今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

67. フライパンをどうぞ 1

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 ミレーヌとキサルはすっかりと和んでいた。
 まだ魔物討伐の声や音は続いているのに、そっちのけである。
 建物の陰にあたる場所にいるので、自分たちのところに魔物が来ないとはいえ、実にほのぼのと会話していた。食堂の茶飲み話と変わりない。

「素晴らしい見解ですよ」
 話の筋を誘導するために、力強くキサルはうなずいた。
 そろそろ本題に入るころ合いだった。

 ここに来た本来の目的。
 砦を無傷のまま保持して討伐を終える。

 そのためにはミレーヌの出陣をお願いしなくてはいけなかった。
 最大の難問がまだ残っているのだ。

「ミレーヌ様。いい見本が一つもないと吊り橋の前まで来ている熊のように、実に困った大人になっちまう」

 わかってくれますよね? なんて言いながら、一つウィンクをした。
 本来こういった会話はデュランが一番得意なのだが、キサルも気さくでおおらかな雰囲気なので、下街の女をのせるのは得意だった。
 会話の中心になっていたオルランドをダシにして、ガラルドへと会話の方向を引っ張る。

「この子がああならないためにも、まずは熊からビシッとしつけていただけませんかね?」
「まぁ! ガラルド様が、またなにか?」

「いやいや、これからしそうなんですよ。困った大人ですから!」
「なんてこと! ガラルド様がここにいらしているのね? まさか、いつもの調子で?」
「ええ、そうなんです! いつもの調子で! 仕返しする気満々で、すぐそこにいるんですよ!」
「あら嫌だ! あの人が報復する気なら、とんでもないことをしでかしそうですわ」

 眉根を寄せるミレーヌに、素晴らしい勘だとキサルは褒めた。
 なんだかんだ言いつつミレーヌが、ガラルドの性格を正しく理解しているのがありがたかった。
 わかっていただけて話が早いと、さらにおだてる。

「俺たちは、とりあえず六人で砦に来たんだが、詰所に残した五人だって大変でしてね。気の毒に騎士団や警備団に交渉に出てもらった。その辺はどうにでもなる話だが、とにかくガラルドだけは手に余るんだ」

 そう、このご時世でこの砦を破壊されたら、流派そのものの汚点となる。
 お願いだと深く頭を下げた。

 ミレーヌはあまりに深々と頭を下げられたものだから、どんなお願いかピンときていなかったのでひどく慌てた。

「まぁ、わたくしにできることがありまして?」
「ありますとも! 貴女にできなければ、あの熊に対抗できる人間はこの世にいない!」

 キサルは真顔だった。
 言葉だけではなく、握りこぶしにも力を込めた。

 本気がこもったのは当然だろう。
 ガラルドを止めることができるのは、現状、ミレーヌとサリだけなのだ。
 まぁ! なんてミレーヌは驚いているけれど、変えようのない真実だった。

「あの熊なんですがね。今回と同じことを考えるような輩が二度と現れないようにするためにも、この要塞は貴重な文化財なのに壊すと言い張って、まいっているんだ」
 それがどんな不利益を生み出すか、手早く丁寧に説明した。
 想定被害を三割増しぐらい追加しているのは必要悪だ。
 それを聞いてミレーヌは憤慨した。

「まぁ! なんてこと! 本当にどうしようもないスットコドッコイなんだから!」

 よし、ミレーヌ様が本気になった。
 キサルは笑顔を浮かべた。

 ここぞとばかりに背中に背負っていた布の大きな包みを開けて、これをどうぞと差し出す。
 せっせと磨かれた、ミレーヌ愛用のフライパンである。
 差し込む陽光に、鋼の固さで燦然と輝いていた。

 ミレーヌは目を丸くして、そのフライパンを受け取った。
 自宅の一番大きなフライパン。
 まさか、砦にこんなものを携帯してくるとは。

 自分ののんきさも忘れて、みんなもガラルド様に毒されているわ、とちょっと頭を悩ませる。
 全部ガラルドの影響だとしか思えないのは、日常の強烈さのせいだ。

 ただ、この邪魔なフライパンを担いできたのも無駄ではなかったと、キサルは実に晴れ晴れしていた。
 清々しい気分とは、コレのことだ。

「あなたがオムレツを二度と作らないと脅せば、あのバカだってさすがに止まるさ」
 爽やかにキサルは笑った。

「オムレツ!」
 確かに効果的ですわとミレーヌは納得した。

「オムレツ……?」
 オルランドは妙な顔をした。
 小さく呟いて、そういえばミレーヌが怒涛の勢いで文句を言っていたなぁと、ぼんやりと思い出した。
 どうやらあれは大げさな話ではなく、ありのまま率直なガラルド像だったらしい。

「それって、どんな英雄様だよ……」

 嫌~な顔をしてげんなりした。
 フッとキサルは鼻で笑った。

「いいか、小僧。英雄になるってのは、それだけで常識が通用しないんだよ。離れて見つめて、まぁすごい! ぐらいでちょうどいいんだ」

 そう、近づくから幻滅する顔を見たり、迷惑な行動に巻き込まれ走り回ったりするのだ。
 新しい長だよと紹介された時には、自分とそう変わらないと思ったのに。

 まさか、これほど振り回されるとは!

 数年前の自分に言いたい。
 双剣持ちになっても、流派の要になる話は蹴ってしまえと。

 一度なってしまうと、死ぬまで席を譲れない。
 流派の道に生きるのならいくらでも命をかける。
 だが、そのままでは熊のお守りで終わってしまうぞと忠告できたらどんなにいいだろう。

 そんなことをふと思い眉根を寄せたキサルに、ミレーヌが軽く注意した。
「小僧じゃありませんわ。オルランドですわ」
 そう決めましたのと口をとがらせるので、失礼したとキサルは笑ってうなずいた。
「ちゃんと名前で呼びますよ」とウンウンうなずく。
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