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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞
59. 嵐の前の静けさ 1
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月が傾き始めた。
夜明けがやってくるまで、三時間ほどある。
あれから数時間、経っていた。
やっとミレーヌも静かになった。
オルランドはホッとした。
うるさいままだと危なくなるから、さすがに気になっていたのだ。
耳を澄ませても聞こえるのは風の音ぐらいだ。
普通ならメソメソ泣いたりするものだが、ミレーヌは図太いので寝たのかもしれない。
夜明けまで時間はあるが、建物に囲まれた中庭側なのでそれほど寒くもないだろう。
少し前までミレーヌが叫んであんまりうるさいものだから、中庭に人が集まって檻を見上げていた。
幸いか当然か、誰もミレーヌを解放しに上がってこなかった。
台所に侵入した半殺しの四人を探す者すらいなかった。
そっちは「いてぇいてぇ」と今でもうめいているが、しぶとく生きてブラブラと断崖で揺れている。悲鳴で居場所に気付いた者もいそうだが、ずっと放置である。
よほど死神に関わりたくないのだろう。
うっすら笑った。
それが普通の反応なのだ。
頭は殺って、死神の能力は見せつけている。
こっちのやることに手出し口出ししなければ、好きにしていいと自由を保障しているから、彼らも最低限しか近付いてこない。
彼らはオルランドにとって、生きた玩具でしかない。
フッとミレーヌを思い出して、憮然とする。
なんで僕を呼ぶかなぁ?
口の中で文句をたれる。
悪い奴に襲われた時ぐらい、信頼できる相手の名前を呼べばいいのに。
ミレーヌはオルランドと呼ぶばかりで、他の名前を一度も呼ばなかった。
胸がざわついて、落ち着かない。
物見台の屋根に寝転んだまま月を見ていた。
屋根と屋根が重なって他からはオルランドの姿が隠れるが、入り口である吊り橋が一番よく見える位置だ。
その時。
オルランドはある事に気がついて、ちょっと自分が嫌になった。
オルランド。
それを自分の名前だと、すっかり受け入れてしまっていた。
え~嘘だろ?
僕、今度からそう名乗るのか?
ロクな名前じゃないような気がする。
どこかで聞いたことがあるけど思い出せない。
なんとなく耳にはしっくりくるけれど、心の中が落ち着かないのだ。
名前を持つこともだが、オルランドという名の由来が非常に引っかかった。
あまり日常に関わりのない部類だった気がして、あのお姉さんはとんでもない勘違いをしているのではないかと眉根を寄せた。
問答無用で命名しておきながら、肝心の由来を間違えるとか、大いにありそうな性格だ。
死神相手に、かわいいと懐いてしまったり、思考回路もかなりズレている。
あの思い込みとバイタリティを、もっと別の分野に生かせばいいのに……いやいや、誘拐したのは僕だけどさ。
本当に変な女を誘拐したと後悔する。
オルランドって、なんの名前だったっけ?
う~んと悩んでも、珍しく記憶から引っ張り出せなかった。
よっぽど日常に関わらない分野に違いない。
お、と不意に表情を変えた。
身体を起こす。
風の音が変わったのだ。
魔物の匂いがする。
なんだ~双剣の使徒が、まだここをつきとめていないのに。
ちょっとがっかりした。
せっかくカナルディア国内で死神の名を一つ残して、ミレーヌ愛用の買い物カゴを大通りに残しておいたのに。
ヒントが少なすぎたのだろうか。
あれっぽっちの情報でも、流派の要ならこの要塞ぐらい見つけてほしい。
黒熊隊結成からまだ一カ月足らずらしいから、自由師団よりも集団の動きに慣れていないのかもしれないけれど。
東流派初の精鋭部隊だとの前ふりが先に立ち過ぎて、実は能力のかいかぶりだったのかと、がっかりしてしまう。
他に間違われるような事件や勢力はないはずなのになぁ。
そんなふうに考えながら、細い切り立った渓谷を越えて続々とやって来る魔物を見ていた。
この周辺に群れている輩を集めるためにいくつも罠を張ったが、うまく誘導できたようだ。
へぇ~とその種類の多さに目を丸くする。
思ったよりも渓谷近くの森林に巣くっていた魔物が多い。
街道や大街道には騎士団管理の警備隊や、退魔を生業にする自由師団が活躍しているので、こうした僻地に逃げていたのだろう。
下の物見台にいた連中も魔物の群れに気がついたのか、ザワザワと騒ぎ始めた。
吊り橋を上げろと騒いでいるので、フフッとオルランドは笑った。
遅いなぁとおかしかった。
吊り橋は手動でしか上がらないし、止め具を壊しておいたから、たくさんの人の手でずっと支え続ける必要がある。
押し寄せてくる見たこともない大量の魔物の恐怖に耐えながら、どこまで冷静に吊り橋を上げ続けていられるか見物だった。
想像して、つい笑ってしまった。
あいつらに何ができるだろう?
