今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

66. 大したものだと言いたくなる 2

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「よぉ、死神。初めましてだな」

 聞こえたのは愉快そうな男の声だった。
 クックッと笑いをふくんだ声は、ラクシとは全く違った。
 それでもラクシと対面した時と同じぐらい、自分との力の差を感じた。
 本当にミレーヌ係もいたのだと、ジタバタするのをやめてオルランドはため息をついた。

 さすがに使徒は出し抜けなかったと思う。
 こうなったら隙を見つけて逃げることはできないだろう。

 繋がれた首輪を引っ張り、指先で触れてみると継ぎ目一つないので、これは魔法街の特製品だとがっかりした。
 剣で斬っても外れない。

「お兄さん、太りすぎだね。重いよ」
 唯一口が自由だったので、精一杯の反抗で文句をたれる。

 オルランドは憮然としていたが、かけらもおびえていない。
 間違っても捕縛された犯罪者の態度ではなかった。
 その図太さがおかしくて、キサルは笑いだす。

「上等だ、ただのガキにしとくのは惜しい。死神、お前、オルランドって名前なのか?」

 ミレーヌはすぐに発見できたが、救出に向かわなかったのはそのせいだ。
 彼女があまりに「オルランド」「オルランド」と名を連呼するので、誰のことか理解に苦しんだのだ。

 もちろん自分たち双剣持ちのことではない。
 かといって砦の中に、ミレーヌの味方になるような人物がいるとは思えなかった。
 更に言えば、本物の現世と神を繋ぐ使者が現れる訳もない。

 誰のことだ?
 想定外のことが起こっているのなら、確かめて対処しなくてはいけない。

 そんなふうに考えて待っていた。
 檻もたいそう頑丈で安全は確保できていたから観察していたが、出てきた少年にポカンとした。

 まさか、誘拐犯と仲良くなっていたとは!

 驚くのを通り過ぎて感嘆してしまった。
 誘拐犯自身に身柄の保護までお願いするなんて、愉快でたまらなかった。
 ミレーヌ様はやはり偉大だ。

「まさか、オルランドなんて大仰な名を聞くとは思わなかったぞ! 小僧、自分でその名を選んだのか? 死神よりも図太くて大した神経だ」

 アッハッハッとキサルが腹を抱えて笑うので、オルランドは眉根を寄せてしまった。
 どちらも好んで得た名前ではなかった。

「そこのお姉さんが、勝手につけたんだよ」

 首だけ動かしてミレーヌを見ると、喜びに跳ねながら満面の笑みでいた。
 まだ空には魔鳥もいて、あちこちで魔物の声もするのに、すっかりナチュラルな笑顔に戻っている。
 嬉しいですわ、なんて指を組んでいた。

「キサル、来てくださったのね! あの、その子は悪い子じゃありませんのよ? いい見本が周りに一つもなかっただけですの。本当よ?」
 誰が現在の状態を招いたのか、ミレーヌはコロッと忘れているようだった。
「魔鳥に囲まれても戻ってきてくれたし、いじめないでね」と、笑顔でお願いする。

「あの、小さな子供ですから、殺さないでくださいね」
 上目使いにお願いされ、ハイハイとキサルは愛想よくうなずいた。

 十三歳がほんの子供とは、ミレーヌ様はやっぱり大物だと思う。
 死神は大人と子供の微妙な年齢で、サイズはやせて小ぶりでも大人と変わらない。
 むしろ辛酸をなめて生きているだけに早熟だろう。

 ヴィゼラル帝国やスカルロードで花街に普通に出入りしている話もキサルは知っていたが、カナルディア国育ちの下町娘では思いつかないらしいと想像するばかりだ。

 オルランドが戻ってきたのも、どうせ自分の罪を軽くするためだ。
 他に理由はない。
 あんまりわかりやすい行動だったから、オルランドの頭を小さく小突いた。

 しかし、言葉には出さなかった。
 悪知恵の働く素行がなっていない子でもミレーヌが懐くぐらいだから、根っからの悪人とは言い切れないのだろう。
 それだけに性質が悪いのだが、利用する方法もあるしここでは黙っておく。

「そうですか。本当はいい子なんですね~それなら立派に育つように、しつけが必要だ」
 ウンウンとうなずいて適当に話を合わせておいた。
「とにかく無事で何より。ミレーヌ様、しばらくこの子を預かってもらえますかね?」

「もちろんですわ。オルランドがいれば怖くありませんもの。優しい子でしてよ? でも、いい見本が目の前になければ、ガラルド様のような困った大人になってしまいそうですの」
「確かに! 困った大人が増えるのは勘弁だ」

 アッハッハッとキサルは笑う。
 のんきなようでもミレーヌが、鋭いところを突いてくるのでおかしかった。
 死神をほったらかしにしておけば、ガラルドよりも他人に迷惑をかける大人になるのは間違いない。

 オルランドの首輪は犬の散歩綱のように細い紐がついている。
 紐の先に手首に巻く止め具があった。
 キサルの手によって、ミレーヌは左手首に止め具をつけてもらう。
 革製で細かい文様があり、オシャレな腕輪みたいと素直に喜んだ。

 ようやく身体の上からキサルがどけたので、オルランドは地面に胡坐をかいて座った。
 無駄とは知りつつ、グイグイと首輪を引っ張ってみる。
 皮に見えても継ぎ目すらない魔法がかかった品で、異形をつなぐ特注品だった。
 魔物や精霊だって自力での解放は不可能だ。

 僕は人間だぞと心の中でぼやく。
 逃げるならミレーヌを担いで遁走することになるが、一生つながったままなのはゴメンだった。

 これでは首輪から解き放たれるまで、ずっとミレーヌの犬でお散歩状態である。
 思い切り非戦闘員の飼い主と繋がっているから、この不自由な状態でも自分が善処するしかない。

 マジかよ。
 襲われたらお姉さんを担いだまま、戦わなくちゃいけないじゃないか。
 汚い真似しやがって。

 本格的に肩を落とした。
 オルランドが口の中でブツブツとつぶやいている間も、キサルとミレーヌは日常そのままのほのぼのした調子で会話をつづけていた。
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