今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

60. 嵐の前の静けさ 2

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 夜明けとともに姿を消す妖物の類もいるが、ほとんど日中も活動する。
 周りが絶壁の要塞だから、魔物がなだれ込んできたら逃げ場もなくなるだろう。
 さんざん犯罪に手を染めているのだから、野盗がどうなるかなんて知ったことじゃない。

 上げろ上げろといくつもの叫びと共に、吊り橋が巻き上げられていく。
 しかし、すぐに「止め具が使えないぞ!」と悲痛な悲鳴が届いた。

 バカだなぁ~今頃気がついてる。
 オルランドはクスクス笑った。
 壊したのは昨日の夜なのに。
 屋根の上からのんびりと観察していた。

 手を離すなとか、逃げろとか阿鼻叫喚である。
 せっかく上まで上がっていた吊り橋が、ガラガラと音を立てて降りていった。
 再び橋を上げることもなく、野盗たちは逃げ惑っている。
 入り込んできた魔物は多種にわたり、犬に似た四足の魔獣や、人の倍はありそうな鬼までいて、まるで博覧会のようだ。

 チェッと肩をすくめた。
 このままでは英雄たちが来る前に、あいつら全員が食べられちゃう。

 ふと、切り立った崖の方角から来る魔鳥の群れに気付いた。
 う~んと悩んで、ミレーヌのいる檻を見た。
 夜明けになったら消える類だが、少し数が多い気がする。
 静かにしていれば大丈夫だが、集中して魔鳥が檻を囲んだら、ほとんど餌状態である。

 そもそも、静かになんてできない性格だろう。
 さすがにそれはあんまりな気もするので、剣豪たちが早く来ないかなと思った。
 まだここに目をつけてないとか、朝を待って探そうとか、警備団か騎士団みたいなぼんくらと同じ感覚でいたらどうしよう?

 少し不安になった。
 檻ごと下に落とされたら、中にいる者も助からない。
 さすがにそれは困ると頭を悩ませた。

 だけど、すぐに顔をしかめた。
 なんであんな口数の多い奇妙な女のことを気にしているのだろう?
 意外な心の動きにギョッとした。

 ダメダメ、考えないようにしなくては。
 食べられちゃっても僕のせいじゃなくて、見つけられなかった剣豪がトロイだけだし。

 でも心配だなぁ。

 フラフラと風に軽く揺れている檻を、しばらくのあいだ落ち着かない気持ちで見ていた。

 かすかな空気の変化に、フイッと渓谷の先を見た。
 魔物の動きが乱れていた。

 よかったと安心する。

 双剣を手にした男が四人見えた。
 魔物たちの間を風のように駆け抜けて、まっすぐにこの要塞に向かってくる。
 行く手を塞いでいるモノは切り捨てているが、他には目もくれずすり抜けて走っていた。

 恐ろしい程に速い。
 常人の目には人と判別できないほどの速度だ。

「へぇ、ここで迎え撃つ気だ」

 思わず感嘆の声をもらした。
 途中で魔物を討伐するような、時間をとられる無駄な行動はとっていない。
 疾風の速度で抜けるので魔物たちが気付いた時は、とっくにその姿はすぎ去っていた。

 オルランドはもっとよく観察するために、見晴らしはよくても自分の姿が目立たない位置へ移動する。
 隠れていても見つかってしまうと、剣豪たちは見逃してはくれないだろう。

 それにしても速いなぁと、オルランドはうっとりと見つめてしまった。
 これほど速い者たちを見たことがない。

 あっという間に双剣持ちは吊り橋までたどり着き、三人が要塞の中に走り込んだ。
 それぞれが別の方向に散っていく。
 合図もなにもなかったのに、申し合わせていたような動きだった。

 要塞の内部に入り込んだ魔物を、風そのままの速度でためらいもなく狩り始めた。
 ご丁寧に襲われていた野盗を保護して、符で結界を作った中に集めている。
 殺傷許可の出ている連中でも、生かす気だとオルランドにもわかった。

 なんだか意外な気がした。
 手にかけてくびり殺すと犯罪者だが、魔物に襲われた者をほったらかしても罪にはならない。
 殺していい者まで保護する理由がわからなかった。
 それが流派の道だとか言いそうだなぁと、人ごとのように予想しながら観察していた。

 魔物を狩る手際も、パニックに陥っている野盗たちを昏倒させ保護する手際も、見惚れるほど鮮やかだった。
 たった三人しかいないのに、一騎当千と評されるのも偽りではない。

 そして。
 要塞の中に入らなかった男を、オルランドは興味深く見つめた。

 しんがりを務めていたひときわ大柄な男が、吊り橋の前で仁王立ちになっていた。
 青白い闘気がその身を包んでいる。
 具現化された気迫が身の内から放たれ、煌々と燃え立つようだ。

 一目でわかった。
 それが、英雄と呼ばれる男の姿だと。

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