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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞
64.絶体絶命ってこんな感じ 2
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「……人でなし」
「お前があそこに吊るしたんだろうが」
もっともすぎてオルランドは眉根を寄せた。
予想はしていたものの、雑談ではまったくラクシは揺るがないから、思うような隙が作れない。
オルランドが腰のカバンに手を置いただけでも、何を狙っているかすでに予想しているようだ。
厳しい視線で一挙一動を偵察されている。
唐突に、ラクシは刃を振る。
ヌルリとわいた影が、それだけで霧散した。
背後から入ってきた魔獣を、振り向きもせず切り裂いたのだ。
何も起こらなかったような涼しい顔で、オルランドから気をそらすこともなかった。
思わずオルランドは眉根を寄せた。
もちろん簡単に逃げられないのはわかっている。
けれど力技で捕獲しようとしないので、ラクシも何かを警戒しているらしい。
もっとも、噂に聞く死神をじっくりと観察しているだけかもしれないが。
カバンの中にある携帯食を指先でいじる。
どうにかしてこの状況を打破しようと、考えを巡らせた。
窓の外をすぎる魔鳥なら、きっかけを作れば大量におびき寄せられるのだけど、その隙がない。
それに、ミレーヌが騒いでいるのが気になって、オルランドは集中できなかった。
だって、ずっと助けてと呼んでいるのが、オルランドの名前だけなのだ。
無視したくても連呼されて気になってしまう。
さすがにラクシも少し首をかしげた。
「それにしても、ミレーヌ様は誰を呼んでんのかね? 大仰な名だ」
神様を呼ぶよりも勇気がいるとポロリともらしたので、オルランドは思わず顔を上げた。
「オルランドってのはそんなに大仰な名前?」
おや、食いついてきた。
ラクシは不思議な感慨を抱いた。
ずっとこちらの隙を伺うばかりのはしっこいガキに見えていたのに、教えを請う生徒のような顔になっている。
隠していても聡明なのだとその眼差しに思う。
「神官交代の奉納戯曲にしか出てこない、陽月の神と冥暗の神を繋ぐ使者さ。現世にはフクロウの姿で現れ、神と人も繋ぎ、この世の理を守る。正式な名はオウル=ランド。生も死も、正義も悪も、彼次第だろうよ」
数年どころか数十年に一度ぐらいしか催されない神殿内部だけの戯曲だし、神話に出てくる記述もほんの少しだけだ。
逆に、オルランドの名前や姿を知っているなら信仰深い勉強家の証になるほどだ。
そんなふうに説明されたものだから、さすがにオルランドも絶句してしまった。
本当に意味合いが大仰だった。
考え方を変えれば、死神より性質が悪い。
弟みたいと両手を叩いて喜ぶような、気軽な類の名前では絶対になかった。
「……もう、なんでそんな名前にするかなぁ」
オルランドはチラッと外を見た。
ミレーヌはギャーギャーと叫びながら「オルランド!」と、こりもせず連呼している。
助けを求める相手を間違えているが、聞こえないふりをすることができなかった。
中庭に入った黒熊隊の双剣持ちも見えているはずなのに、他の名前は一度も呼んでいない。
本当に困ったお姉さんだとあきれるしかない。
どう動くか、ひどく迷ってしまった。
「どうする? この先は通行止めだ」
ラクシにニヤッと笑われて、オルランドもニコッと笑い返した。
本当に進めそうにない。
「行きたいな、僕は」
「越えてみるか? 俺を」
同時に動いた。
地を蹴ってまっすぐ向かってきたラクシに対して即座に剣を振るう。
先ほど見た剣豪の技の見よう見まねで、東流派の風の刃を出した。
初めてにしては上出来で、ヒュッと刃が大気を切り裂いた。
ラクシは簡単にその真空の刃をはじく。
ほんの一瞬生まれた隙に、オルランドは窓の外へと身を躍らせる。
斬り殺す気はなかったのか、ラクシは追随する奥義技をかけてこなかった。
小さな鉤のついたロープを屋根に引っ掛けて、オルランドは上空へ身体を引きあげる。それと同時に、オルランドは腰から出した携帯食の包みを解き窓の中へと投げいれた。
匂いにつられた魔鳥が食べ物を追って窓へと入ると同時に、屋根の上に高く跳ね上がった。
少しはラクシの足止めになるだろう。
逃げられないなら、次を考えるしかない。
手間はかかっても安全を確保する方法は一つ。
自分のことを可愛い子供だと勘違いをしている、のんきなミレーヌが役に立ってくれるはずだ。
