今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

62. 双剣の盾 2

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 生きた伝説の姿を保つ。
 それが、英雄としての役割でもある。
 一般人の夢や羨望を壊してはいけないのだ。
 不承不承ながらも納得しているからこそ、ガラルドの英雄伝は成り立っていた。

 世間一般の人は、戯曲のガラルドの姿がそのままの彼だと信じていた。
 異国に暮らす者ならなおさらである。
 オルランドも憧れていて、例外ではなかった。

 それに、戦うガラルドは英雄らしいのだ。

 直接、触れた刃だけではない。
 大半の魔物に、ガラルドの剣そのものは触れてもいない。
 それなのに気持ちよいぐらい、バッサバッサと軽快に切り捨てている。

 正面から迎えた大地を駆ける魔物だけではない。
 空をゆくモノとてガラルドから逃れられなかった。
 低く構えた位置から跳ね上がった剣筋が、疾風のように空を行く魔鳥まで切り刻んでいる。

 目に見えない疾風の刃。
 アレが奥義技だとオルランドは目を輝かせた。

 やっと見ることができた。
 流派が脈々と受け継いできた退魔の業である。
 厳しい決まりがあるので、道場に入門するか師範につかないと奥義は見せてもらえない。
 だから、本格的なやり方を間近で見るのは初めてだった。

 双剣を持つガラルドは無敵である。
 切り裂く風を巻き起こし、気合だけで魔物の攻撃を撥ね返し、武将神が降臨したようだ。

 実は腹いせで暴れているのだが、オルランドには内情まで思いいたらなかった。
 なんとガラルドは、俺たちの作戦に従えないなら来るなと隊員からボコボコにされたあげく、全て片付くまでは砦への出入り禁止を言い渡されている。

 異流派も巻き込んで討伐隊を結成するぞと本気の威嚇に、現在、立腹中である。
 かといって、逆らったら本気でサラディン国の妖怪婆まで呼び出しそうな勢いだったので、不承不承に言いつけに従うしかなかった。
 国主の仕事をおっぽってでも登場しそうな喰えない婆だが、貸しを作ったとばかりに後日厄介事を持ちこまれるなんてごめんだ。
 神殿トップの妖怪婆が面倒くさがって丸投げする案件など、想像するだけでやっていられない。
 実に不機嫌極まりない状況なのである。

 そんなガラルドの目の前に、鬱憤をぶつけるのにちょうどいい魔物の群れ。
 八つ当たり イコール いつもの数倍の破壊力。

 本気のガラルドは破壊神と等しい。
 ほとんど一方的に魔物の群れをせん滅していた。

 そんな内情は見ているだけではわからない。
 オルランドはただひたすら、すごいと感嘆するばかりだ。

 剣豪はたった一人で要塞に向かってくる大量の魔物を、剣豪は引き受けて片づける気なんだと感激すらしている。
 すでに中に入っているモノは追わず、仲間に任せる決断力もすごいと思っていた。
 目をキラキラさせてガラルドの奮闘ぶりを、頬を紅潮させて興奮しながら観察する。

 どこまで自分の強さに自信があるのだろう?

 技のタイミングや方法も、ジイッと観察する。
 手首の返しやタイミングを盗みとろうと、詳細まで目に焼きつけた。
 多種多様な奥義技を間断なく繰り出し、魔物を討ちまくっているから、本当にいい物を見せ続けてくれる。

 しかし、ふと気付く。
 すでに七割ほどの魔物が狩られて、その姿を消していた。

 そろそろ潮時だ。

 オルランドは身を翻した。
 調子に乗って長居をしていたら、全てを片づけた双剣持ちに犯罪者として捕獲されてしまう。
 見つからないうちに逃走しなくては。

 屋根の上を走り、ひょいと適当な窓から要塞の中に入った。
 裏の崖から逃走しようと階段を駆け降りたところで、うわっと声を上げて床に転がった。

 頭の上を風の刃がすぎる。
 もし転がらなかったら、胴で真っ二つだった。

 それでも、殺気はこもっていなかった。
 これほど鋭利な刃は初めてだが、気配も殺気もない刃なんて……知らず言葉を失う。

 背筋を冷や汗が流れた。
 オルランドは腰から剣を抜き、膝をついて前を見る。

 闇にその輪郭を浮き上がらせながら。
 暗い廊下の果てに。

 男が一人、立っていた。

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