夜明けがやってくるまで、三時間ほどある。
あれから数時間、経っていた。
やっとミレーヌも静かになった。
オルランドはホッとした。
うるさいままだと危なくなるから、さすがに気になっていたのだ。
耳を澄ませても聞こえるのは風の音ぐらいだ。
普通ならメソメソ泣いたりするものだが、ミレーヌは図太いので寝たのかもしれない。
夜明けまで時間はあるが、建物に囲まれた中庭側なのでそれほど寒くもないだろう。
少し前までミレーヌが叫んであんまりうるさいものだから、中庭に人が集まって檻を見上げていた。
幸いか当然か、誰もミレーヌを解放しに上がってこなかった。
台所に侵入した半殺しの四人を探す者すらいなかった。
そっちは「いてぇいてぇ」と今でもうめいているが、しぶとく生きてブラブラと断崖で揺れている。悲鳴で居場所に気付いた者もいそうだが、ずっと放置である。
よほど死神に関わりたくないのだろう。
うっすら笑った。
それが普通の反応なのだ。
頭は殺って、死神の能力は見せつけている。
こっちのやることに手出し口出ししなければ、好きにしていいと自由を保障しているから、彼らも最低限しか近付いてこない。
彼らはオルランドにとって、生きた玩具でしかない。
フッとミレーヌを思い出して、憮然とする。
なんで僕を呼ぶかなぁ?
口の中で文句をたれる。
悪い奴に襲われた時ぐらい、信頼できる相手の名前を呼べばいいのに。
ミレーヌはオルランドと呼ぶばかりで、他の名前を一度も呼ばなかった。
胸がざわついて、落ち着かない。
物見台の屋根に寝転んだまま月を見ていた。
屋根と屋根が重なって他からはオルランドの姿が隠れるが、入り口である吊り橋が一番よく見える位置だ。
その時。
オルランドはある事に気がついて、ちょっと自分が嫌になった。
オルランド。
それを自分の名前だと、すっかり受け入れてしまっていた。
え~嘘だろ?
僕、今度からそう名乗るのか?
ロクな名前じゃないような気がする。
どこかで聞いたことがあるけど思い出せない。
なんとなく耳にはしっくりくるけれど、心の中が落ち着かないのだ。
名前を持つこともだが、オルランドという名の由来が非常に引っかかった。
あまり日常に関わりのない部類だった気がして、あのお姉さんはとんでもない勘違いをしているのではないかと眉根を寄せた。
問答無用で命名しておきながら、肝心の由来を間違えるとか、大いにありそうな性格だ。
死神相手に、かわいいと懐いてしまったり、思考回路もかなりズレている。
あの思い込みとバイタリティを、もっと別の分野に生かせばいいのに……いやいや、誘拐したのは僕だけどさ。
本当に変な女を誘拐したと後悔する。
オルランドって、なんの名前だったっけ?
う~んと悩んでも、珍しく記憶から引っ張り出せなかった。
よっぽど日常に関わらない分野に違いない。
お、と不意に表情を変えた。
身体を起こす。
風の音が変わったのだ。
魔物の匂いがする。
なんだ~双剣の使徒が、まだここをつきとめていないのに。
ちょっとがっかりした。
せっかくカナルディア国内で死神の名を一つ残して、ミレーヌ愛用の買い物カゴを大通りに残しておいたのに。
ヒントが少なすぎたのだろうか。
あれっぽっちの情報でも、流派の要ならこの要塞ぐらい見つけてほしい。
黒熊隊結成からまだ一カ月足らずらしいから、自由師団よりも集団の動きに慣れていないのかもしれないけれど。
東流派初の精鋭部隊だとの前ふりが先に立ち過ぎて、実は能力のかいかぶりだったのかと、がっかりしてしまう。
他に間違われるような事件や勢力はないはずなのになぁ。
そんなふうに考えながら、細い切り立った渓谷を越えて続々とやって来る魔物を見ていた。
この周辺に群れている輩を集めるためにいくつも罠を張ったが、うまく誘導できたようだ。
へぇ~とその種類の多さに目を丸くする。
思ったよりも渓谷近くの森林に巣くっていた魔物が多い。
街道や大街道には騎士団管理の警備隊や、退魔を生業にする自由師団が活躍しているので、こうした僻地に逃げていたのだろう。
下の物見台にいた連中も魔物の群れに気がついたのか、ザワザワと騒ぎ始めた。
吊り橋を上げろと騒いでいるので、フフッとオルランドは笑った。
遅いなぁとおかしかった。
吊り橋は手動でしか上がらないし、止め具を壊しておいたから、たくさんの人の手でずっと支え続ける必要がある。
押し寄せてくる見たこともない大量の魔物の恐怖に耐えながら、どこまで冷静に吊り橋を上げ続けていられるか見物だった。
想像して、つい笑ってしまった。
あいつらに何ができるだろう?
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