とりあえず「どうもありがとう」と適当に話を合わせて、早々に騎士にはお引き取り願った。
「財布に住所の書いた紙が入っているか…確かに騎士殿のおっしゃられるとおりだけどな」
「こりゃまずいんじゃないか?」
「このパルプ紙は東の国に流通してない。スカルロード産だろう?」
「南部なら簡単に手に入るだろうが、王都じゃ商人があつかわないさ。関税が高くて割に合わん」
カゴの中から取り出した紙を指にはさみ、キサルが目の前でつまらなそうに揺らした。
「だいたい、ミレーヌ様は字が書けんぞ」
それは、特に珍しい話ではなかった。
下街生まれだと当たり前だから、代筆屋が代読業も兼ねて繁盛している。
ミレーヌはあれでも努力家なので、食堂の一覧表から隊員の名前だけは学ぶ努力をしていた。
まぁ、その程度のレベルだ。
「なんだと?」
ガラルドが眉根を寄せた。
「なんだ、知らなかったのか?」
「アレだけ付きまとってたくせに、鈍い奴だな」
「些事は俺らに丸投げだから、惚れた女のことすらわからんのさ」
「そんなことは誰も聞いとらん」
ミレーヌのストーカーに似た言われように、ガラルドはさすがにムッとした。
旅装束を外したものの、皆が探索の準備を整えているのを不服そうに睨みつける。
ミレーヌが字を書こうが書くまいが料理だの家政婦としての腕には何ら問題はないと、少しずれたことをブツブツとつぶやく。
「では、ミレーヌはどこだ?」
俺が聞きたいのはそこだと腕を組む。
「さぁな、わかるわけがないさ」
「まぁ消えたのは確かだろ?」
「落し物です~とカゴが届くぐらいだ。人目につかなかったってことだろうな」
「さっきの騎士殿の様子じゃ、手がかりも少ないだろうが捜し方はあるさ」
口調だけは普段の軽口と大差なかったけれど、全員の表情は厳しくなっていた。
今のところは行方不明。
そうとしか言いようがなかった。
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