彼女に「死神からは危害はくわえられなかった」と証言してもらえばいいのだ。
そんなことを考えながら。
風のように屋根の上を駆け抜けた
「お前があそこに吊るしたんだろうが」
もっともすぎてオルランドは眉根を寄せた。
予想はしていたものの、雑談ではまったくラクシは揺るがないから、思うような隙が作れない。
オルランドが腰のカバンに手を置いただけでも、何を狙っているかすでに予想しているようだ。
厳しい視線で一挙一動を偵察されている。
唐突に、ラクシは刃を振る。
ヌルリとわいた影が、それだけで霧散した。
背後から入ってきた魔獣を、振り向きもせず切り裂いたのだ。
何も起こらなかったような涼しい顔で、オルランドから気をそらすこともなかった。
思わずオルランドは眉根を寄せた。
もちろん簡単に逃げられないのはわかっている。
けれど力技で捕獲しようとしないので、ラクシも何かを警戒しているらしい。
もっとも、噂に聞く死神をじっくりと観察しているだけかもしれないが。
カバンの中にある携帯食を指先でいじる。
どうにかしてこの状況を打破しようと、考えを巡らせた。
窓の外をすぎる魔鳥なら、きっかけを作れば大量におびき寄せられるのだけど、その隙がない。
それに、ミレーヌが騒いでいるのが気になって、オルランドは集中できなかった。
だって、ずっと助けてと呼んでいるのが、オルランドの名前だけなのだ。
無視したくても連呼されて気になってしまう。
さすがにラクシも少し首をかしげた。
「それにしても、ミレーヌ様は誰を呼んでんのかね? 大仰な名だ」
神様を呼ぶよりも勇気がいるとポロリともらしたので、オルランドは思わず顔を上げた。
「オルランドってのはそんなに大仰な名前?」
おや、食いついてきた。
ラクシは不思議な感慨を抱いた。
ずっとこちらの隙を伺うばかりのはしっこいガキに見えていたのに、教えを請う生徒のような顔になっている。
隠していても聡明なのだとその眼差しに思う。
「神官交代の奉納戯曲にしか出てこない、陽月の神と冥暗の神を繋ぐ使者さ。現世にはフクロウの姿で現れ、神と人も繋ぎ、この世の理を守る。正式な名はオウル=ランド。生も死も、正義も悪も、彼次第だろうよ」
数年どころか数十年に一度ぐらいしか催されない神殿内部だけの戯曲だし、神話に出てくる記述もほんの少しだけだ。
逆に、オルランドの名前や姿を知っているなら信仰深い勉強家の証になるほどだ。
そんなふうに説明されたものだから、さすがにオルランドも絶句してしまった。
本当に意味合いが大仰だった。
考え方を変えれば、死神より性質が悪い。
弟みたいと両手を叩いて喜ぶような、気軽な類の名前では絶対になかった。
「……もう、なんでそんな名前にするかなぁ」
オルランドはチラッと外を見た。
ミレーヌはギャーギャーと叫びながら「オルランド!」と、こりもせず連呼している。
助けを求める相手を間違えているが、聞こえないふりをすることができなかった。
中庭に入った黒熊隊の双剣持ちも見えているはずなのに、他の名前は一度も呼んでいない。
本当に困ったお姉さんだとあきれるしかない。
どう動くか、ひどく迷ってしまった。
「どうする? この先は通行止めだ」
ラクシにニヤッと笑われて、オルランドもニコッと笑い返した。
本当に進めそうにない。
「行きたいな、僕は」
「越えてみるか? 俺を」
同時に動いた。
地を蹴ってまっすぐ向かってきたラクシに対して即座に剣を振るう。
先ほど見た剣豪の技の見よう見まねで、東流派の風の刃を出した。
初めてにしては上出来で、ヒュッと刃が大気を切り裂いた。
ラクシは簡単にその真空の刃をはじく。
ほんの一瞬生まれた隙に、オルランドは窓の外へと身を躍らせる。
斬り殺す気はなかったのか、ラクシは追随する奥義技をかけてこなかった。
小さな鉤のついたロープを屋根に引っ掛けて、オルランドは上空へ身体を引きあげる。それと同時に、オルランドは腰から出した携帯食の包みを解き窓の中へと投げいれた。
匂いにつられた魔鳥が食べ物を追って窓へと入ると同時に、屋根の上に高く跳ね上がった。
少しはラクシの足止めになるだろう。
逃げられないなら、次を考えるしかない。
手間はかかっても安全を確保する方法は一つ。
自分のことを可愛い子供だと勘違いをしている、のんきなミレーヌが役に立ってくれるはずだ。
彼女に「死神からは危害はくわえられなかった」と証言してもらえばいいのだ。
そんなことを考えながら。
風のように屋根の上を駆け抜けた
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