今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ

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「英雄のしつけかた」 4章 カッシュ要塞

72. 英雄のしつけかた 1

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 ビシッとフライパンを突きつけられて、ガラルドは一歩後ろに下がった。
 ちょっと腰が引けている。

 魔物や悪党が相手ならともかく、ミレーヌの相手はどうも分が悪い。
 ジリジリとミレーヌが距離を詰めるので、そろそろと後ずさる。

「だから! 前にも言っただろうが! それなりに理由もあるからいいんだ」
「そんなこと理由になりません! 二度とオムレツを食べられなくてもかまわないんですね?」

 事前にキサルから事情を聞いているので、ミレーヌも本気である。
 ここで止めなければ困るのはガラルドではなく、現在活躍している使徒たちと流派の未来だと信じていた。
 言葉だけで止まらないのはわかっているので、帰宅を促しながらフライパンを掲げる。

 ウウッと思い切りショックを受けた顔で、更にガラルドはひるんだ。
 オムレツ停止も厳しいが、ミレーヌを前にするとなぜか身体がうまく動かなくなる。
 どうぞどうぞと頭を差し出したくなるのが困りものだ。
 それでも胸を張った。

「それとこれとは別問題だ。俺の仕事と、オムレツを並べるなど卑怯だぞ。関係ないだろう!」
「ありますわよ! このスットコドッコイ!」

 エイッとふり下ろしたフライパンを、ガラルドはかいくぐる。
 実力に雲泥の差があるので、よく見ればフライパンぐらい避けることはたやすい。

 ガラルドは悩んだ。
 要塞の破壊か、ミレーヌからの逃走か。
 どちらの行動をとっても、後が面倒くさくなりそうだった。

「オルランド!」
 ミレーヌが叫ぶと同時に、オルランドはつい足払いをかけてしまった。
 黒熊隊の要たちとさほど変わりない能力を秘めているから、子供の身でも「死神」なんて呼ばれているのだ。

 ガラルド自身、双剣持ちはそれぞれ油断ならないと警戒していたが、腕はたってもほんの子供だとオルランドのことを侮っていた。
 ステンと見事に転がったのも当然だろう。

 オルランドはオルランドで、ハッとした。
 つい、ミレーヌの言葉通りに動いてしまった。
 これじゃ本当にお姉さんの犬だとオルランドは苦悩したが、続けて目の前で繰り広げられたありえない光景にポカンとする。

 モロに足払いにかかって倒れたガラルドに、ミレーヌは馬乗りになっていた。
 あおむけに転がったガラルドめがけて、ガンガンとフライパンを振り下ろし連打している。
 容赦など欠片もない。

「本当に、どこまであなたって人はバカなの!」
 怒涛のように説教を始める。
「他の方々の苦労を考えたことがありまして? だいたい、この建物は文化財だって言ってるでしょう! それに、この中には鶏も豚もヤギも馬もいますわ! 近隣から盗まれた物もたくさんありますのよ! それを建物ごと吹っ飛ばすだなんて、どこまで大雑把なスットコドッコイなの!」

「よせ! 危ないだろうが!」
「刃を素手でつかめるほどの人が、いまさら何を寝ぼけたことを! 剣だって気で跳ね返せるだなんて、いつも自慢してるでしょう!」

 お前だけは例外だ! なんていうものだから、さらにカッとする。
 ちゃんと手甲や胸当てといった防具を装備しているから、ミレーヌはなおさら腹をたてた。

 なにせ偉大な英雄様である。
 その辺の夜盗に剣で刺されても折れるのは剣だし、魔物にかじられたって牙が刺さらないと、今では知っている。
 知ってはいるけど心配なのも確かだが、剣や魔物の牙が蚊に刺された程度にしか感じないのだから、フライパンなど猫の肉球程度のダメージしかないはずだ。
 だから、スットボケタ言い訳をしないでと、ミレーヌはガンガンと叩きつける手を緩めなかった。
 フライパンを叩きつけているうちに色々と日常の出来事まで思い出されてしまい、本当に腹が立って仕方なかったので、プチッと怒りで切れてしまう。

「誰だ! フライパンを持ってきた奴は!」

 ガラルドは叫び声をあげて、鋼の手甲で必死に防御する。
 ミレーヌの一般人らしいなんてことない打撃のはずが、ハンマーのように重く感じる。
 すでに気迫で負けているので、当らなくてはと身体が勝手に勘違いするのだ。
 だから、フライパンを防ぐのはかなり大変だった。

 地味に見えても英雄使用の装備は色々な呪を施された特別製で、ガーゴイルに体当たりを喰らっても生身に影響がないとミレーヌは聞いていた。
 痛がっている演技までするなんて、本当にどうしようもない人だと思えば、打撃も加速する。

 ミレーヌ自分自身はそういうモノに影響を受けない、かなり特異な存在だと自覚がなかったから、手加減なんて考えてなかった。
 はじめからミレーヌは演技だと勘違いしていたので、真実の悲鳴だと知らないのはいささか罪かもしれない。

 鬼気迫るその様子に、オルランドはさすがに悲鳴を上げた。
 首輪に繋がってビュンビュンと揺れる綱を両手で押さえる。
 後ろに下がりたいが綱が短すぎて離れることができず、目の前で繰り広げられる一方的な攻撃を間近で見た。

 本能的にミレーヌには敵わないと感じていたせいで、剣での攻防など比べ物にならない恐ろしさがある。
「誰か助けて!」と叫んだけれど、助けが来るはずもなかった。
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