今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

61. 双剣の盾 1

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 青白い闘気をまとう姿は、東の剣豪や英雄との呼び名に相応しいものだった。
 張り詰めた空気が、一回り以上その身体を大きく見せている。

 吊り橋の前に男は立ち、向かってくる大量の魔物の群れに剣をふる。
 軽い調子だったのに、それだけで何十体もの魔物の身が砕けて霧散した。
 刃から放たれた剣圧だけで、恐るべき破壊力である。

 すごい、とオルランドは純粋に感動していた。
 ミレーヌが語っていたスットコドッコイな話は、脳内からすべて消去していた。

 遠目に見るガラルドの姿は、英雄の呼び名に相応しいから当然である。
 砦の前に立ちふさがっている姿は武神さながらだ。
 双剣の盾と呼ばれるようになった逸話も思い出した。
 生きた英雄伝は、人の記憶にも鮮やかである。

 確かその時、ガラルドは十五歳だったはずだ。
 仮成人前の若造で、まだ駆け出しだった。

 それでも突出した才覚から、次期奥義継承者だと指名を受けたばかりの頃だ。
 カナルディア国に攻め入るヴィゼラル軍を、辺境の町の手前でうち払った事がある。

 王都カナルに全ての護りを集める動きがあり、東流派にも王都民の暮らしを守ってほしいと協力要請があった。
 その時、国王に協力を承諾しながらも、王都ばかりが人の暮らす場所ではないと答えている。
 本来ならば退魔の技であるがと前置きして、東流派の次の長として言い放った。

「国や王を護るのは騎士の役目。我は人を護る。この命が続く限り、双剣の盾となろう」

 そして、単身。
 辺境へと馳せ参じたのだ。

 一国を攻めようとする巨大な軍を前にしても、双剣を手に不遜に笑っただけだという。
 結果は言うまでもない。

 一騎当千。

 本当に小さな町だったが、商家や下街の者まですべてを無傷で護りきった。
 壊滅した敵軍ではあるが、どういった技を使ったのか、死者そのものは少なかったという。
 異例の動きを見せたとしても、流派はあくまでも魔を滅する技なのだ。
 なので、敗走するヴィゼラル軍の追討要請が来たときには、涼しい顔で断っている。

「俺は盾だ。去る者は追わん」

 国王を相手に短く告げると、仮成人前の若造がといきりたつ貴族もいた。
 しかし、ガラルドと眼差しを合わせただけで、王制を営む貴族は口をつぐむ。
 それだけの威厳がすでに備わっていた。
 賢王と名高いジャスティは、ただ笑ったという。

「ならば、貴公こそ英雄に相応しい。双剣の盾は世界の至宝となろう」
 その時から英雄として讃えられ、双剣の盾と呼ばれるようになった。

 東の剣豪とは、戦った異国の兵士たちがささやき広めた名前である。
 神獣や神々の名を模すのではない。
 剣豪、そのままの強さだったと。

 この逸話は戯曲や芝居にもなっているので、そのくだりは実に有名だった。
 年齢や性別に関係なく、英雄戯曲の中にいるガラルドには憧れを抱いて当然なのだ。

 もちろん、オルランドもその一人だった。
 その力や姿を近くで見たいからこそ、こんな手の込んだ誘拐を企てたのだ。

 剣豪の技を近くで見たいけれど、捕まるのはごめんだったから、あれこれと知恵を巡らせた。
 そのかいがあるぐらい、ガラルドの戦う姿は勇猛だった。

 もっとも。
 英雄戯曲と現実には、天と地よりも大きな隔たりがある。
 これを作った奴はアホか、とガラルド本人があきれるほどの差だ。

 辺境へと一人出向いたのも、騎士や将軍のように作戦だの名誉だのにこだわる、四角四面の面倒な者と動きたくないだけだった。
 戴冠を済ませたばかりのジャスティ王は友人だったが、何千もの騎士や警備兵が囲んでいるのだからほっとけばいいと簡単に判断した。

 それに。
 単身なら単純明快。

 目の前にいるのは全て敵なので、せん滅するのに考えずにすむ。
 味方が混じっていては、ガラルドの持つ力は破壊力が大きすぎるのだ。
 気をつけなくては自軍まで壊滅してしまう。
 混戦した中でチマチマと単騎づつ倒すような手加減をするのは面倒くさい。

 まぁ、王がいなくなって滅びるような国は大した国家ではないし、街や営みを作るのは暮らしている人なのだ。
 人さえいれば、王や国など必要ない。

 当たり前にそんなことをガラルドは公言している。
 それに大きな声で言えない事情としては、侵攻のあった辺境地は遺跡も多く、厄介な魔物の封印もいくつかあるので、国のために次期長が動いたわけではなく、流派の秘密事情としての意味合いが強かったりする。
 封印事情なんて機密事項は、それこそ世界の要に選ばれた者だけだ。

 危ない魔物がその辺の遺跡に封じられていますよなんて、厄介な事情は口が裂けても言えない。
 王様の依頼で自国を守りましたなら、一応、世間への言い訳も立つ。
 だから、頼むから他の場所では口を開くなと周りの者たちがとりなしている。

 双剣の盾や東の剣豪の名は、ひとり歩きしていても、形のある希望と等しいのだ。
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